表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

第11話『私は、戦います』

私がイービルサイド家を出てから一年の月日が流れた。


私は何だかんだと何度か家には帰り、お姉様の出産を手伝ったりをして、慌ただしい日々を送っていた。


聖女として求められる日々も、孤児院でオリヴィアお姉様と一緒に子供に囲まれる生活も。


そして、イービルサイド家に生まれた天使と過ごす時間も、存外悪くない。


私は今最高に満たされていた。


気になるのは、闇神教の動きくらいだが、あれから動きは殆どなく、世界は平穏なままであった。


こうして、世界が平穏なまま何も変わらなければ良いのだが、そういう願いが叶う事は少ないのだろう。


事件が起こった。




始まりは、妙な気配を漂わせながらルークさんが来たことだった。


私とオリヴィアお姉様を連れて人に聞かれない部屋に入って唐突にいきなりな話をぶつけてくる。


「イザベラ。オリヴィア。すぐにここから避難してくれ」


「え? いや、どういう意味ですか? それは」


「闇神教の連中が遂に動いた」


「っ!」


驚き、手で口を覆いながら言葉を無くしてしまった私とは違い、オリヴィアお姉様は鋭い目でルークさんを見据えながら尋ねる。


「何が起きたのですか?」


「一つ。村が滅ぼされた」


「まさか」


「詳しい現場の調査はこれから行うが、正直な所生存者は絶望的だ。だが、こうして動いた以上は連中との戦争が始まる」


「そうでしょうね」


「ソフィアとトビーは既にレオンの所に預けて来た。君達も急いで向かってくれ」


「分かりました。ではオリヴィアお姉様。子供達と共に避難して下さい」


私は動揺を何とか落ち着けて、深呼吸をしながらオリヴィアお姉様に告げる。


しかし、オリヴィアお姉様は私の言葉には頷かず、ジッと私を見つめてくるのだった。


「イザベラさん。貴女はどうするおつもりですか?」


「決まっています。私は今代の聖女。人類の危機から逃げる事は出来ません」


「イザベラ」


「ルークさん! 弱者を見捨てて真っ先に逃げ出した人間を誰も信じはしません! 私が逃げればアメリア様とオリヴィアお姉様から受け継いだ聖女の名を傷を付ける事になる!! それだけは絶対に出来ません!!」


「……イザベラさん」


「それに、私は貴族です。民を守り、戦うのが私の役目! 偉大なるご先祖様の名も私は背負っている。イザベラ・リィラ・イービルサイドが向かう場所は戦場以外あり得ませんわ!!」


