第15話『何者ですか!? 深夜にこんな!』
日が落ちて、夜の闇が世界を包んでいた頃。
私は何者かが孤児院に侵入した事を察知し、目を覚ました。
仕掛けておいた侵入者感知の魔導具に何かが引っ掛かった様だ。
急いでオリヴィアお姉様の所へ行こうと部屋を出たのだが、既にオリヴィアお姉様は戦いの準備を終えており、杖をつきながらやや驚いた顔で私を見つめる。
「イザベラさんも気づいていましたか」
「え、えぇ。人が敷地内に足を踏み入れた時、私に知らせる為の魔導具を仕掛けていましたから」
「なるほど。便利な時代になったものです」
オリヴィアお姉様は深い暗闇の中で、闇の魔術を展開しながら、私の部屋の前に立って廊下の先を見つめる。
何が見えているのだろうか。
分からない。けれど、今私がするべき事は理解していた。
「オリヴィアお姉様。私はまずトーマス君とシンシアちゃんを隠し部屋に連れてゆきます」
「お願いします。ここは私が」
「はい……!」
ひとまずはオリヴィアお姉様にこの場を託し、孤児院の奥に向かって私は走り出した。
直後、背後から激しい魔術の音が聞こえるが、振り返っている暇はない。
とにかく急がなくては!
私は孤児院の中を走り、一番奥にある子供部屋に入って、まだ寝ている二人を水の魔術で捕まえると、そのまま走って部屋の外に出たのだが。
瞬間、攻撃を受けた。
その攻撃に、私は水の魔術で防御を作りつつ、光の魔術で敵の目をくらませる。
暗闇に慣れた目に突然の光は視界を奪い、まともに行動出来なくなるからだ
そして狙い通り、うめき声と共に攻撃は消え、私はそのまま急いで孤児院の奥にある祈りの間へと向かい、まだ眠っている二人を隠し部屋の奥に投げ込んだ。
水の魔術でクッションにしたから怪我は無いだろうから、乱暴なのは許して欲しいと思う。
そう。もう時間が無いのだ。
私は急いで隠し部屋の入り口を閉じて、魔術で鍵をかけてから祈り間に飛び込んできた者達に手を向けた。
「何者ですか!? 深夜にこんな!」
「これは失礼いたしました。我々にとって闇の世界こそ落ち着く場所。それゆえ、この様なお時間に訪問させていただきました」
「あなたは……!」
「先日ぶりですね。聖女イザベラ様。モルガンです」
「モルガンさん……!」
祈りの間の入り口から入ってきたモルガンさんは、礼儀正しく頭を下げると背後から連れて来た闇神教の仲間と思われる人たちを祈りの間に入れる。
彼らは一定の距離を保ちながら、私の動きをジッと見ている様だった。
「まずは感謝を伝えさせて下さい! 聖女イザベラ様」
「……感謝? 何のことですか」
「貴女が正しくアメリア様の意思を継ごうとして下さる事にです」
アメリア様?
どういう意味だ。
「しかし、どうやらまだ足りない様ですね」
「……?」
「貴女の心を闇で染め上げるには、まだ犠牲が足りない様だ!!」
「何の話ですか!」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
「答えて下さい!」
モルガンさんは私の問いに笑い、私の怒りを聞いてもなお、笑い続けていた。
何がそんなにおかしいのか。
不安が胸を支配する。
「我々はアメリア様の器を探していたのです。未だこの世界に囚われ、利用されているアメリア様を解放し、自由に動き回る為の体を」
「それがなんだと言うのですか」
「その器として選ばれたのが貴女だと言っているのですよ『聖女』イザベラ様」
「……っ!」
「アメリア様が世界に遺した力は、全ての者が使える訳ではありません。適正が必要だ。しかもその体に宿っているのが光の力だけではアメリア様を受け止める事が出来ない……! それはアメリア様の妹君であられるリリィ様がその身を以って証明してしまった!」
「……リリィ?」
「おや。リリィ様の事をご存知ありませんでしたか。罪深いですね。しかし、良いでしょう。そうある事がリリィ様の望みでもありました」
私は何一つとして分からない話を繰り返すモルガンさんを見据えながら、その言葉の意味を考えていた。
この孤児院に来た目的を、その理由を。
「さて。お話はもう十分でしょう。後は我ら闇神教の本拠地にて、儀式の続きを行おうではありませんか」
「闇神教の本拠地は……!」
「既に私たちが潰した。と?」
「っ! 違うというのですか!?」
「えぇ。貴女方の狙った場所はただの囮ですよ。貴女に種を植え付ける為のね」
「種……?」
「闇の魔力を得る為の種です! 貴女はかの場所で触れたのでしょう!? 世界の闇を! 人の闇を!!」
私はあの場所で見た光景を思い出し、口を押えながら吐き気を何とか飲み込む。
ここで泣いている場合ではない。
震えている場合じゃない。
私の後ろのは守るべき子供たちが居るのだから!
