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許された人(前編)

異世界もの、転生ものなど、キラキラする物語の多い中で、本作は地味です。

非常に、地味、地味、地味です。

でも、たまには、じみいいいいいいな純文学的な作品でも読んでみたい方、どうぞ。

少し長いので、前編と後編に分けます。

1.

 

 町を巡る運河には清冽な水が静かに流れ、曇天の空の灰色を映す流れの中に鮮やかな緑の藻がたゆたう。

 駅からわずか数分歩いた場所は、既に深い静寂に浸されていた。

 初めて訪れた大垣の町を散策しながら、私は、この市に定住した友人の心情が理解できるように思えた。電車の都合で早く着いたので、約束の時刻までの少しの空き時間を町の散策に費やすことにしたが、それは正しい選択だった。市中を流れる清流に沿って歩くうち、私は、もし自らの命が永らえるのなら、この町に住みたいと思ったものだ。

 市役所の裏、川に沿う道が緩いカーブを描くあたりに古い民家がある。その庭先に二階の軒を超す高さの銀色のキューポラか蒸留装置のような機器が設置されていて、しきりに白い水蒸気を吐き出している。しばし、その場違いな光景を、立ちすくんで眺めた。

 ふと、コートの袖をめくって腕時計を見る。待ち合わせの時間まで、まだ15分ほどある。来た道を引き返し、大通りの手前の橋を渡って裏道を行くと、古い建物の壁を淡紅色に塗り、アンティーク風にデザインした店が現れた。緑、白、赤の三色旗を掲げているからは、イタリア料理店に違いない。老朽化した建物を綺麗に改装して料理店に仕立てるのは最近の若手の経営者が好む手法だから、きっと若い人が開いたものと見受けられる。せっかくだが、今は食事をする時間的余裕がない。友人との会見を終えた後で来ることにしよう。

 通りを渡り、公園の脇を行くと、待ち合わせの喫茶店が見えて来た。少し早いが、先に入って待つことにする。その店は、ハーフティンバーを模したコテージ風のデザインで、高原の別荘の雰囲気を醸している。木枠にガラスの嵌った重たいドアを開けると、左側にカウンンター、右側にテーブル席が並び、奥行きが長い。

 店内は中ほどのテーブルに老夫婦が一組いるだけで、他に客はいない。さて、どこに座ろうか、と考える。本当は、奥の方に行きたい気分だが、友人がやって来た際に、すぐ分かる所にいるべきだろう。入り口に近いテーブル席に壁を背にして座る。

 本格派の喫茶店で、各種のストレートコーヒーがある。注文を取りに来た初老の女性にマンデリンを頼み、友人を待つ。

 運ばれて来たコーヒーを3口ほど飲んだころ、ドアに取り付けられた鈴がけたたましい金属音を響かせた。

 現れたのは中年の男性。すぐ私に気付き、無言でいそいそと対面の席に座ると、「ひさかたぶり。」あまり嬉しそうな様子ではない。

 今日の会見の目的は、まだ聞いていない。挨拶には軽く会釈するだけで答え、相手の顔つきを注意深く観察する。憂鬱そうで、少し苛立っている表情から、楽しい話をしようという意図のないことは読み取れた。

 「3年ぶりかな」と、私。

 「それぐらいに、なるかな。」水を持ってきた初老の女性に、男は、ぞんざいに「ホット」と注文する。そして、少し伏し目がちに、目の前のテーブルの何もない表面を見つめる。所在なく、私は、「こっちに越して来てから、どのくらいになるね?」

 「まるっと16年かな。そんなもんだ。」

 「いい所だね。この町には初めて来たが。」

 「うん。いや、本当はうちに来てもらっても、良かったんだが、なにしろ家の中はひどく散らかっていてね。女房も、なんていうか、精神的に、あまり安定していないもんだから。すまんね、こんな所まで。こっちから出て行くべきところなのに。わざわざ遠方から来てもらって。」

 「いや。どうってことはない。JRでわずか30分ちょいだ。それに、今、なにもしていない。全くひまな身でね。」

 「仕事をやめた、というのは本当か。」

 「やめたよ。先月、退職届けを出した。自由の身だ。」

 「不動産関係の会社だったよね。」

 「うん。業界で1、2位を争う大手だが。今から思えば、営業ばっかで、つまらん職場だったね。こういう形で辞めることができて、良かったと思ってるよ。」

 「この先、どうする?」

 「どうするもこうするも、何もしないさ。死ぬまでの間、好きに余生を送るだけだ。」

 「死ぬ、というのは、決まっているのか。」

 「うん。」私は、コーヒーカップを手に持って、ぐっと飲んだ。「もう、ダメらしいね。手の施しようがないそうだ。」

 「膵臓だったか。」

 「そう。再発なんでね。治療は無理らしい。」

 「再発だと、無理なのか。あと、どのくらいもつ見込みだ?」

 「最長4ヶ月らしい。」

 「すると、痛みは? 苦痛は、どうしてる?」

 「まだ、そんなんでもないんだ。痛みの方は。だけど食欲がないのが困るね。余生を楽しく送りたいんで、本当はもっと大いに飲み食いしたいんだけどね。そこが少し不満だ。」

 「すまんね。そんな体調なのに」と、男は語尾を濁らす。

 「いや。気にせんでくれ。会社を辞めて、仕事から開放されたはいいが、なにもやらずにいると、気分が塞いでしょうがない。今日は呼んでくれて、内心喜んでいるんだ。」

 「そうか。そう言ってくれりゃ、気は楽だが。」男は、そう言うと、黙ってしまう。どう切り出そうかと考えている様子。私は、相手が用件を言い出すのを待つ。男は、自分の腕時計をちらっと見て、「いや、呼び出しておいて、こう言うのも失礼だが、あまり時間がなくって。職場を抜け出して来たもんだからね。昼休みを利用して」と言いつつ、言葉を切る。

 コーヒーが運ばれて来た。が、男は手を付けない。

 「君は、会社を経営してたよね。確か、新合金の開発とか」と、私の質問。

 「あ? ああ、うん、そうだ。」

 「社長なんだろ。職場を出て来るくらい、勝手だろうが。」

 「いや、それが、そうでもないんだ。従業員の連中がうるさくってね。古参のやつがいるんだが、それが、どうにもこうにも、ほんと、やかましくって。いつも俺のすることを監視しててね。ちょっとでも、なんかやらかすと、すぐ、どうのこうのって。ええ? 自由なんぞ、ないのさ。社長だってのに。いつも下の者に気を使ってないといけないんだ。今どきの世の中、上の者が下の者に気をつかう。それが常識になっちまっていてね。プライベートなことでね、なんかするってのが難しくって。そのうえ、忙しくってね。どうも、ちょっとしたことでも時間を割くのができない。それで、わざわざ出て来てもらったようなわけだが。」そう言うと、再び口をつぐむ。

 「職場は、この近くだったか?」

 「いや、車で40分くらいはかかる。ここは家には近いが、会社からは遠い。あまり職場の近くでは、話がしづらいんで。」

 「その話ってのは? 遠慮せずに、言い給えよ。」

 「うん」と言って、男は口ごもった。少しの沈黙の後、声を低めて「実は、息子のことなんだがね。」

 私は、この友人と家族ぐるみの付き合いをしてきた訳ではない。息子のこと、と言われても、ピンと来ない。「息子さん、おいくつになられた?」

 「大学の4年だ。今年、つまり、そろそろ卒業なわけだ。大学院に行くか、就職するか、決まってなくてはならないはずだ。」

 「その息子さんが、どうした?」

 「うん。」口調が重くなる。「どうしたも、こうしたも、どうなってるのか、さっぱり分からんのだ。連絡が途絶えてね。所在も分からん。東京まで行ったんだよ。やつのアパートへ行ったんだが、既に引き払っていた。赤の他人が住んでたよ。電話もつながらん。」

 「どういうことなんだ?」

 「だから、どういうことなのかを知りたいんだ。それが分からなくてね。息子がどこにいるのかも分からん。どうしてこうなったのかも、全くなんも分からん。」

 「つまり、こういうことか。僕に、息子さんを探し出して欲しい、というわけか。」

 「うん。ありていにいえば、そうなる。」

 「それを、この僕に依頼する理由は?」

 「橋本から、君が会社を辞めたと聞いたんでね。それなら、引き受けてくれるかと思って。」

 「こんなことを引き受けるようなヒマ人は、僕しかいないってわけか。」

 「いや、そう言うつもりはないんだが。」

 「いいんだ。面白そうだ。やってみてもいい。」

 「本当か?」

 「ああ。そこで、いろいろ訊きたいんだが。」

 「なんでも、訊いてくれ。」

 「なんか、書くものあるかな。」

 「書くもの?」そう言うと、男は身の周辺を探した。テーブルの上には、メニューと灰皿と砂糖壷しかない。「すまん。持ってない。紙とか、ペンの類いは持たずに来た。」

 「すみません」と、私はカウンターの背後で洗い物をしている初老の女性に声を掛ける。「なんかメモ用紙と、鉛筆かなんか貸していただけませんか。」

 「メモ用紙と鉛筆?」彼女は少し困った顔をしたが、「ちょっと待っててください。」そして、入口付近のレジ台に行き、古い固定電話の横に置かれたメモ綴じから、1枚メモ用紙を剥がすと、黒いボールペンとともに私たちのテーブルまで持って来た。

 「死期が近付くと、人間が図々しくなってね。遠慮する必要を感じなくなるんで。」試しに紙の上にボールペンで小さな輪を描いて使えることを確かめてから、「じゃあ、順番に訊いていくけど。」

 相手の男は、心持ち座り直した態で質問を待つ。

 「まず、息子さんの名前は?」

 「けんと。フルネームだと、しまざきけんと。」

 「字は?」

 「しまざきは、知ってるよね?」

 「しまの字は、どっちだ? 難しい方? 簡単な方?」

 「単純な方だ。普通の島」

 「さきは?」

 「それも普通の。長崎の崎。」

 「けんとは?」

 「健康な人と書く。」

 「健康な人?」

 「健康の健に、ひと。人間のひと。」

 「島崎健人さん。」言いながら、メモに記す。「生年月日は?」

 「生年月日が、要るのか?」

 「一応、知っておいた方がいい。」

 「誕生日は、4月14日だが、何年生まれだったか。」

 「今年、卒業だってね? ところで、大学は、どこだっけ?」

 「東京大学だよ。経済学部。」

 「ん? 理系じゃないのか?」

 「うん。経済学部なんだ。実は、それがそもそも癪の種なんだが。言うことを聞かなくて。高校2年の時、理系はいやだと言い出して。多少、数学ができんでも、入れる理工学部なんてザラにあるのに。変な大学の理系に行くくらいなら、東大の文Ⅱ受けるって。」

 「じゃ、まあ、とにかく、東大経済学部と。現役で入ったか? それとも浪人した?」

 「浪人はしてないよ。」

 「留年は?」

 「してない。」

 「すると、今年で卒業なら」と、頭の中で計算する。昭和と平成をまたいでいないので、計算は楽だった。「平成3年生まれだな」と言いつつ、「平成3年4月14日生」と記載する。「君が最後に把握している住所は?」

 「東京都、文京区、弥生、何丁目だったかな? 確か2丁目だったが、番地までは分からん。」

 「正確な住所を、後で送ってくれるかな。」

 「ああ、そうする。」

 「賃貸マンションに住んでた?」

 「うん、そうだ。」

 「マンションの名前は?」

 「なんて言ったっけ。なんとかハイツだったと思う。忘れた。」

 「じゃ、それも後で送ってくれ。連絡は、いつ途絶えたんだ?」

 「最後に電話が通じたのが、確か去年の10月ころだったと思う。それまで女房が時々電話で話していたんだが、夏ころから次第に電話をかけても出なくなった。たまには出ることもあるんだが、近況を訊いても、要領を得ない答えばっかでね。就職のことなど、どうなっているのか知りたいんで、一度帰って来い、と言うんだけど、ぐずぐず言うだけだ。態度がおかしいな、と思っているうち、ある日、電話をかけても、この番号は使われていない、というメッセージが流れるようになった。それで、手紙を書いて送ったんだが、封筒に、あて所に尋ねあたりません、と書かれて返送されて来た。仕方なく、わざわざ見に行ったんだよ。あれが住んでるマンションに、一昨年訪ねて行ったことがあるんで、場所はかろうじて分かるんでね。東京まで行って、苦労して探し出したんだが、確かにあいつの住んでたマンションに違いないのに、他人が住んでた。全く関係ない赤の他人だ。」

