第1話『私には覚悟があります』
本作には残酷な描写が含まれます。
御気分を害される可能性がある為、閲覧には注意して下さい。
オリヴィアお姉様が倒れた。
という報告を受けた私は急いで、お姉様がいらっしゃる孤児院へと飛行魔術で向かい、スカートに気を付けながら勢いよく地面に降り立った。
淑女たるもの、空を飛ぶときも身だしなみには気を付けないといけないですからね。
そして、お姉様がいらっしゃるであろう部屋まで一直線に飛んでゆくと、勢いよく扉を開く。
「オリヴィアお姉様!!」
「イザベラさん。とても早いですね。ビックリしました」
「お姉様が倒れたという話を聞けば飛んできますわ! それで!? お体の方はどの様な状態なのですか?」
「えぇ。聖女アメリア様と同じ状態ですね。手足に力が入らず、上手く立ち上がる事も出来ません」
「そんな……!」
「おそらくは癒しの魔術を使い続けて来た影響かと思います。聖女アメリア様の仰っていた言葉の通り」
「なら、それならば! 早く私に聖女の力を受け継いでください! お姉様!」
必死にお姉様の手を取って訴える私に、何故かお姉様はやや驚いた様な顔をしながら笑った。
「ふふ」
「お姉様?」
「変わりませんね。血が繋がっていなくとも姉妹は姉妹という事でしょうか」
「お姉様……何を」
私の問いかけに、お姉様はベッドに座ったまま自身の両手を見て遠い目をしながら語り始めた。
聖女アメリア様がまだご存命であった時代の事を。
そして聖女アメリア様が亡くなる前にも、お姉様は今の私と同じ様に聖女アメリア様から力を早く渡して欲しいと願ったらしい。
「今になって、聖女アメリア様が何を考えていたのか、よく分かります。この力を可愛い妹に託しても良いのか。このまま受け継がせず自分で終わりにした方が良いのではないか……決めるのは難しい」
「……お姉様」
「ですから、イザベラさん。貴女に一つ質問をさせて下さい」
「はい! どの様な問いでも!」
「……イザベラさん。貴女に聖女として命を選ぶ覚悟はありますか?」
私は想定していた質問とはまるで違う質問が来た事に一瞬驚き言葉を失うが、すぐにその質問の意味を考えて答えを探す。
だが、まず質問の意味が掴み切れず、お姉様に質問について問うのだった。
「命を選ぶ、というのは?」
「癒しの力を使う際に、助ける事が出来ぬ者も居るという話です」
「っ! それは」
「アメリア様の遺した力は素晴らしい力ですが、万能ではありません。命の灯火が消えそうな者は治したとしても長くは生きられず、イザベラさんの命を削る対価に見合わない」
「……」
「簡単に言いましょう。助かる見込みのない人を見捨てる覚悟が、貴女にはありますか? イザベラさん」
「っ!」
その問いは、あまりにも衝撃的な問いだった。
何故ならお姉様は私の知る限り一人も見捨てた事が無いからだ。
明日命が失われるかもしれない人であったとしても、重症で命の火が消えかけている人だとしても。
絶対に見捨てない。
最期には安らかな顔で眠って欲しいと願って傷を治してきたのだ。
だから……。
「私には覚悟があります」
「……では」
「そう! 私は全ての人を癒し! この世界を光に満ちた世界へ変えるという覚悟があります」
「イザベラさん……!」
「ご自身でも出来ない事を私に押し付けるのは止めて下さい! お姉様! 命の選別? その様な事を行う人に私は憧れません。夢を見たりはしない!」
「……」
「私は想いのまま、命に価値など付けず、全てを愛おしいと、救おうと手を差し伸べる貴女だからこそ憧れたのです! ならば! 当然私は憧れた通り、オリヴィアお姉様の理想を描きます! 打算の聖女などあり得ません!」
私は想いをありったけぶつけて、フンスと鼻を鳴らした。
そして近くの椅子にやや乱暴に座ると腕を組む。
正直淑女らしい姿とは言い難いが、怒りが内側から燃えているこの状態では大人しくなんて出来る訳が無いだろう。
当然だ。
しかし、私の反論にお姉様は当然というべきか納得されておらず、まだ何かを言いたげであった。