「恐怖。憎しみ。悪意。それらは全て闇の魔力を得るために必要な感情です」
「っ! 例え! そうなのだとしても! 私は、私の心は光の中にある!!」
「えぇ。分かっておりますとも」
「は……」
「そう。あくまでアレは種。種だけでは芽吹かない。花は咲かない。故に、これから始めるのですよ。貴女を闇に染め上げる儀式を」
私は戦いが始まると、魔術を展開して水を空中に浮かせた。
攻撃にも防御にも使える様にと。
「おやおや。やる気いっぱいという所ですね。ですが、我々の目的は貴女と戦う事ではない」
「なら!」
「貴女の心を絶望に落とす事。その為にも、貴女の後ろに居る子供達を渡して貰いますよ」
「渡す訳が無いでしょう!!」
私は水を操って、左右に散っている闇神教の人たちを拘束するべく魔術を使った。
どうやら魔術師としての実力はこちらの方が上らしく、彼らの抵抗を抑えて……っ!?
「な、なにをしているのですか!!? 止めなさい!!」
「アメリア様、闇の神に栄光あれ!!」
拘束されていた一人が腰からナイフを取り出して自分の首に突き刺した。
次の瞬間、男の首からは血が溢れ、祈りの間を赤く染めてゆく。
そして私の心の中で何かがジワリと広がった。
「我らの命は既にアメリア様と魔王様に捧げております。どうぞ。我らの命を、その手で! 感じて下さい!! 聖女イザベラ様!」
「狂ってる……!」
「狂っているのはこの世界ですよ! 聖女イザベラ様! さぁ! さぁ!! どうしますか!? 我らの目的は変わらない!」
「っ! わ、私は」
「さぁ!! さぁさぁ!! 貴女は何を選択するのですか!? 何を……」
「これ以上。神聖なこの場所を汚さないで貰えますか?」
モルガンさんの叫びに、私は一歩後ずさって逃げそうになったが、そんな私を救う声が天井から響いた。
「そして……私の可愛い妹をその汚い目で汚すのは止めて貰いましょう」
「……オリヴィアお姉様!」
「おのれ! まだ生きていたのか!」
「あの程度の刺客で私が殺せると思っていたとは……随分と舐められたモノですね」
オリヴィアお姉様の怒りに反応して、闇が祈りの間に広がる。
そして、苦し紛れにモルガンさんがオリヴィアお姉様に放った闇の魔術は祈りの間の上部にある窓から中に飛び込んできたルークさんによって切り裂かれ、消えてしまう。
「お前は……! 勇者ルーク!! またしても我らの邪魔をするのか!」
「当然だよ。それが僕の使命なんだから」
「ぐっ」
ルークさんは剣を構えながら、モルガンさん達を睨みつけ、その横でオリヴィアお姉様も手を前に突き出して魔術を使う構えを取っている。
かつて世界を救った人たちを前にして、流石にモルガンさんも不利を悟ったのか撤退していった。
そして、祈りの間にはいつもの清浄な空気が戻る。
暗く澱んだ悪意に満ちた空気は彼らと共に消えた様だった。
「去った様だね」
「彼らの事は?」
「騎士たちが追っているよ。少なくとも本拠地を見つける事は出来るはずだ」
「そうですか」
オリヴィアお姉様はルークさんと軽く会話をした後、振り向いて私を抱きしめる。
「よく頑張りましたね。イザベラさん」
「っ、オリヴィアお姉様……!」
「今夜はもう大丈夫です。それに彼らのしっぽは捕まえましたし、これで全てが終わりますよ」
「……よか、った」
私は気が抜けて、その場にへたり込んでしまうのだった。