 「知らん間に、転居していた、ということかね。」

 「そうなんだろうね。いつ、どこへ越したのかも分からん。」

 「その賃貸マンションに入居する際に仲介した業者は?」

 「知らないんだ。大学の3年に進学するときに、そこに入居したんだが、その時は転居先探しから引っ越しまで、全部息子に任せてね。こっちは金を出すだけで、事務的なことには一切関わらなかった。」

 「しかし、現地へ行ったんなら、仲介業者くらい分かりそうなもんだが。その賃貸マンションが入居者を募集していれば、業者が広告でも出しているだろうが。」

 「いいや。そんなものは見当たらなかったな。全く手掛かりがないんで、途方に暮れて帰って来たよ。こうなると、息子の居所を探しようがない。」

 「ふん」と、私は少し考える。「息子さん、生活費はどうしてる?」

 「うちから、仕送りしている。」

 「銀行口座への送金か?」

 「うん、そうだが。」

 「毎月?」

 「そう。毎月家賃込みで20万円。」

 「ほう、20万円。今でも?」

 「うん。」

 「お金は、引き出されているのか?」

 「通帳は向こうが持っているから、分からない。今は個人情報なんたらとうるさいんで、親にも口座の残高は教えてくれない。」

 「いっそ、送金を止めたら、どうかね。送金が止められたら、困って向こうから連絡して来るだろう。」

 「それも考えたんだがね。ダメなんだ。女房に反対されて。かわいそうだってんだよ。私もいい考えだと思うんだが。」

 「ところで、理由について、思い当たる節はあるのか?」

 「理由? 失踪のか?」

 「ああ。なにか、理由がありそうなもんだが。」

 「それが分からないんだ。そもそも、あれとは、あまり密にコミュニケーションを取ってなかった。さっき、去年の夏ころから電話に出なくなったと言ったが、既におととしころから、そう頻繁には電話しなくなっていたな。顔を合わせることも少なかった。あれが大学へ行って、初めのうちは普通に行き来していたがね。夏休み、年末年始はいうまでもなく、ちょっと長い連休など、ちょいちょい帰省していた。ところが、3年になったころから、帰省しなくなった。夏休みなのに帰って来ない。年末年始も来なくて、東京でひとりで居るんだ。昔は正月を東京で一人で暮らすなんて、つらいことだったが、今はコンビニやらのおかげで、楽にできるわけだ。とにかく、うちに帰らなくなったな。女房が心配して、たまには電話するんだが、近ごろ、どうだ? と訊くと、別にどうでもない、普通にやっているよ、という返事が返ってくるだけで、それ以上のことはない。まあ、普通にやっているんなら心配はあるまい、と思っていたんだけどね。ところが、いよいよ卒業だってのに、就職が決まったのか、どうなったのか、なんの知らせもない。今はひどい就職難らしいから、どうなっているのか知りたいのに、なんも言ってこない。こっちは心配だから電話するんだが、滅多に出ない。たまに出ても、はっきりしたことは言わない。そのうち、電話に出なくなる。手紙は戻って来るはで、訪ねて行ったら勝手に転居していたってわけで、まるでさっぱり意味が分からんのだ。」

 「手紙を送ったのは、いつのことだね?」

 「確か、10月末ころだったと思う。」

 「マンションへ行ったのは?」

 「年末だよ。いろいろ忙しくて、すぐには行けなかった。」

 「既に去年の10月には転居していたってわけだ。息子さんの口座の通帳は、息子さんの方が持っているんだね。」

 「そうだよ。」

 「それがあればね。家賃の引き落としがいつまでか分かるんだが。調べようはないかね。」

 「さっきも言ったように、個人情報うんたらで、親でも教えてくれないんでね。世知辛い世の中だよ。」

 「まあね。分かった。探してみよう。」

 「やってくれるかね。」

 「ああ。見つけられるか分からんが、やるだけ、やってみよう。」

 「有り難い。」

 「じゃあ、マンションの正確な住所を送ってくれ。」

 「すぐ送る。メールでいいか?」

 「そうしてくれ。」

 ふたり、席を立つ。島崎が伝票を素早く取り上げてレジに向かう。島崎の前に置かれたコーヒーは、結局一口も飲まれることなく残された。

 店の外で、私は、もと来た道を戻ろうとする。島崎は、反対方向を指差して、「駅はあっちだ。」

 「いや、向こうで食事しようと思ってね。」

 「そうか」と言うと、島崎は店の脇の駐車場に停めてあった銀色のベンツに乗って走り去った。

 さて、さっき見つけた三色旗を掲げた店へ。

 立て付けのあまり良くないドアに、精一杯洒落た感じの金属製のアンティーク調の取手が付いている。金属臭が手に付くのがいやで、ちょいと指先でつまんで引いた。円テーブルが数個、大きめの角テーブルが1個、女性客ばかりだ。一瞬たじろいだが、カウンター席もあって、他の客に背を向けて座れる。男の一人客は場違いな感じだが、カウンター席の背もたれに脱いだコートを掛けて座り、自然の木目を生かした一枚板に肘をつく。注文を取りに来た女性は若い。もうひとり、カウンター越しに女性が働いているのが見える。おそらく経営者だろう。少し年配だが、やはりまだ若い。パスタのランチを注文してから、トイレに行く。いったん建物の外に出なければならず、いささか寒いが、電燈のスイッチが骨董品めいた金属製で、建物の雰囲気と良く調和している。しかし、店内を見回して驚いたのは、壁に掛かっている油絵を見たときだ。額縁にも入れられず、裸のキャンバスのままぶら下げられている。その絵に目が釘付けになる。

 縦長の大きなキャンバスに、上下に橙色と茶色の長方形が塗られていて、その間に黄色が帯状に塗られているだけの単純な抽象画なのだが、その作風は、どう見てもマーク・ロスコのものだ。

 でも、まさか、と思う。そんな大家の作品が、どうして、ここに?

 誰の作品かを訊くのは失礼だろうか。しかし、気になる。病いのおかげで獲得した図々しさを発揮して、訊いてみようか。

 ところで、料理の味は、悪くない。ドレッシングに独特の甘みがあるが、それが女性好みなのかもしれない。パスタのソースもいい味をしている。量が少し少ないと感じたが、食欲が減退している私には、かえって有り難かった。

 食べ終えて、コーヒーも飲み終えたころ、たまたま近くを通りかかった店の若い女性に、「ちょっと、あの絵だけど」と、声を掛ける。

 「え? ええ、あれは絵ですけど」と、頓珍漢な応えが返って来る。

 「いや、あれは、誰の絵かな?」

 「は? いえ、私は、よく知らないんです」と言う。

 知らないと言われたら、どうしようもない。「あ、そ」と答えて、カウンター越しに調理場の方を見る。さっきまで居た経営者らしき女性の姿がない。どこかへ出掛けてしまったようだ。まあ、いい。帰って来たら、あらためて訊いてみよう。

 しばらく待ったが、年配の女性は帰って来ない。もう一度、よく絵を見てみる。一見すると、マーク・ロスコの作品だが、よく見ると、どこか違う風でもある。そういえば、マーク・ロスコはキャンバスの隅々まで色を塗り残さない。ところが、目の前の絵は、キャンバスの周囲が白く塗り残されている。やはり、作風は酷似しているが、別の作家によるものか?

 結局、いつまで待っても、もうひとりの女性が帰って来ないので、諦めて会計を済ませて店を出た。

 絵の謎は、解けずじまいに終わった。



2.


 翌日。

 東京駅に、午前10時ころ着いた。

 久々の喧噪だ。およそ30年前に、私をとことん疲れさせ、私の神経を引き裂いた東京だ。人口過密で、一瞬たりとも休息を与えてくれない首都。

 まあ、いい。人を捜すだけだ。それに、何事にも責任を負わない身となった今では、この魔都を行くのは、むしろ楽しかろう。コートを着て、黒いブリーフケースをぶら下げたスタイルで、東京駅を降りる。

 東京駅からは地下鉄で移動。丸ノ内線で本郷三丁目へ。ここから弥生へ抜けるには、東京大学の方へ行けばいい。もちろん、弥生に行くには千代田線の根津が近い。しかし、せっかくの東京行きの機会を捉えて、馴染みの町並みの様子を見たい。

 しかし、それにしても、と私は本郷通りを歩きながら思う。意外に変化が少ない。十年一昔というが、30年という歳月の流れは、この通りの風景を大きく変えることはなかったようだ。駅の周辺こそだいぶ景色が変わったが、狭い舗道に街路樹の枝がかぶさり、間口の狭い小規模の店舗が並ぶ通りの雰囲気はあまり変わっていない。無論、変化がない訳ではない。沿道の飲食店の入れ替わりは激しい。昔に比べて、良く言えば明るい、悪く言えば軽薄な店舗が増えて、少し祝祭的雰囲気が加わったかもしれない。しかし、相変わらず古色蒼然とした専門書店は存続している。学生時代に行きつけだった蕎麦屋がそのままの姿でいる。

 東京大学の鉄製の正門に着く。大学の構内は、部外者でも平然と入って行ける。本学の関係者以外は入構を禁ずるとかなんとかいう表示があるが、明らかに付近の住民と思える人々が堂々と散策している。咎める人はいない。

 ゴシック風の陰気な校舎の間を歩く。構内は急な下り坂で、傾斜地に建てられているせいか、校舎には、建物の北面、東面、南面で、同じ階がそれぞれ地下になったり1階だったり2階だったりする複雑な構造のものがある。まるで中世の教会みたいな、こんな暗い雰囲気のキャンパスで、今どきの学生がよく我慢して勉強しているものだと感心する。

 弥生門を出る。暗闇坂を下って、竹久夢二美術館の前を通り過ぎたところで、コートのポケットから紙を取り出す。四つ折りにした、グーグルマップを印刷した紙を広げ、目的のマンションの位置を確認する。間違いない。横道に入ってしばらく行くと、目的のマンションが見えた。

 3階建ての古いマンションで、エントランスのセキュリティは無いに等しい。勝手に建物内に立ち入れる。少しの躊躇の後、思い切って入ってみた。

 階段を上る。島崎の息子の部屋は202号室。どの部屋もワンルームのようだ。202号室のドアをノックする。反応がない。しばらく待ったが、なんの変化もないので、エントランスに戻る。郵便受けが並んでいるので、202号室の郵便受けを見たが、全く別人の名前が記されている。

 周囲を見回す。入居者募集の表示はないか? 無さそうだ。仲介の不動産業者の広告ぐらいあってもよさそうなものだが、見当たらない。

 外に出る。

 言問通りに出て、弥生坂を下る。学生時代もそうだったが、なぜかこの坂を下るときは、真冬でも汗が出る。根津の交差点から、千駄木の方へ。不動産業者が数件あるはず。1軒ずつ当たって行こう。

 2軒目でヒットした。入店し、カウンター席に座り、対応した従業員にマンションの名称を言って、このマンションの仲介をしているか、と尋ねると、そうだと答える。それなら「ひとつ、お伺いしたいことがある」と言うと、40歳前後と思われる男性従業員は、私を不審の目で見る。店は狭いが、接客用のカウンターの向こう側の奥のテーブルに、他にひとり従業員がいる。

 「実は、あのマンションから、昨年の10月ころに退去した学生がいると思われるが」とまで言って言葉を切り、相手の表情を読む。あからさまに不快そうな顔をしている。かまわず、「いますよね?」

 男性従業員は、軽く咳払いをして、「それは、分かりませんが、仮にいたとして、それが、なにか。」

 「その学生さんの親御さんからの依頼で、消息を知りたいんだ。」

 「いや、それは困りますね。退去したのなら、私どもには、その人のことは分かりませんが。」

 「現住所を知りたいだけなんだ。退去する際に、敷金の返還などの後処理のために、転居先を聞いているよね。島崎健人という名前で、東京大学経済学部の学生さんだ。もうじき卒業というところだ。」