正直な所逃げ出したい気持ちはある。


しかし、アメリア様も、オリヴィアお姉様も、一度だって逃げ出した事はない。


自らの宿命に正面から向き合って、抗ってきた方々だ。


ならば私も、ここで逃げたくはない。


憧れに背を向けたくないから。


「私は、戦います」


震える手を握りしめて、私はオリヴィアお姉様とルークさんに告げた。


「死ぬかもしれないぞ」


「構いません。私の犠牲でオリヴィアお姉様や子供たち、それに多くの人達が長く生きられるのなら、本望です。英雄の名は歴史に深く刻まれるでしょうから」


「……分かった」


「ルークさん!!」


私の言葉にルークさんが小さく頷いたが、そんなルークさんの反応にオリヴィアお姉様が怒りの声を上げる。


しかし、私は椅子に座っているオリヴィアお姉様の手を取り、穏やかに告げた。


「これは私の覚悟です。オリヴィアお姉様にだって否定させません」


「しかし、貴女はまだ若い。危険な場所へ聖女が行かねばならないというのなら、私が行けば良いでしょう……!」


「駄目です」


「イザベラさん!」


「だって、オリヴィアお姉様は、もう聖女では無いでしょう?」


「……っ!」


「だからオリヴィアお姉様の役目は、子供達を守る事です。世界は私が守ります。お願いです。オリヴィアお姉様」


「こんな、事なら、聖女の力を渡さなければ良かった」


オリヴィアお姉様が吐く様に言った言葉に、私は少しだけ寂しい気持ちになりながらも強くオリヴィアお姉様の手を握る。


「オリヴィアお姉様の決断は間違えていませんよ。それを必ず証明してみせます。魔王を倒したオリヴィアお姉様やルークさん達の様に」


「っ! 知って、いたのですか」


「えぇ。偶然知りました。ですが、知って良かったです。オリヴィアお姉様の素晴らしさをまた一つ知る事が出来たのですから」




私はそれから何とかオリヴィアお姉様を説得し、ルークさんと共に闇神教の者達が襲ったという村へ向かった。


そして、ルークさんが現場の調査をしている間に、瓦礫の中から生きている人を探す。


だが、やはりというべきか。生きている人は一人も居なかった。


というよりも、まともな状態の人を見つける事が難しかった。


何かの儀式なのか。血に溢れたその場所は、多くの人の哀しみと嘆きで満ちている。


私は亡くなった方を一人、また一人と癒して……せめてその心が救われる様にと祈った。


この行為に意味が無いのかもしれないが、それでも……この悪意に満ちた世界を変えたかったのだ。


せっせと癒しを続けていた私であったが、ふと奇妙な事に気づいた。


とある家の壊れた床の下に見える地面が、まるで人為的に掘り起こされた様に色が変わっていたのだ。


何かがあると水の魔術を使い、土を洗い流すと……中から光る何かが飛び出してきて、私の左肩を貫いた。


「っ!? 何がっ! 水の盾!!」


「イザベラ!!」


「シンシアを殺させるもんか!!!」


「子供!?」


私の左肩を貫いたのは子供の手には大きなナイフで、私を貫いた子供はナイフを私の左肩に刺したまま近くの棒を拾って構える。


ボロボロの体は土の中に隠れていたというだけではなく、切られた様な痕もあった。


おそらくは闇神教の者たちから隠れていたのだろう。


少年と、その後ろには怯えたように自分の体を抱きしめている少女も居る。


私の傍に跳んできたルークさんは剣を抜いて構えるが、この子たちは敵じゃない。


私はルークさんを見て首を振りながら、左肩に刺さったナイフを抜き、地面に捨ててから少年に向かって歩いていった。


「く、来るな!! お前たちなんか! 怖くない!!」


少年の振り下ろした棒が私の体に当たる。


痛い……が、痛くない。


なるべく怖くない様にと笑顔を作りながら、少年の前にしゃがみ込んだ。


「う、うぅ」


「私は敵ではありません。あなた達を救いに来たのです」


「う、嘘だ!!」


少年が振り下ろした棒が私の頭に当たり、おそらくは血が出たのだろう、片目が赤に染まった。


しかし、私は笑顔のまま少年に語り続ける。


「助けに来るのが遅くなり、申し訳ございません」


そして、少年の体に触れ、癒しの魔術を使った。


「これ、は……痛くない」


「お願いです。どうか。あちらの子も治させてくださいませんか?」


「……っ」


少年は僅かに迷い、私と少女を交互に見つめた。


そして、小さく頷き、私を少女の元へ案内してくれる。


「シンシア……。この人は、怖くない人だ」


「おに、いちゃ?」


「痛いのを、治してもらおう」


少年は私に向き直ると、震える唇を噛み締めて、泣きそうな声でお願いしますと言った。


私はそんな少年に笑顔で頷きながら少女の傷を癒し、二人を抱きしめる。


「来るのが遅れて、ごめんなさい。もう大丈夫ですよ」


少女も少年も我慢の限界だったのか、勢いよく私に抱き着きながら泣き始めた。


よほど怖い目にあったのだろう。


服を掴む手はまだ震えている。


「怖くない。もう大丈夫ですからね」


それから、二人が泣き止むまで私はいつまでも子供達を抱きしめているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