「その様な事を言う子には力を渡せません……!」
「そうですか! 構いませんよ! 私は自分で癒しの魔術を作り上げますから。転移魔術や飛行魔術を作り出した時の様に!」
「なっ! それは絶対にダメです! 許しませんよ!」
「お姉様の許可など要りません! 私が勝手にやる事ですから!」
「イザベラさん!」
お姉様はもう体は動かせないと言っていたのに、震える手で私の体を掴もうとした。
しかし私はそんなお姉様の手を、むんず! と掴むと布団に押し戻して布団の中に入れる。
「お身体が冷えますよ! お姉様」
「イザベラさん。私は真剣に……」
「私だって真剣にお話しております。そして結論はお伝えした通り、お断り! しますわ!!」
「っ、私は」
「オリヴィア」
私とお姉様の感情は平行線で、ぶつかり合う事もなく走り続けるかと思われたが、不意にお姉様の言葉を遮る声が部屋に響いた事で争いは一時中断された。
しかし。
「関心しませんわね。女性の部屋に許可もなく入るだなんて!」
「それは悪かったね。いやなに。オリヴィアの部屋から争う様な声が聞こえて来たからね。急いで飛び込んだだけだよ」
「む」
部屋に入ってきたルークさんの物言いに私はそれ以上文句を言えず、口を閉じた。
そして、すぐ隣に椅子を用意するとどうぞと手で指し示すのだった。
「これはどうも」
「……ルークさん」
「なんだいオリヴィア」
「まだ来るのに時間が掛かると思っていました」
「まぁ、オリヴィアが倒れたと聞いたからね。走ってきただけだよ」
「……そうですか」
お姉様とルークさんの間に流れる空気は微妙で、かつて共に戦った仲間とは思えないモノだった。
仲が悪いのかしら。
「それで、オリヴィア。さっきの話だけどね。僕はイザベラに聖女としての力を渡すべきだと思うよ」
「あら」
「ルークさん!」
「良い事言って下さるじゃありませんか。ルークさん」
「イザベラさん!」
病人だというのに、大騒ぎをするお姉様を落ち着かせながら私はお姉様に真理を語る。
「お姉様。いい加減我儘を言うのは止めて下さい」
「我儘なんて……!」
「いいえ。我儘です。これから先も長く続いていく人類の歴史を考えれば聖女の力はここで途絶えさせてはいけないモノです」
「それは、そうですが」
「それに。命の問題ですが、それも大した問題ではありません。何故か分かりますか?」
「……何故でしょうか」
「私が居るからです! 魔法を解析し、魔術を起こし、世界の秘密を解き明かしてきた私がいれば、どの様な欠陥も全て解消する事が出来ます。これは世界の真理なのです!」
私が歌うように告げた言葉にお姉様は大変微妙な顔をしていましたが、やがて大きなため息と共に折れた。
そして、私の手にご自身の手を重ねながら、目を閉じる。
「イザベラさん」
「はい」
「一つだけ約束してください」
「内容次第ですね」
「……」
「当然です」
私をジトっとした目で見た後、お姉様は再び口を開いた。
「私に癒しの魔術を使うのだけは絶対に止めて下さい」
「理由をお聞きしても?」
「意味が無いからです。私もかつて聖女アメリア様に癒しの魔術を使いましたが、消えた命はどうする事も出来ませんでした」
「……そうですか」
「ですから」
「分かりました」
「っ! イザベラさん!」
自分の命が助からないというのに、嬉しそうな顔をするお姉様に、どうしようもないなと思いながら、私は笑顔で告げた。
「今は何もしません」
「……? 今は?」
「はい。いずれ私は癒しの魔術も解析しますから。完璧な力となったら、遠慮なく使わせていただきますよ」
「……本当に、貴女は」
「ふふ。最高の妹でしょう?」
「どうしようもない妹です!」
「あら」
「ですが……そこも貴女の魅力なのでしょうね」
お姉様は柔らかい微笑みを浮かべると私の手を取り、力を私に託した。
「どうか。貴女の未来に祝福が多い事を祈ります。聖女イザベラ」
「はい。お任せください。世界を全て照らして見せますわ」
そして私は、堂々とお姉様にそう言い放つのだった。