 「ちょっと、待ってください」と言って、男性従業員は奥に行き、金属製のラックからぶ厚いファイルを持って来る。座って、ファイルのページを乱雑にめくっていたが、その手が止まり、「確かに、島崎という人が退去していますね。昨年の9月末日をもって退去しておられます。」

 「で、転居先の住所は?」

 「んなこと、教えられるわけないじゃないですか。」

 「そこを、頼むよ。」

 「だって、個人情報ですよ。近ごろは、そういうことにうるさいんで。」

 私は、奥のテーブルにいる従業員の方をちらと見て、「ここじゃ、まずいな。近くの喫茶店にでも行こう。」

 「喫茶店なんぞに行って、どうするんです?」

 「いいから、ちょいと付き合ってくれ。時間は取らせない。」

 男性従業員は、ファイルをぱたりと閉じて、眉間にしわを寄せて少し考えた末、奥の同僚に、「ちょっと行ってくる」と告げて、立ち上がった。壁に引っ掛けてあったコートを着込んで、ファイルを小脇に抱えると、カウンターの端から出て来る。

 一緒に店外に出て、適当な喫茶店を探す。すぐに見つかった。

 黒を基調にしたデザインの、すっきりした店だ。カウンター席とテーブル席がある。入店すると、店員に、禁煙席は奥だと告げられる。別に煙草の臭いが嫌いではないが、これから交わす会話の内容からして、奥の方がいい。

 黙って奥のテーブルに向かうと、男性従業員はおとなしく付いて来る。ふたり、向かい合って座ると、私は早速、「無理なお願いだってことは、重々承知なんだ。実は私も同業だった。」

 「んなら、個人情報を漏らせないってことは、よく御存知でしょ。」

 「だから、分かってるって。」注文を取りに来た店員にコーヒーを注文すると、男性従業員も同じものでいい、と言う。店員が立ち去ると、私は予め用意した小封筒をブリーフケースから取り出し、テーブルの上に置き、相手の方に押し出す。「少ないが、謝礼は出す。」

 「そんなこと、されちゃ、困りますよ。」

 「なんで? あんたは公務員じゃない。民間の従業員が謝礼を受け取るのは違法じゃない。」

 「個人情報の漏洩は、違法ですよ。」

 「誰が、個人情報を漏洩しろと言ったね?」

 「だって、そういうことでしょ?」

 「違うよ。あんたは、ただ、そのファイルの島崎さんの転居先を書いたページを開いて、トイレに立てばいい。私が勝手に盗み見たんだ。トイレに立つのが、違法なことか?」

 男性従業員は唖然とした表情で私を見る。かなりの時間、考えた末、コーヒーが運ばれて来たのを潮に、黙ってファイルをめくって、さっきのページを開いてテーブルの上に置く。「じゃ、トイレ行ってきます」と、席を立った。立ち際、そっと小封筒を取り上げて行く。

 私は手帳とペンを取り出し、ファイルを引き寄せた。ファイルは、ちゃんとこっちに向けて置いてある。気の利く奴だ。

 さて、転居先は、名古屋市。驚いた。新住居を探して東京中を彷徨う羽目に陥るだろうと想像していたのが、いい意味で裏切られた。名古屋なら、私のホームグランドだ。

 しかし、なぜ名古屋なんぞに行ったのか? 卒業間際に、なぜ東京を離れた? 名古屋を選んだ理由は? 確かに、島崎は名古屋の出身だが、16年前に大垣市に転居している。当時、息子の年齢は7歳ころだから、息子自身に名古屋と接点があるとは思えない。あるいは、子供時代を過ごした場所に対するノスタルジーにでも取り憑かれたのか? 

 などと考えてないで、本人に会って訊いた方が早い。とっとと名古屋に帰ろう。

 私は、島崎健人氏の新住所を転記すると、ファイルを閉じて180度ひっくり返し、手で押しやった。運ばれて来たコーヒーをゆっくりと飲む。男性従業員がトイレから戻るや、私は「ありがとう」と礼を言い、テーブルの上の伝票を素早く取り上げて立ち上がり、レジを済まして外に出た。



3.


 名古屋の自宅に帰ったのは、午後5時過ぎ。

 とっとと名古屋に帰っていれば、昼過ぎには帰宅できたわけだが、あれから本郷通りに戻って、懐かしい蕎麦屋でざるそばを食して、などとやっていたら、遅くなった。島崎健人氏の捜索は、明日からにしよう。急ぐことはない。

 私の自宅は名古屋の中心部から少しはずれた場所にあるマンションの一室。ここに住み始めて20年近くなる。オフィス街の真っただ中だから、夜はうるさいかと思ったが、案外静かだ。名古屋というのは、歓楽街でなければ、どこも夜中の12時を過ぎると、まるで田園地帯のように、ひっそりと静かになる。どうしてだろう、と昔から不思議に思っている。単身独居の者が少ないせいか。圧倒的多数の住民が家族持ちで、普通に家庭生活を送っているから、深夜に出歩く者もいない、ということか。200万人もの人口を抱えながら、名古屋は本質的に田舎なのか。

 ところで、島崎健人君の住まいは、というと、いささか意外な所だ。いわゆる高級住宅街として知られる街に住んでおられる。単身者が住むには不便な環境と思われるが、なにかそこに住むべき理由があるのか。まあ、いい。会えば分かろう。

 それはそうと食事をせねば。というころになると、いつも悩む。近くにラーメン屋さんがある。中華料理屋もある。しかし、スペイン・バルもある。ラーメンや中華料理で済ませば、1回の食費は1000円以内で済む。スペイン・バルに行けば、数千円、飲むワインによっては、1万円を超すこともある。実際に、そういうことがあった。カウンターに座ったら、陽気な店長に、いいワインが入ってますよ、などと唆された。それでいい気になって飲んだワインは高価だった。あの時は、こんな生活を送っていたら、じきに貯蓄が底をつくと思ったものだ。しかし、今や余命は4ヶ月だ。仮に毎晩、数千円の食費を使った場合、今の貯蓄で4ヶ月もつか、考えてみる。ぎりぎりもつんじゃないか。それなら、ひとりでつまらない思いをして、味気ない食事をするより、馴染みの店長や店の女の子らと楽しく談笑しながらワインでも飲んだ方が有効な金の使い途といえよう。しかし、そんなことをして、万一、4ヶ月で死ななかったら? もし5ヶ月も、6ヶ月も、あるいは奇跡的に1年も生存してしまったら?

 その時は、どうする? 絶対に4ヶ月後には死ぬ、という保証はない。

 さあ、どうしよう。

 まあ、いいか。もし、生き延びたら、その時はその時で考えよう。なんとかならんことも、ないだろう。という思考過程を経て、結局、私はスペイン・バルのカウンターの人となった。

 牡蠣のアヒージョと、炭火で焼いた仔羊を食す。量はそんなに食べられないから、こういう濃厚な味の料理はありがたい。仔羊には赤ワインがよく合う。以前は、食事の前に必ず冷えたビールを飲んだものだ。近ごろは、ジョッキに冷えたビールが満たされているのを見ただけで気分が悪くなる。病気は酒の好みを変える。今は常温の生温いワインを少し。劇的にアルコールに弱くなっている。医者は、酒を飲んでもいいよ、と言ってくれるが、これは余命いくばくかの身だから、せいぜい余生を楽しめ、という意味らしい。しかし、残念ながら多くは飲めない。ちょっと飲み過ぎると死にそうになる。だからワインをボトルで開けると、大半を店の人たち、店長や女の子たちに振る舞うことになる。つまり私はなかなかいい客なのだ。

 それにしても、良いワインは人を幸福にする。これは真実だ。

 しかし、その弁でいくと、毎日終日ワインを飲んでいれば、幸福な生涯を送れることになるはずだが、実際朝から飲んだくれている者が幸せな人生を送った試しがない。これは、ひとつのパラドックスだな。

 ほろ酔いになると、今日の私の活躍ぶりを吹聴する。店には真面目な若い女性店員がいて、話し相手になってくれる。私は島崎健人氏の現住所を聞き出した手際を自慢げに話す。不動産業者の困惑した顔付きとか、ちゃっかり謝礼を受け取ってトイレに立った様子など、面白おかしく語る。

 彼女は、そんな酔っぱらいの戯言を、興味を持って聞いてくれる。おざなりな態度で聞き流すようなことはしない。ただ、仕事が多忙になると、こっちも引き止めておくわけにはいかない。そんなときは、黙々と作業に従事する姿をながめるのもいい。また彼女の接客は実に要領を得ていて気持ちがいい。彼女が他の客に接しているのを傍で聞いているのも苦しくない。テーブル席での接客を終えてカウンターに戻って来た彼女をつかまえて再び会話に興じるのは、なお楽しい。

 これこそ文化的な食事というものだ。ひとりで黙々とラーメンを啜っている自分の姿など、想像したくない。


 すっかり酔って帰宅する。こういうときは、エレベーターのゆっくりした動作に苛立つ。おぼつかない足取りで通路を歩き、必要以上の音を立ててドアの鍵を外して狭い上がりがまちの手前で不器用に靴を脱ぐ。靴の紐というものは、酔っている時には必ずからまるようにできているものだ。

 服を着たままベッドの上に転がって、そのまま寝た。

 

 翌朝、全身に陽光を浴びて目を覚ます。既に日が高い。いつも遮光性のカーテンはせず、レースのカーテンだけにしているのは、朝になったことを身体で知りたいからだが、夜明けに全く気付かずに眠っていたわけだ。

 頭が重い。かなりの二日酔い。帰宅時の服装のままで目を覚ます、というのは、あまり誇るべきことではない。

 本当に酒に弱くなったな。わずか数杯のワインが朝まで残るとは。

 いきおい午前中を自堕落に過ごして、昼過ぎころに活動開始。パソコンに向かって、島崎健人氏の住所を地図で検索する。

 思ったとおり、彼が住んでいるのは「覚王山」と呼ばれている地域。この地名は行政上の住居表示ではないから郵便物の宛名には使われないが、昔からこの辺りはこう呼ばれている。もっとも、覚王山とよばれる地域の正確な範囲はよく分からない。この辺り一帯の低い山地全体がこう呼ばれているようだが、覚王山を名乗れる土地がどこまでなのか、境界は曖昧だ。

 また、この地名をどう読むかで、現地の住民かそうでないかが分かる。他所の人々はこれを「かくおうざん」と読むが、現地の人は「かこーざん」と読む。「かくおうざん」と読めば、よそ者だ。

 この地は、戦中は芋畑の広がる僻地だった。戦後、空襲で焼け出された人々が安価な土地を求めて移り住んだ。にわかに住宅街となったわけだが、それでも、昭和30年代は、どんぐり林が広がる郊外にすぎなかった。住民も全部が裕福というわけではなかった。戦後すぐに移り住んだ人々は、当時は土地が安かったから比較的広い土地を所有して、それぞれ大工に依頼して和風の家を建てた。中には高級料亭専門の大工に依頼する人もいて、そういう家は風流な造りになっている。そんな訳で、このあたりの家の屋根は重厚な入母屋造りで堂々たる鬼瓦を載せているものが多い。そんなことが、この地に高級住宅街というイメージを与えたのかもしれない。しかし、この地を高級住宅街と言い出したのは、他所の不動産業者たちであり、現地の住民らは自らの住む町を高級住宅街だとは思っていない。そういうイメージで語られるのを、むしろ迷惑だと思っている。せっかくの静かな環境なのだ。騒がれることなく、誰からも注目されることもなく、そっと暮らしていたいというのが元からの住民の本音だろう。

 さて、島崎健人氏が住むのは、覚王山のうちでもコアな部分に当たる。通称「覚王山通り」と呼ばれる東西に走る大通りで覚王山は南北に分断されている。ちなみに覚王山通りにはかつて市電が通っていたが、地下鉄が開通して暫くすると廃線になった。通りの北側に有名な日泰寺がある。この日泰寺が「覚王山日泰寺」を名乗ることから、この辺り一帯が覚王山といわれるようになったのであろう。とするなら、日泰寺周辺こそが正統な覚王山というべきかもしれないが、そこから外れた場所、通りを挟んで日泰寺の反対側、覚王山通りの南側がこの地の顔というべき地域であろう。この辺は丁度山の尾根に当たり、全体として南だれの丘陵地になっている。緩やかな起伏の中に急な坂を含む複雑な地形で、平地では得られない眺望と、そして、静寂がある。このあたりの日中の静けさは特筆ものだ。

 島崎健人氏の住居は、その中にある。彼の住所には建物の名前と部屋番号があるから賃貸マンションに住んでいることは明らかだが、世に高級住宅街として知られるこの地に、毎月20万円の仕送りを頼りにする学生が借りられるような安い物件があるのだろうか。

 とりあえず、行ってみよう。地下鉄に乗る。東山線の覚王山駅で降り、ホームでパソコンからプリントアウトした地図を取り出して、道を頭に叩き込む。

 4番出口の階段を昇って地上に出る。目の前が覚王山通りで、そこを左に行き、最初の角を左へ。少し歩いただけで、大通りの喧噪が遠のき、静けさが漂い始める。今朝は晴れていたが、いつの間にか空に厚い雲がかかっている。鉛色の曇天のもと、緩やかな下り坂を歩く。落ち着いたデザインの四角いマンションと高級指向のスーパーとの間を経て、昔の団地風のトヨタ自動車の社宅を過ぎると、左手に眺望が開ける。左手とは即ち道の東側で、そこは急な下り斜面になっていて、その先に平地が広がり、徐々に隆起して東山に連なるまでの風景が一望できる。遠方に、鉛筆のような形をした東山スカイタワーと、かつてUHFのテレビ電波を発していた電波塔が見える。住宅やらマンションやらが密集する街の姿を上から眺められるのは快感だ。

 さて、緩く右にカーブする道を進んだあたりに、島崎健人氏の住居があるはず。ここまで来ると、耳にするのは、どこからともなく聞こえる鳥の声と自らの足音、そして、遠方から空を伝わって来る子供たちの声だけだ。

 見つけた。道の右側、白い小さな賃貸マンションらしきものがある。隣家との境をなす白い塀に、マンションの名前が書いてある。ここだ。

 道の右側は急な登り斜面になっているので、踊り場のある長い階段をのぼらなければ居室へ行けないようになっている。階段には門がなく、玄関もロビーもない。小柄な建物はしっかりした堅牢な造りに見えるが、今風の雰囲気ではなく、年代物の建物のようだ。外部から自由に入れるので、とりあえず階段をのぼってみる。どこが1階なのか、よく分からない構造だが、さらに外階段を上がった階の東端の部屋が健人氏の部屋だった。ドアに小さな白い樹脂製のネームプレートが貼ってあり、「島崎健人」と、サインペンか何かで手書きされている。

 インターホンのボタンを押す。

 しんとしている。

 もう一度、押す。なんの物音もしない。

 数分間待ったが、留守という結論に達した。腕時計を見る。2時50分。

 どうしよう。少し時間をつぶして、再び訪ねようか。いつまでも留守のドアの前に佇んでいては、怪しい人になる。ひとつ溜息をついて、その場を離れた。

 階段を降りる。さて、どちらへ。もと来た道を行くのもつまらない。右へ、さらに緩やかな坂を下って行く。四つ辻に出た。直進した先は、道が右に直角に曲がっていて、その先は分からない。へたに入り込むと、ややこしいことになりそうだ。左は、坂道ではなく、途方もなく長い下り階段。もしこの階段を下から上る羽目に陥ったなら、さぞかし辛かろうという代物。ここから下る分には楽だろうが、いったん下に降りたら、戻って来れなくなりそうだ。右は、上り坂。かなり急だ。

 結局、坂を昇ることを選択する。しかし、見るからに急だが、実際に歩いてみると、身にこたえる。いかにも覚王山の邸宅でござい、という風格ある和風の屋敷の前を通り過ぎて頂上に着くころ、ほんのわずかな距離を歩いただけなのに、心臓が苦しくなり、脚の筋肉が悲鳴を上げる。厚着の下で、肌にじわっと汗がにじむのが感じられる。下り坂になり、歩度が早まる。坂の下でT字路に突き当たる。さて、どうする? 右に行けば戻れる。でも、いま戻っても、どうせまだ留守だろう。

 左へ。ゆるゆる坂を下る。住宅、マンションが密集している割には、樹木の豊かな所だ。夏には緑の豊富な街になるのだろう。しゃれたカフェみたいな店もある。しかし、あまり遠くへは行きたくない。左に脇道があるので、入る。またひどく急な上り坂だ。身体を前傾させて登ると、じきに下り坂になる。助かったと思いながら、亀の甲の模様が刻印された長い坂道を降りると、妙な所へ出た。健人氏のマンションの方へ戻ろうと思ったが、雰囲気がおかしい。さっきの道と風景が全然違う。少し歩いてみたが、道自体が坂になってなくて、道の片側は全くの平地だ。ここらあたりの道路は碁盤の目にはなっていないようで、どうも見当はずれの場所に来てしまったと思われる。たいした距離を歩いていないのに、いつの間に事態がこう複雑化したのか、と訝しく思いながら歩いて行くと、左手に、とてつもなく長い上り階段が現れた。もしやと思うが、これはさっき四つ辻で上から見下ろした、あの階段か? どうも、そうらしい。亀の甲の坂を下ったら、一挙に東側の急斜面の下の平地まで降りて、四つ辻で見た階段の下の道に出たというわけだ。なんのことはない、結局、この階段を上る羽目に陥ったわけだ。仕方がない。覚悟を決めて昇り始める。しかし、長い。途中でくじけそうになる。健康だったころなら、この程度の階段を上るのに、そう苦労はしなかったろう。死期の近付いた今日、この運動は過重労働だ。途中で死ぬかもしれない、と思いつつ昇り切ったところで、しばらくしゃがみ込んで息を整えた。

 この体験は、今後のための良い教訓になる。体力に自信のない者は、覚王山で無目的な散歩をするべからず。すれば、必ず死ぬ思いをする。どこもかしこも、坂、坂、坂、そして階段だ。病者や高齢者向きの土地ではないな。

 健人氏のマンションに戻る。ここにも階段があったな。最後の死力を振り絞って、一歩一歩上る。ドアの前に辿り着く。インターホンのボタンを押す。

 全く、なんの反応もない。静かなものだ。

 何度もボタンを押す。押す度に、部屋の中から、ピンポン、という陽気な音がかすかに聞こえる。しかし、それ以外の物音は一切しない。生き物が動く気配が全然ない。

 泣けてきた。もう、これ以上どこかで時間をつぶして、再度ここへ訪れる気力はない。上着の内ポケットをまさぐる。在職中の名刺が残っていたのを、1枚取り出し、その裏に、「お話ししたいことがあります。連絡ください。」とボールペンで書いて、さらに自分の携帯電話の番号を記入して、ドアの新聞受けの中に放り込んだ。帰宅したとき、気付いてくれるかな? 若干不安ではあったが、中途半端に新聞受けの差し口に引っ掛けておくと、新聞配達に蹴散らされる怖れがある。気付いてくれることを祈るしかない。

 階段を降りて、緩やかな坂を上り、地下鉄の駅に向かう。

 しかし、こう体力が衰えて、果たして任務を遂行できるのかな。覚王山通りに出たころには、すっかり疲労していた。このまま地下鉄に乗ったら、電車内で意識を失うかもしれない。どこか身体を休めることのできる所はないか。

 周囲を見回すが、適当な喫茶店などは見当たらない。通りの対岸にスターバックスがあるが、あそこには断じて入りたくない。何が嫌いと言っても、今どき流行りのチェーンやフランチャイズの喫茶店ほど嫌いなものはない。あの種の騒々しい画一的な安っぽい店舗が個人経営の渋い喫茶店を駆逐していくのは今世紀の悲劇というよりほかにない。しかし、ほかに座って時間を過ごせる場所がないな。この際、死にかけているんだから、ポリシーを曲げるか。いやいや、死にかけているというのは大袈裟だし、あんな騒々しい所では休憩にならない。通りを渡ろう。そういえば、日泰寺の参道を行けば、なにかいい店があるんじゃないか。

 長い信号を待つ。青になるや、横断舗道を渡り、参道へ。少し行くと、お好み焼き屋があり、店頭でみたらし団子を焼いて売っている。「昔の味です」などと掲げている。一見して古い店だ。おそらく数十年間、店舗を改装せずにいるに違いない。ただ古いだけで、全然おしゃれでもなんでもない店に、結構ひとが入っている。人気店なんだろうな。それにしても、店頭に置かれた、たれのこびり付いたみたらし団子焼き器を見た瞬間、昭和にワープした感覚に襲われた。

 お好み焼き屋に用はない。さらに行くと、コメダ珈琲店がある。だから、チェーンやフランチャイズの店は嫌いだって言ってるでしょ。絶望的な気持ちになりかけたころ、「えいこく屋」という看板を掲げた不思議な店舗が目に入った。個人経営の喫茶店のようだが、入口に、インド料理店とティーハウスと、2つの表示を出している。営業中なのを確かめて、重い扉を開けて入ってみる。

 初老の女性と、中年の女性とに迎えられた。間口の狭いわりには、店内は奥行きが深く、以外に広い。白い漆喰の壁、天井に太い角材の梁が並ぶ。各テーブルに配された古風なランプが手元を薄暗く照らす。なんか、大垣市で島崎父と会見した喫茶店と似た雰囲気だ。私はこの種の店と縁があるのかな。

 メニューを見ると、色々な紅茶があるようだが、身体が暖まって神経が休まるものをと、マサラチャイを注文する。あまり待たされずに出て来たマサラチャイに砂糖をたっぷり入れて飲みながら(チャイは、砂糖を多めに入れた方がうまい)、考える。ここで休憩して、体力を回復したら、また健人氏を訪ねてみようか。

 しかし、ずいぶんと長い時間をかけてチャイを飲み終えたのに、一向に気力が湧いて来ない。会計を済まして外に出ると、冷たい外気が鼻孔を刺激し、少し身が引き締まる。しかしそれでも再度訪問する気にはなれず、まっすぐに地下鉄の駅に向かい、とっとと帰宅した。



4.


 翌朝。

 またも二日酔いで目を覚ます。昨日は、どうしたのかな。例のスペイン・バルで、ワインを飲み始めたまでは覚えている。結果的に自室に帰ってちゃんと着替えてベッドに寝ているのだから、ま、いいか。

 最近、活動への意欲が常に乏しいが、今日はことのほかデリケイトな体調だ。寝たり、起きたり、ぐうだらして過ごす。11時ころになり、携帯電話の電源が入っていないことに気付いて、慌てて電源を入れる。それにしても、ちかごろのデジタル機器というものは、スイッチを入れてから使用可能になるまで異様に待たせる。世は再び真空管時代に逆戻りしているのか。真空管なら、徐々にヒーターが暖まって行くのが目に見えたが、デジタル機器はただ待たせるだけだ。1分1秒が貴重なこの現代に、人を待たせて平気でいるデジタル機器の設計者らは、いったい何を考えているのか?

 その貴重な時間を、くったらくったら半覚醒半睡眠の状態で過ごしていると、テーブルの上で携帯電話が不快な音をたててぶるぶる震え出した。ベッドから飛び出し、電話に出る。

 「もしもし」若い男の声が言う。

 私は咄嗟に、「島崎健人さんですよね。」少し、どもったかもしれない。

 「不動産業者の方ですよね」と、同じような口調で返される。

 「不動産業者?」

 「ご用件は、なんです?」

 「ああ、その名刺ね。それは古いものを流用しただけで、私は既に会社は辞めて今は無職です。きわめて個人的な用件でお訪ねしたのです。」

 「個人的な用件?」

 「ええ、きわめてプライベートなことです。」私は頭をフル回転させる。彼の父親から頼まれたことは、秘しておいた方がいいだろう。彼が意図的に父親と連絡を断っている可能性が大なのだから、父親の依頼だと知れば、私との会見を拒否する虞れがある。しかし、そうかといって、それを隠していては、私が彼を探した理由の説明に窮することになる。

 さて、どうしよう?

 ままよ。どうせ明かさなきゃならんことだ。「実は、あなたのお父様に頼まれまして。ご連絡を断っておられるようなので、心配したお父様に頼まれましてね。一度お会いして、お話ができればと思うのですが。」

 「私の居場所を、どうして知りましたか?」不愉快そうな声だ。

 「それについては、お会いした際にお話ししたいと思います。」これは駆け引きだ。四の五の言わずに、とにかく会ってくれよ。「どうですか。一度お訪ねしたいのですが。」

 しばしの沈黙。私も黙って返事を待つ。

 「父も一緒ですか?」

 「いや、私ひとりで参ります。」

 「私の今の住所は、父に伝わっていますか?」

 「いいえ。まだ伝えていません。あなたが知らせるなとおっしゃるなら、知らせません。秘密は守ります。とりあえず会ってお話がしたいんです。すべては、それからです。」

 再び、しばしの沈黙の後、「今日なら、何時ころに来れます?」

 「ここからそちらまで、30分ほどで行けますが。」

 すると、なぜか相手はくすっと笑い、「近いんですね。では2時ころでは、どうです。」

 「ええ、では、2時にそちらにお伺いします。」

 「では、どうぞ」と言うや、電話が切れた。

 意外にあっさりと会見の約束が取れた。腕時計を見る。正午をだいぶ過ぎている。

 さて、ぐうだらしてはいられない。

 念のため、電話の着信履歴を見る。番号が表示されている。島崎健人氏の電話番号は入手できたわけだ。いざとなれば、これでこちらから連絡ができる。それにしても、遅刻しない方がいい。

 大急ぎでシャワーを浴びて、ヒゲを剃り、歯を磨いて整髪する。現役のサラリーマン風の服装で決めて外出、近所の中華料理屋で炒飯を掻き込んで覚王山に向かった。

 2時を5分ほど過ぎたころ、件のドアの前に立つ。

 インターホンのボタンを押す。すぐに中から足音がして、解錠の音。ドアが開いて、まだチェーンがつながったままの隙間から顔が覗いた。

 当然のことだが、若い。一見して20代前半の男の顔。思った通り、知的で憂愁を帯びた顔付きだが、その表情には眉間の皺などのような不快感を示すしるしは全くなく、素直な好奇心が現れている。目付きにも敵意や嫌悪の情は少しも認められない。むしろ不安と、なにかこちらに助けを求めるかのような視線が感じられた。頬は心持ちこけていて、白いシャツに覆われた身体はいささか脂肪が乏しいように見受けられた。

 「島崎健人さんですね?」と、問うと、

 「私が、それ以外の何者かであり得るとでも?」と問い返される。言っていることに似合わず、か細く、かすれた声だ。怒っているのではなく、むしろ一生懸命ユーモアの精神を発揮したかのような感がある。

 「いえ、念のために確認したのです。」

 と言うと、直ちにドアが閉じられた。チェーンを外す音がする。再びドアが開いて、「どこか、そこらへんで、話ができる場所を探しましょう。部屋の中はとても人様に入っていただける状態ではないので」と言うや、またドアを閉じる。少しして、再度ドアが開き、島崎健人氏が靴を履いて出て来た。

 「では」と言って島崎健人氏が先に立って歩き出すので、私は素直に付いて行った。

 学生さんだから、デニムのパンツでもはいているのかと思ったが、ズボンは普通のスラックスで、上に着ている白いシャツもスーツの下に着るようなカッターシャツだ。その上に、不似合いなウールのセーターと、フェイクレザーのブルゾンを重ね着している。ちょっと目には若いサラリーマンに見える。髪型も勤め人風に地味に分けていて、ひょっとして既に就労しているのか、などと思わせる風情だ。

 無言で階段を降りて行く背中に向かって、なにか話し掛けるべきかと思ったが、適当な言葉が浮かばない。ふたり、黙って階段を下り、道に降り立ったところで健人氏は、「どこにしよう」と思案する。

 店の選定は地元の人に任せた方がいい。余計なことは言わないようにしていると、健人氏は、私が昨日、時間つぶしに歩いた方を右手の親指で指しながら「近くに、カフェがありますが、そこでいいですか?」私は、じわっと額に汗が滲んで、「できますれば、急な坂を登ったり降りたりしないで行ける所ですと、ありがたいのですが。」健人氏が、振り返って不思議そうな目で見るので、「実は、昨日、このへんを歩きまして。ここを行った右手の坂がきつくて閉口しました」と打ち明ける。

 「え、そうでしたか。それなら、表通りに出ますか。少し歩きますが、いいですか。」

 「ええ。坂を上るよりは、いいです。」

 ふたり、覚王山通りに向かって歩く。健人氏は終始無言でいる。私も、会話のきっかけになる言葉を探すが、思い当らない。男が2人、前後に並んで黙々と歩いて行く。

 通りに出ると、健人氏は対岸に渡る信号を待つ。やはり参道へ行くのか。

 思ったとおり。彼の白い背中は参道を奥へ奥へと進む。コメダ珈琲店に入るのか、と懸念しながら付いて行くと、そこは通過した。それでは、「えいこく屋」に行くのか、と期待したが、その前も通り過ぎた。脇目もふらずに、ずんずん行く。かなりの距離を歩く。やがて、正面に日泰寺の山門が見えてくる。山門の奥の本堂の姿も見えてくる。

 そろそろ疲労を感じ始めた。脚の筋肉が痛みだし、胸が苦しくなる。いったい、どこまで行くのだろう。坂を上るよりはいい、などと言わなければ良かったと後悔の念が湧いてくる。目指す店に付いたら、「これは、少しの歩きじゃないですよね。」とでも言ってやろうか。

 健人氏は山門の前を左に曲がり、白い塀に沿って角を右に曲がった。塀の脇の門の前を通りすぎる時、境内に五重の塔が見えた。

 ふと、健人氏が足を止める。「こんな所で、いいですか」と彼が指差す先は、立派な黒塀に囲まれた古い屋敷の門。その門の周辺に、明らかにそこがなんらかの店舗であることを示す看板と、営業中の札、さらに営業時間や珈琲、紅茶などの商品名と値段を書いた看板、また、「おいしいコーヒーをどうぞ」などと書かれた小さな札が塀に貼付けられていたり、木の椅子が置いてあってその背もたれに「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。」と書かれた札が下げられていたりする。看板や椅子などは、みな無垢の木だ。

 「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。」の札は、これがないと、入る勇気の無い人に向けてのものと思われる。実際、この言葉がなかったら、私は入店をためらうだろう。およそ気楽に入れる雰囲気ではない。

 健人氏は、平然と門をくぐって中に入る。続いて入ると、日本庭園の中に飛び石が並び、その先に和洋折衷の古民家がある。中が全く見えない玄関の扉には気圧されるが、その脇に大きな壷があって、そこに再び「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。」と書かれている。だめ押しのお誘いだが、これがないと、ここで引き返す気弱な人もいるだろう。

 立て付けの悪い年代物の扉を開くと、朗らかに鈴の音が鳴った。若い女性の店員が出て来る。丁寧な挨拶を受け、ふたり、靴を脱ぐ。注意書きと籠があり、各々の靴を籠の中のクリップで止めて、クリップに附属している下足札を各自所持するようにと指示してある。こまかいことに気を遣わなくてはならない店だ。

 店内に入ると、女性店員が、入ってすぐ手前の洋間がいいか、奥の和室がいいかと尋ねる。健人氏は、私の顔を見て、回答を促す。洋間は8畳ほどの広さだが、誰もいない。和室には誰かいる気配なので、私は洋間を指し、「では、こっちで。」

 そこは明治、大正時代を思わせる意匠の室であった。淡く退色したような壁。太い木の枠で区切られた腰板。細分化された窓。表面に荒い凸凹の付けられたガラス。繊細な意匠の施された小さなシャンデリアのような照明。

 私たちは四人掛けのテーブルに向かい合って座る。

 隣の和室からの話し声が微かに聞こえてくる。外からは鳥の声。背後に音楽が流れているが、耳に障らない。

 さて、メニューを見せられたが、いろいろあって困る。抹茶とか、柚子茶とか、和紅茶などというものもある。普通にコーヒーを飲もうと思っていたが、せっかく珍しいものがある店で、コーヒーなんぞ飲むのは惜しい気がする。迷っていると、健人氏が、「ここの草餅は絶品ですよ。おそらく、この店の一番人気でしょう。草餅と深蒸しの緑茶というのは、いかがです」と言う。その店の一番人気のものは敢えて避ける、というのが私のポリシーだが、迷ったときは人の勧めに素直に従っておこう。「では、それで」と応える。

 こんなしゃれたカフェに連れて来られるとは意外だった。案外、この地での生活をエンジョイしているのだろうか。さて、どうして話を切り出そう、と考えていると、健人氏の方から、「父の依頼だそうで」と、話し掛けてくれた。「ええ。ご連絡を絶っておられるようですが。訳を知りたくて。卒業も近いでしょうが、就職なども、どうしておられるのかと。とにかくお父様が心配しておられるので、会ってお話をお伺いしたかったのです。」

 「そうですか」と、健人氏は、特段の感情も表さず、さらりと受け流しながら、「父は心配しているんですか。」

 「そりゃ、もう。」

 「重いですね。親の関心というのは。親というものは、子供に対してもっと無関心になれないもんでしょうかね。」

 「いや、そりゃ、無理でしょう。人の親として、子に無関心になれというのは。」

 「無関心な人もいますよ。」

 「あなたの御両親は、そういう人ではないでしょう。」

 「そんなもんですかね。いずれにせよ、鬱陶しいですね。」健人氏は、心持ち視線を落としながら話す。「私が連絡を絶ったのは、単に鬱陶しいからです。他に理由はありません。」

 「なにが、そんなに鬱陶しいんですか。」

 「血の繋がりほど、いやなものはない。無条件で無遠慮な関心を押し付けてくる。町の人々は、快い無関心で受け容れてくれますよ。」

 「それは、そうとして、今、どうしていらっしゃるんです。こちらに住んでいらっしゃるということは、大学には行っておられないわけですね。こちらで、何をしておられるんです。」

 「私ですか。」

 「ええ。」

 「私が、今、何をしているかと?」

 「ええ。」

 「特に、何も。何もしていません。」

 「何もしていない、と言うと?」

 「何もしていない、ということです。」

 しばしの沈黙。私はおずおずと、「そうしますと、例えば、朝起きて、それから、何をします?」

 「そもそも朝起きるとは限りませんね。私にとって、起きるのが朝でなければならない理由はないので。睡眠を取る時間帯は、日によってまちまちですね。朝起きたり、昼に起きたり、夕方起きたり、深夜に起きたりするわけです。」

 「そして、起きて、何をします?」

 「なすべき何ごとかがある日は少ないですね。映画を見に行くことはあります。ミニシアターに行ったりしますね。そういう場合は、上映時間というものがありますから、私も人並みに時間に縛られて行動します。それ以外では、特に時間に縛られる要素はないですね。もっとも、名古屋は深夜営業の飲食店は少ないし、あっても飲み屋なので、食事を深夜に、というわけにはいきませんね。でも、半日食べなくても私は平気なので。」

 「あの、毎日、何もせずに生きておられるのです?」

 「いや、厳密に言えば、なんかやってますよ。本を読んだり、インターネットを見たり。というところですかね。」

 「なるほど」と言って、健人氏の生活を想像してみる。生活費は、仕送りがあるわけだ。働く必要はない。大学から遠く離れて、やることもなく、毎日時間を空費して過ごしているのか。念のため、「あの、何か、目指しているものがある、とかは、ないんですか?」

 「それは、何ですか。たとえば、芸術家とか、芸能人とか。何かになろうとしているのか、という意味ですか?」

 「ええ、まあ。」

 「ありません。私は、むしろ、平和で静かな閑職に就きたいと思っているんです。」

 「閑職?」

 「ええ。いわゆる閑職です。無害な仕事です。誰も傷付けることのない、無害で平和な仕事に就けたら、と思ってます。」

 「大学は、どうするんです。卒業は?」

 「卒業は、できないでしょう。する気もないし。」

 「その、閑職とやらは、何かあてはあるんでしょうか。」

 「ありません。」

 「就職は、どうするんです。」

 「普通に就職する気はないんです。」

 

 お待たせしました、と言いつつ女性店員が部屋に入って来た。私たちの目の前に、よもぎ色の草餅と漬け物の盛られた小皿、濃い緑茶をたたえた湯のみと小さな急須を並べた四角のお盆が置かれる。

 「それでは」と、私は声を低めて訊く「これから、どうするんです。どうやって生きていくんです。」

 「どうするも、こうするも、ないです。この地球上に、私のやるべきことがあるなら、それをやります。なければ、死にます。」

 「やるべきことを、探しているんですか?」

 「いや、特に探す努力はしていません。偶然見つけられたら、と思いながら、さまよっているだけです。探しようもありませんしね。」

 「さっき、閑職に就きたいとおっしゃったが、何か仕事に就ければ、いいわけですか。」

 「そりゃ、なんか仕事に就ければ、とりあえず生き伸びることはできるんでしょうね。でも、無理です。閑職に就くというのは夢みたいなもので、実際には無理です。私がここで、閑職に就かせてくれ、と叫んだら、誰かがやって来て、では、どうぞこちらへ、とオフィスに連れて行って仕事をさせてくれますか。そんなことは起こり得ませんよね。この世には、だれにも害を与えない、平和で静かな仕事というものがあるはずです。だれとも争わず、だれをも苦しめず、問題や闘争とは無縁で、世の中の役に少し立つが、注目もされず、話題にもならない。静かに苦痛のない生活を送れる、そんな仕事もあるはずです。でも、実際、誰がそんな仕事に就けるでしょう。よほど幸運でなければ、そのような身分にはなれないでしょうね。今の私には考えられません。とても簡単なことのようで、実は非常に難しいのです。世間でいわゆる出世することよりも、実は困難ではないでしょうか。静かで平和な閑職に就く。本当は、それこそ全世界の憧れではないでしょうか。」

 「あの、それは、いいんですが。」健人氏の話は、私が聞きたいと思っていることから徐々に離れて行くように思われる。こまめな軌道修正が必要かもしれない。「大学にも行かずに、就職もせずに、読書、映画鑑賞、インターネットの日々を送り、特に何か目指すものがあるわけでもない、ということは、つまり」と、私は言葉を選ぶ。「あなたは、ドロップアウトなさった、ということですね。」

 「と、おっしゃいますがね」と、健人氏は少しばかり不貞腐れた風情を表しつつ「私は、アウトサイダーというほどの者ですらない。ドロップアウトした人物として華々しく紹介されるほどの者でもない。私は何者でもないのです。つまり、私はなにか中間的存在、半端な存在です。私は、どちらかというと生きている人間よりも死者に近いと思います。」

 そう言いながら、健人氏は、草餅を持って噛み付いた。手をおしぼりで拭いてお茶を飲む。

 私は健人氏の話の文脈は無視することにした。「あの、すみません。もし、差し支えなければ、理由を聞かしていただけませんか。」

 「は? 何の理由ですか。」

 「このようになさった理由です。」

 「お茶が冷めますよ。」

 健人氏の唐突な指摘に、テーブルの上を見る。綺麗なお箸が出ているので、それを使って草餅を切ろうと試みた。しかし、どれほど頑張っても、草餅は変形するばかりで箸では切れないと悟って、がぶりと噛み付く。うまい。お茶もうまい。こんな良い日本茶を飲ませてくれるカフェは貴重だ。いや、感心している場合ではない。

 「あの、理由を聞かせていただけませんか。なぜ、すべてを抛擲して、このような生活に入ったのです。」

 「さしたる理由はないのですがね。むしろ、普通に生きるべき理由が見出せなくなった、というべきでしょうかね。学業を続けて、普通に就職して、という行動を取るからには、そうすべき理由があるはずですが、その理由が見出せなくなったのです。」

 「あなたは、もしかして、精神的にお疲れではありませんか」などと言いながら、草餅の続きを食べて、お茶を飲む。この草餅とお茶だけにでも生きる理由は見出せそうだが。

 「疲れた、というか。絶望した、というべきでしょう」と健人氏。

 「絶望。何に?」

 「総てに。この世の総てに。」

 「この草餅にも、ですか?」

 「いや、これは、良い。」

 私は、お盆の上の漬け物に箸をつけて、「この漬け物は?」

 「ここは漬け物も、うまいですよ。」

 「うまいものを食うだけでも、この世に生きる価値はありませんか。」

 「そう言う人、いますね。」健人氏の顔に微かな笑みが浮かんだ。「でも、食べ物だけが希望になったら、終わってますよね。」

 「ぜんたい、どうして絶望したんです。」

 「あなたは、私に絶望の理由を問われるが、私はむしろ、絶望せずにいる人々に、なぜ絶望せずにいられるのかを問いたいです。あなたは、隠遁生活を送っておられますか。」

 「え、いいえ。今、無職ですが、隠遁生活とはいえませんね。」

 「新聞を読んだりとか、テレビを見たりとか、インターネットを見たりとか、しませんか。」

 「ええ、新聞は読んでます。」

 「それで、絶望せずにいられますか。この地上で起こっているできごとを見ながら、絶望せずにいられますか。」

 私は急須からお茶を注ぎながら、「例えば、どのようなことが、あなたを絶望させるのです?」

 「いちいち具体的な例は挙げたくありません。今日私が言及する事象が明日も重要なことであるとは限りません。明日にはまた新たな問題が起こっているでしょう。そして、それも絶望的なできごとであることは容易に想像できます。そのようにして延々と続いていくのです。状況は、いつまでも全く改善されません。少なくとも、状況が少しでも改善されたと思わせる痕跡を地球上に見出すことは困難です。この地上では、常に悪が勝利するのです。重要なのは、この常に、という点です。善が勝利を収めた試しがありません。勝つのは常に悪です。悪の力は強大で揺るぎないものです。この地上を支配する原理は悪でしかないのです。国家権力、巨大企業は言うに及ばず、小さな私的権力に至るまで、あらゆる力が悪に迎合します。もとより人は誰でも苦しみたくはない、という欲望を持っています。苦しみたくはない、というのは人類の普遍的な願望です。この願望は満たされるのでしょうか。不可能です。常に勝利を収める強大な悪の力によって、この地上に苦しみが絶えることはありません。いつも誰かが苦しみます。どの時点を取り上げても、必ず誰かが苦しんでいます。しかも悪は巧妙です。全世界が崩壊したり、地上の大多数の人々が耐え難い苦痛に苛まれるような状況は作りません。そんなことをしたら、皆が目覚めてしまうからです。巧妙に、常に少数者に苦しみを押し付けて、多数の者がその苦しみに無関心でいられるように仕向けるのです。ですから、悪が支配するこの世界は崩壊せずに永続するのです。そして、誰かが苦しまなければならないという状況が永遠に続くのです。権力によって飼い馴らされた人々に共通の性質があります。それは、他者の苦しみに対する神秘的なまでの無関心です。彼らは自分が愛する人が殺されると半狂乱になって嘆き悲しみ、犯人を憎むのに、他国で誰かの子供が殺されても全く痛みを感じません。仕方がないじゃないか、などと平然と言ってのけます。殺した方の行動を支持したりもします。そうして自分を善良な市民だと思っています。だからこの地上から人の苦しみが無くなる日は来ません。憎む、怨む、殺し合う。人類の愚劣な営みは延々と続きます。こうしてこの地球では、誰かが苦しまなければならないという状況が永遠に続くのです。これで、どうして絶望せずにいられるのです。私は、絶望せずにいられるという人々に、その理由を説明してもらいたいと思っています。」

 健人氏の話は傾聴に値する。しかし、健人氏の行動の説明としては不十分という気がする。

 「絶望した、というのは分かりましたが、それゆえに学業を抛擲し、就職活動もせずに、この名古屋に来た、というわけですか。」

 「ええ、まあ、そういうことになりますね。なにごとかをなすには希望がないと。絶望した状況では、あらゆることに気力が湧きません。なにもする気にならないのです。」

 「ところで、なぜ、名古屋なんです?」

 「私は子供時代を名古屋で過ごしたんですよ。」

 「知ってます。確か、あなたが7歳のころ、名古屋から大垣に転居されましたね。」

 「ええ。ご存知でしたか。」

 「それで名古屋に? ノスタルジアですか?」

 「ノスタルジアというべきでしょうか。いや違いますね。知らない町へ転居する勇気に欠けていた、というだけです。」

 「大垣に帰ろうとは、考えなかったんですか?」

 「親の前から、消えたかったんです。」

 「そういうことですか。」私はここで、ひとつ深い溜め息をついた。

 あらためて室内を見回す。側面の壁に、和室の欄間から取り外したと思われる透かし彫りの木の板が、額縁入りの絵のように飾ってある。

 沈黙を破り、「それで、これから、どうなさるんです?」と、逆に私が健人氏から訊かれた。

 「は? どうすると、おっしゃると?」

 「私を説得して、連れ帰るように父に頼まれたんじゃないんですか?」

 言われて、しばし考える。私が受けた依頼の趣旨は、息子を探し出して欲しい、ということに尽きる。それからどうするかは指示されていない。いうならば私の任務は完了したといってもいい。後は、島崎氏に報告すれば済むことだ。

 「いや、私は、あなたに意見をしに参ったんじゃないんです。単にあなたの居場所を調査するように依頼されただけです。」

 「父とは、どういうご関係で?」

 「友人ですよ。中学、高校と一緒でした。この度、私が会社を辞めて暇になったので、ご依頼があったというわけです。」

 「会社を辞めて、なにをしておられるのです?」

 「なにもしてません。無職です。」

 「独立して開業するとか、なにかお考えがあったのでしょう?」

 「いえ、ありません。全く暇な身です。」

 「なにもしていないんですか?」

 「ええ、そうです。」

 「んじゃ、私と一緒だ。」

 言われてみれば、そうだが。しかし、素直に「そうだね」とは、言えない。

 「実は、私、もうじき死ぬんです。」私が言うと、健人氏、目を見開いて、

 「自殺でも、なさる予定があるのですか?」

 「いや、病死です。膵臓癌で、余命4ヶ月程度と言われています。」

 「今どき、膵臓癌で死ぬんですか。」

 「再発なんです。治療できません。」

 「御家族は?」

 「独り身です。妻は結婚して半年後に交通事故で死にました。それ以来、ずっと独身です。子供はいません。」

 「そうですか。そりゃ、どうも」と言うや、健人氏は、なにやら考え込む風にしていたが、「それで、どうなさるんです。私の居場所を父に知らせますか?」

 「知らせて、いいですか?」

 「知らせると、どうなるでしょう。」

 「おそらく、お父様はこちらへ会いにいらっしゃるでしょう。」

 「それは、いやだな。」健人氏は、言い放つ。

 「では、知らせるな、と。」

 「できれば、伏せておいてほしいですね。私に会ったことも。」

 私は、ううんと唸ってしまった。私の立場はあくまでも健人氏の父親から息子を探すように依頼された身であるから、見つけて会った以上、受任者として報告の義務がある。しかし、健人氏の居場所を父親に知らせたなら、秘密は守ると言って会見を実現させながら、その約束を破って健人氏を裏切ることになる。それもまた信義に反する。

 さて、困った。私は、40秒間、健人氏の不安そうな顔を見つめてから、

 「分かりました。あなたから許可をいただくまでは、親御さんには知らせません。」


 ふたり、店の外に出て、黒塀の前に向かい合って立つ。

 「会えて良かったです。」私が言うと、

 「失礼」と素っ気なく言って、健人氏は、もと来た方へ歩き出す。私はその後ろ姿を見送りながら、暫く所在なく立ち尽くす。私が帰る方向も同じだから、すぐに歩き出したら、気まずい。あっち向いたり、こっち向いたり、時々腕時計を見たりしながら、路上で無為に過ごす。幸い、健人氏の歩く速度は速いので、角を曲がって見えなくなったころ、ゆるりと歩き出す。参道に出ると、健人氏の姿はかなり小さくなっていた。それでも両者の間隔を縮めないように、わざとゆっくり歩く。

 しかし、妙な約束をしてしまったな。島崎父になんと報告しよう。報告のしようがない。数日間引っ張って、その間に健人氏の考えが変わらなかったら、見つけられませんでした、と言って済ますかな。しかし、それでは、いかにも虚しいな。島崎父に頼まれた甲斐がない。

 

 夜。

 例のスペイン・バルのカウンターに座っている。今夜の話題は、ちょっと重い。話し相手としては、いつもの女の子よりも店長がふさわしい。

 「それでね、会えるには、会えたんだがね」と、店長にいきさつを説明してから、「その息子さん、妙なことを言うんだ。閑職に就きたいとか、世の中に絶望した、とか。」

 「んで、その人は、大学とか専門学校とか行きもせず、働きもせず、自ら起業するとかもせず、なんもせずにいるんですか。」まだ早い時間帯で、他の客がいない。店長は余裕で話し相手をしてくれる。この店長、店のオーナーで、40歳そこそこの若さだが、アイデアと腕ひとつでこの店を成功させている、それなりに人生経験豊富な人物だ。

 「うん。」

 「不思議な人ですね。で、どうするんです。」

 「どうする気もないみたい。」

 「親からの仕送りが途絶えたら、直ちに食うに困りますよね。そうなったら、どうするのか、考えてないんですか。」

 「なにも考えてないみたい」と答えつつ、確かに、そりゃおかしい、と思い始めた。「とにかく、絶望して、なにもやる気がないというんだね。」

 「そうは言っても、一応、マンションは借りて、普通の生活をしてるんだし、路上で野たれ死にしてもいい、とは思ってないんでしょう。」店長が指摘する。

 「そうなんだろうが、そうだとしたら?」

 「だとしたら、おかしくないですか。話の辻褄が合わないというか、どうするつもりでいるのか、全く分からないですよね。」

 「ふん」と、私は曖昧に返事する。

 「それに、世の中に絶望したとか言いながら、閑職に就きたいとか。そもそもそこいらへんから話が矛盾してません? それと、そもそも絶望の原因が、世界がどうとか世の中がどうとかいうのでなくて、もっと具体的な何かがあるんじゃないですか。」

 もっともな指摘に思える。数分の会話を交わしただけで、なんとなく分かったような気がして別れて来た私は、あまりに甘かったんじゃないかと思えて来た。もっと突っ込んで追及しても良かった訳だ。などと考えていると、さらに店長が、「実にありきたりの話ですが、例えば失恋とか、そういう平々凡々な事情があって、それを美化するために話を作っている可能性もありますよね」などと言う。

 「まあ、ないとは、いえんな。」私の話し声は次第にか弱くなる。その通りだな。もう一度会って、良く話し込んだ方がよさそうだ。

 「ところで、君」と、私は例の女の子に声を掛ける。営業笑いなんだろうが、話し掛けると、にこっと微笑を返してくれるのが嬉しい。「君は、どう思う?」

 「え、何がです?」

 「さっきから話してる男の話さ。失恋でもしたんだろうか。」

 「さあ、でも、親御さんへの報告は、どうするんです?」

 実に適確な質問だな。「それが、困ってるんだ。会ったことも知らせないでくれ、なんて頼まれていてね。どう報告しようものかな。」

 「でも、だからって黙ってるわけにもいかないでしょう。お父さん、心配してるんでしょうし。せめて生きてるぐらいのことは、教えてあげないと。」

 彼女の見解はもっともだ。今どきの若い人は案外常識が発達していて、至極まっとうな意見を言う。

 「んん。どうしたもんかな」と唸っていると、私のシャツのポケットの中で、携帯電話がぶるぶる震えた。「おっと」と見てみると、まさに話題になっている島崎父からの電話だ。一瞬、無視しようかと思う。しかし、それはあまりに卑怯だ。狼狽しつつ、電話を取り出す。「もしもし。」

 「うん。島崎です。」

 「あ、もしもし。」

 「もしもし、聞こえます?」

 「え、ええ。聞こえてます。」

 「どんな状況です。」

 「は、あの。状況、というと。」

 「息子の捜索の進捗状況だよ。ほかに聞くことなんか、ない。」

 「ああ、うん、すまない。まだね、まだ見つかってない。」

 「そうか。見つかりそうか。それとも無理か。」

 「いや、無理だなんて。そうは断言できないよ。鋭意努力してるんだから。近いうちに見つけられると思うよ。」

 「なんか手掛かりは、あるのか。」

 「うん、ないことはない。なんとかなるさ。まだ具体的なことは、なんとも言えんが。しかし、なんとかなる。近日中に、こっちから連絡するから、いましばらく待ってくれ。」

 「そうか。なんとかしてくれ。こっちは、夜も眠れなくって。」

 「あ、ああ。そうだろうね。気持ちは分かる。でも、あせらずに待ってくれ。なんとかするから。」

 「そうか。じゃ、なんか分かったら連絡してくれ。」

 「そうする」と言って電話を切る。

 「お父さんから?」と、彼女に訊かれる。

 店長も、興味津々の風で私を見ながら、「絶妙なタイミングですね。」

 私は、思わず「んっふふふふふ」と笑って誤摩化す。

 「逃げましたね」と、店長。

 「だって、ほかに言い様がない。」

 「でも、タイムリミットは近付いてますよ。電話を掛けてくるってのは、相当イライラしてますね。結果報告が遅いと思われてますよ。どうします。」

 「どうしますって。どうしよう。」

 「近いうちに、また息子さんに会った方がいいんじゃないですか」と、女の子。

 「そうだね。明日にでも、もう一度会おう。」



5.


 翌日。午後

 別段、午前中に活動を開始してはいけない理由もないのだが、相変わらず午前の時間を自堕落に過ごして、午後からの活動となる。外出しても、いいかな、と思える体調になるまでに時間がかかるから仕方がない。

 昨日ゲットした健人氏の電話番号に掛けてみる。出ない。何回か試してみるが、ことごとく無視された。

 近所の喫茶店のランチを食べて、腐った気分で部屋でごろごろしていると、携帯がテーブルの上で振動した。健人氏から。あせって出る。「あ、もしもし、すみません。昨日お会いしたばかりで恐縮なんですが、できれば今日にでも、もう一度お会いできないかなと思いまして。」

「いいんですが」と、健人氏の声はあまり愉快そうではない。「今、天気の状態はどんなです?」

 「は、天気ですか。」

 「曇ってますか。晴れてますか。」

 「えと、それは。」窓から外を見るまでもない。明らかに外界には午後の陽光が満ちている。「晴れておりますが」と言うと、健人氏は無言でいる。しばらく無言のままなので、「晴れておりますが、それが、なにか」と問う。

 すると、健人氏、「私は、晴れている日の日中は外出しないことにしてるんです」と言う。

 「あ、そうなんですか。」

 「ええ。日中は、曇りの日か雨の日でないと外出しません。晴れの日は、日没後しか外に出ないことにしてるんです。」

 「はあ、それはまた、どうして。」

 「陽の光に晒されるのが嫌いでして。」

 ドラキュラみたいな人だな。でも、それが方針なら、仕方がない。

 「では、日没後に会っていただけますか。」

 「いいですが。何時に、どこへ。」

 夜間の会見は想定していなかったから、会見場所がすぐには思い浮かばない。「えーっと、どうしましょう」と言いながら、考える。ひとつ、健人氏を閑静な住宅街から繁華な街へ引っ張り出そうか。「国際ホテルをご存知ですか」と問うと、知っていると答える。「では、6時に国際ホテルのロビーでいいですか。」

 健人氏は了承した。

 国際ホテルのロビーで6時に会う約束をする。なんか、まだ健啖だったころ、よくホステスさんと同伴の待ち合わせをしたのを思い出す。とっさの時に、つい、こういう場所が思い浮かんでしまう。

 会見の時間まで、まだかなりある。寝よう。大切な会見だから、疲労は禁物だ。


 時間はたっぷりあったはずなのに、どうして、こうなるんだろう、と思いつつ、あせってシャワーを浴びて着替える。つい寝過ごしたわけだ。ひととおり出掛ける準備が整って時計を見る。5時52分。やばい。

 私のマンションから国際ホテルへは、徒歩でおよそ15分、タクシーに乗れば約5分か。ところで、健人氏は、時間を守る人だろうか。仮にそうでないとしたら、急ぐだけ馬鹿を見る。しかし、こっちが遅刻するわけにもいかない。メンツが立たない。

 大通りに出て、タクシーを拾おうと試みる。こういう時に限って空車がなかなかやって来ない。錦通りまで出て、ようやく空車が拾えた。

 5時57分。道は混んでいる。目と鼻の先なのに、やたら時間がかかる。

 国際ホテルに着いた時、6時を3分過ぎていた。

 さて、ロビーに入って見回す。いるかな?

 いなさそうだ。

 ロビーの真ん中あたりの柱に寄り添って待つ。思えば、かつてはよく、こうして目当てのホステスの現れるのを待ったものだ。周囲には、おそらく女待ちと思われる男どもが数人、立っている。入口のドアが開くと、「お待たせ」などと黄色い声がして、ふたり連れ立って去って行く。今夜もそんな待ち合わせならいいのに、とつい思う。しかし、既にホステスと同伴する元気を失って久しい。

 数人のグループが、どやどやと入ってくることもある。文字通り老若男女、色々な人々が行き交う。そんな様子を、ぼうっと見て過ごす。時計を見る。6時10分。健人氏は、時間を守る人ではないのかな。

 「遅れるなら、電話を入れればいいものを」とつぶやくと、耳元で

 「すみません。」

 わっと驚いて振り向くと、健人氏がすぐ背後に立っている。私は思わず後ずさりながら、「あ、あなた、そんな、気配を消して近付かないでください。」

 「それは、重ねてすみません。」健人氏は、さして悪びれた様子はない。以前会った時と同様、妙に不似合いな年寄り臭い服装をしている。

 私は気を取り直し、「あの、あなた、アルコールはいけますか?」

 「アルコール消毒で、かぶれたことはありません。」

 「いや、お酒は飲めますか、と訊いているんです。」

 「飲んで、死にはしません。」

 「ワインはお好きですか。」

 「ワインによりけりですが。」

 「私の行きつけの店でよろしければ、行きませんか。」

 「ええ、かまいませんが。」

 早速、例のスペイン・バルに電話を掛けて、2人の席を予約する。

 「おふたり?」店長が意味ありげに問い返す。

 「そう、ふたりだよ」と、念を押す。

 国際ホテルから件の店まで徒歩で15分。歩けない距離ではない。しかし、昨日、覚王山で日泰寺の参道を歩きながら苦しくなったことを思い出す。近ごろの体力の低下ぶりに鑑みて、タクシーを拾う。

 5分後、重厚な木の扉を開くと、「いらっしゃいませ」と店長の陽気な声が迎える。女のコが、すぐに健人氏に近付き、「お上着、預かります。」健人氏がもたもたした動作でブルゾンを脱ぐのを待って、私は彼をカウンターに座らせ、隣に座る。すぐに女の子がおしぼりを手渡してくれる。ちゃんと健人氏に先に渡した。そういうところが気が利いている。カウンターには、他の客がいない。背後のテーブル席に一組、3人連れの客がワインを飲みながらしきりに会話をしている。

 「お飲物は、なんにしましょう」と、女の子。

 「なにがいいです?」私が聞くと

 「なんでも、いいです」と健人氏。

 「最初はビールでいいですか?」

 「最初は、ということは、次から変えなきゃならんのですか。」

 「いえ、変えなきゃならんわけではありませんが、とりあえず、ビールで始めましょうか、というわけですが。」

 「ええ、それで問題ありませんが。」

 「では、生を」と、女の子に言う。

 早速、生ビールが満たされたジョッキがふたつ、運ばれる。

 「今日は時間を割いていただいて、ありがとう。」言いながら、私は健人氏のジョッキに私のジョッキを軽く当てる。

 健人氏は、意外にぐいっと飲んだ。私はといえば、あまりに冷えたビールは苦手だ。ちょこっと唇を付けるだけにした。

 「食事は、済まれましたか」と、訊いてみる。

 「と、言われましても。」健人氏は困惑する。こんな簡単な質問にいちいち困惑することに、こちらが困惑させられる。

 「夕食は、まだですか」と、質問を変えてみる。

 「ごめんなさい。いつも、きちんと夕方に食事をするわけでもないので。そもそも朝食とか昼食とか夕食とかいう概念がないので。」

 「あ、なるほど。規則的な生活ではないですものね。ここは食事がうまいので、おなかが減っているなら、ぜひ食事をと思いまして。」

 「そうですか。」

 私は、頭上の壁に掛けられた黒板を指差し、「メニューはあそこに。好きなものを頼んでくださって結構です。遠慮なく。」

 健人氏は、黒板を見上げる。じっと見つめているが、いつまで待っても決断がつかない。適当な料理を勧めてみようかとも思ったが、押し付けがましくなってもいけない。そう思って待つが、一向に決まりそうもない。

 そこで、「あの、面倒なら、店長にお任せで、適当に作ってもらうこともできますよ。」

 すると、健人氏、さらに数秒間熟考した挙げ句、「では、お任せでお願いします。」

 ほっとして、私はビールに口を付ける。

 店長が、「なにか苦手なもの、食べられないものは、ありますか」と、質問。

 すると健人氏、「食べられないものですか」と言って、考え込む。十数秒間、真剣に考えた後、「昆虫や、爬虫類は無理です。」

 私は、ぶふっと泡を吹いた。

 店長が笑顔で、「昆虫はないですよ。爬虫類も今のところ、やる予定はないんで。アレルギーは大丈夫ですか?」

 「アレルギーですか」と、再び考える。そして、「アレルギーといえば、スギ花粉ですね。」

 女の子の目が点になった。

 「いや、あの」と、私が横から口を出す「食べ物のアレルギーですよ。」

 「ああ、それなら、別にないです。」

 「分かりました」と、店長。

 いろいろと、めんどくさい人だ。

 さて、どうやって話を切り出そうかと思っていると、健人氏の方から

 「昨日、余命4ヶ月とおっしゃってませんでした?」と、訊かれた。

 「ええ、そうですが。それが、なにか。」

 「本当ですか。」

 「ええ。」

 「うらやましい。本当にうらやましい。」

 「そんな、うらやましがられるようなことではないと思いますが。」

 「いえ、とんでもない。嬉しい、という気持ちはないのですか?」

 「嬉しくとも、なんともありませんが。」

 「そうですか。私なら、余命4ヶ月と宣告された瞬間、バンザイ、と叫びます。」

 「どうして?」

 「だって、素晴らしいじゃないですか。あとわずか4ヶ月しかこの世にいないのなら、もう、何事に対しても責任を取る必要がない。いうならば特権的傍観者とでもいいましょうか。もう既に、この世の何ごとに対しても責任を負っていないわけだ。」

 「そうでしょうかね。今からだって、犯罪を犯せば有罪ですよ。」

 「仮に有罪になっても、服役はせんでしょう。いや、私が言いたいのは、そういうことではなく、なんと言ったらいいんでしょうかね」と、健人氏は言葉を切る。少し考えてから、「許された人」と言う。

 「許された人?」

 「ええ、許された人です。あなたこそ、許された人です。」

 「何を許されているんです?」

 「何ごとからも。」

 ほとんど禅問答だ。この話題から離れたい。私について何か語られても意味がない。

 「ところで」と、私はジョッキを置いて、「昨日の話の続きですが、いいですか。もう一度、あなたが、あらゆることを放棄して、何もしない生活に入った理由についてお訊きしたいのですがね。昨日のお話では、単に世の中に絶望した、ということのようですが」と言いながら、カウンターの奥で調理に勤しむ店長の様子を窺う。聞き耳を立てているかな。女の子も本当は興味津々なんだろうが、素知らぬ顔をしている。演技派だ。

 私は続ける。「それだけですか。ほかに、なにかもっと具体的な理由はありませんか。例えば、失恋とか。」

 すると、健人氏、驚きと、うんざりを足して二で割った顔をして、「いえ、違いますよ。具体的な理由なんか、ありません。失恋だなんて。ばかばかしい。」苦笑する。

 「恥ずべきことではないと思います。仮に失恋ではないとしても、誰かとの別離とか、あったんじゃないですか。仮に失恋だとしても、決してばかばかしいことじゃない。愛する者と別れたときの苦しみは耐えられるものじゃない。その苦しみは普通に生きることを困難にさせるほどのものです。文字通り地獄を見ますよ。身を割かれる思いというのは、こういうことかと、痛切に実感をもって感じられます。そんなことでもあれば、普通に生きていけなくなっても不思議はないんで。」

 「いえ、残念ながら、あなたの推測は間違ってます。まるで間違ってます。愛する人との別れなんて、経験してません。そもそも失恋するためには、その前に彼女がいないといけない。彼女なんて、いないんですから。恋人がいないのに、失恋しようがないじゃないですか。」

 「では、ほかの具体的な理由はないのですか。人との別離ではないとしても、なにか、あなたを絶望させた具体的な事件とかがあったんじゃないんですか。」

 「いえ、ありません。もっとも、あるといえば、あると言えるかもしれないです。」

 「なんです?」

 「いろいろあるでしょう。この地球上で起こっていること。新聞を広げてごらんなさい。テレビを見てごらんなさい。銃弾が飛ばない日はない。人の血が流されない日はない。しかし、日本は平和だ、という人がいるが、とんでもない。どこにも憎しみが渦を巻いています。お互いに嫌い合い、憎み合い、罵倒し合っている。どこに平和がありますか。人間として尊厳をもって扱われている人なんて、いませんよ。地上のどこに行っても同じです。強大な力が、お互いに憎み合うように仕向けるのです。その力に誰も勝てない。永遠に憎み合いが続くのです。どうしようもありません。例えば、あなたがある会社に就職したとしましょう。ところがその会社内の雰囲気が最悪で、従業員どうしが毎日、罵倒し合い、お互いの人格を否定するような態度を取り続けているとします。あなたは当然、イヤになって辞めようと思う。ところが、他の会社について調べてみたら、この世の全部の会社が全く同じ雰囲気だということが分かったとします。どうします? それでも働き続けますか。生きるために? そんな世の中なら、なにもせずに餓死した方が、ましじゃないでしょうか。」

 「そこまで世界は否定的でしょうかね。」

 「少なくとも、私の目にはそう見えます。」

 「そこが問題ですよ。まさに、あなたの目なんです。あなたの目で見るから、世界は否定性に満ちているように見える。その目を変える気はありませんか。」

 「変えようがありません。変われるものなら、変わりたいです。でも、無理ですから。できることなら、もうとっくの昔にやってます。おそらく、あなたの目には、世界はそれほど否定性に満ちているようには見えないのでしょう。だけど、それは、あなたが『許された人』だからです。あなたは、この世で起こるあらゆる否定的なことに対して責任を負っていない。特権的な傍観者です。そんな爽やかな立場ですから、あるいは世界が美しく見えるのかもしれない。だから、うらやましいんです。」

 カウンターの向こう側で、女の子がナイフを持って、大きな豚の腿の薫製から薄い切れ端を削り取っている。私は、健人氏のジョッキが空になっているのに気付いて、「飲物は、どうします?」

 「飲んでいいですか?」

 「ええ。同じものにしますか。それとも、ワインにしますか。」

 健人氏は考え込む。いちいち考える人だ。答えを待っているうち、女の子が「生ハムです」と、豚の腿から削り取ったハムを乗せた皿を持って来た。

 私は、「ワインにしましょう」と言って、女の子に白ワインを頼む。

 「グラスにしますか、ボトルで?」と訊かれたので、ひとつ健人氏を酔わせてやろう、という魂胆で「ボトルで。」そして、健人氏に「これ、どうぞ」と、生ハムを勧める。

 ふたり、しばらく生ハムを食しながら、無言。このままでは、今日の会見が無意味となりそうな。そこで、「さっき、彼女いないと言いましたね。」

 「ええ。いませんから。」

 「好きな人は、いないんですか。」

 「いません。」

 女の子が、白ワインのボトルを2本持ってきて、目の前に並べる。なで肩のボトルと、ボルドー風の真っ直ぐなボトル。真っ直ぐの方を指して、「これは、すっきりした比較的軽いタイプで、スペインのです。」なで肩を指して、「これは、しっかり目のブルゴーニュ。」

 「ブルゴーニュにして」と、私は健人氏の意見を訊かずに自分の好みで勝手に決めた。そして、「いませんって、誰かを好きになったことは、あるでしょ。」さらに健人氏を追及する。

 「ありません。」

 しらっとした空気の中で、女の子はソムリエナイフを器用に使って黙々とワインの栓を抜く作業をする。まずナイフでボトルの首のラッピング部分にくるっと切り込みを入れて、ラッピングを剥がす。そして、スクリューの先端をコルクの真ん中に当てて差し込み、スクリューを垂直に立ててまわす。適当な深さまで進んだら、てこを使ってコルクを抜き出す。最後は手でコルクを引き抜いて、ボトルの口を布でまるっと拭う。手慣れたものだ。この一連の作業を見ているのは、なんとはなしに楽しい。

 グラスが2つ運ばれて、淡い黄金色のワインが注がれる。私はグラスを持って、カウンターに置かれたままの健人氏のグラスに軽く当ててから、ぐいっとワインを口に含んだ。グラスが当たる小さな音が耳に快く響いた。

 「これまで、誰かを好きになったことは、ないんですか。」重ねて訊く。

 「ありません。」

 私たちの世代では、考えられない。若いうちに、性的な関係にまで進むか進まないかはともかく、誰かを好きになったことがない、というのはいささか考え難い。しかし、最近は、若い世代で異性に興味のない人が増えているという話は聞く。「もしかして、あなたは、女性に興味がない、というのでしょうか。最近の若い人は異性に対する情熱に欠けるらしいのですが、あなたも、そのくちですか。」

 すると、健人氏は、黙って考え込んだ。また始まった。質問が悪かったかな。そんなに難しいことは訊いてないつもりだが。

 生ハムが無くなったころ、健人氏は、「女性に興味がないわけでは、ないんですけどね」と言う。私は健人氏の顔を覗き込んだが、その後が続かない。

 「けど、なんです?」

 「うん」と言って、再び考え込む。そして、「生きた生身の女の子は、苦手ですね」と言う。

 今度は、私が考え込む。「生きた生身の女の子」じゃない女の子って、なんだ? 「あれですか、つまり、二次ですか。絵とか、アニメとか、ですか。興味の対象は。」

 「いえ、誤解しないでください。そういうのも、好きじゃないです。萌えとか、ロリコンとか、吐き気がします。インターネットを見ていて、子供みたいな幼い顔の女の子を描いたエロ画の氾濫ぶりを見ていると、こういうのを見たり描いたりしている連中はみんな殺してやろうかな、と思います。そういうのは、大嫌いです。」

 「サバの酢漬けです」と、女の子が料理を持って来る。

 「では、生きた生身の女の子じゃない女の子って、なんです?」

 「いや、誤解される言い方をしてしまいましたね。私が言いたいのは、メディアを介して触れるイメージ、簡単に言ってしまえば、写真や動画で見る女性に強く惹かれることはあります。ただ、実際に生きた女の子を目の前にすると、どう付き合ったらいいのか、分からない。映画を見て、そこに出ている女優さんを見て、あ、いいな。こんな人が実際にいたらいいな、とは思いますよ。しかし、現実の世界で女性の前に出ても、会話も成り立ちませんし、なにか関係を持てるかと言うと、それは無理です。」

 「どうして無理なんです?」

 「分かりません。」

 「いや、シチュエーションに応じて、普通に会話すればいいだけのことだと思うのですが。」

 「ええ、そりゃもちろん、事務的な会話くらいできますよ。私だって普通の人間ですから。でも、男と女の関係になろうと思ったら、事務的な会話じゃダメですよね。事務的な会話から、関係が発展しますか。あり得ないですよね。どうするんです。私には、よく分かりません。」

 「はあ、そうですか。」グラス1杯のワインで、少し酔ってきた。なんだか、健人氏と会話を続けるのがめんどくさくなってきた。健人氏のグラスが、まだワインに満たされているのを見て、「どうぞ、遠慮なく、飲んでください。どんどん飲んでください。」

 そう言われて、彼は初めてワインの存在に気が付いた、といわんばかりの顔をして、グラスを持ち上げ、ぐっと飲んだ。アルコールに弱いわけでは、なさそうだ。

 次の料理が運ばれてきた。「仔羊の炭火焼き」です、と笑顔で女の子は皿を置いていく。黙っていても、ワインを注いでくれる。私のグラスも空になれば、すぐさま黄金色の液体が注がれる。

 健人氏がナイフとフォークで仔羊に取り組み始める。骨付だから、うまく肉が取りきれない。「あの」と、私。「骨付ですからね、手で持って食べていいんです。こうして」と、自ら骨をつかんで手本を示す。

 そうして仔羊を食べているうちに、すっかりいい気持ちに酔ってきた。

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