Ex.11 悪魔は……
その日の夜。
四乃葉はベッドに横たわり、結衣里とRAINのやり取りをしていた。
【結衣里ちゃん、司くんと何かあったの?】
放課後に司と話したとき、結衣里のことを話すときの彼の思い詰めた様子が気になったのだ。
普段の彼なら兄バカぶりを茶化されたとしても、悪態を吐いたりヘソを曲げたフリをすることはあっても、どこか冗談めかした気楽さがあった。
なのに、今日の彼は何かが違った。
【実は昨日、また例の邪気が出て】
【聞いたよ。結衣里ちゃんのお友達が頑張ったとか】
しばらくは日中に司から聞いたのと同じ話が続く。
瑞希くんの所でまた邪気が出たこと。
その邪気に、実は“天使”になるチカラがあった結衣里の友達が立ち向かっていたこと。
結衣里がその邪気に向かって天気を操り雷を落としたかもしれないこと。
そして結衣里が悪魔祓いをしてもらおうとして、取り止めたことなど。
だがその途中で、聞き捨てならない話が飛び出した。
【実はそのとき、お兄ちゃんとデートしてて……】
【あー、そういえばそんなこと言ってたっけ。練習とはいえ、もう一度デートに誘うなんて司くんもやるなぁ】
【いえ……今度は本気の、本番デートだったんです。お兄ちゃんもわたしも、気合い入れてて】
【え!?】
【結局、前回と同じように邪気のせいで途中からそれどころじゃなくなっちゃいましたけど】
四乃葉は以前、デートをしている結衣里たち水野兄妹と遭遇したことがある。
そのときは“練習”という建前で結衣里が兄を誘ったのだったが、今度は司の方から、しかも本気のデートのつもりで誘ったらしい。
本番ということは、お互いに異性として意識した上で二人で出かけたということ。
結衣里にとっては長年慕ってきた意中の男性とのデートだ。
さぞ緊張しただろうし、それ以上に楽しかったに違いない。
【そっかぁ……でも司くんのあの様子、もしかしてデート中に何かあった? 司くん、すごく悩んでるみたいだったから】
日中の彼は、明らかに普段の様子と違っているように見えた。
何かを真剣に思い詰めるような、いつにも増して怜悧な眼光が、彼の目に宿っているような気がしたのだ。
【それは……】
言うべきかどうか悩んでいたのだろうか、しばらくの間、結衣里からの返信が途切れた。
そして、ようやく結衣里から返ってきた答えは。
【それはたぶん、わたしがお兄ちゃんに告白しちゃったからだと思います】
あまりに四乃葉の予想を超えた返答だった。
(はぁ……すごいなぁ、結衣里ちゃんは)
結衣里とのRAINとのやり取りを終え、四乃葉は大きな感嘆のため息を吐いていた。
(勢いで告白しちゃった、とか)
昨日二人は本番のデートをしてきたのだ、話の流れでそういう話になる可能性はあっただろう。
とはいえ司の方は結衣里に対して兄妹以上の感情を抱いているようには見えなかったし、結衣里もそのことは察している様子だった。
それでも勢いに任せて打ち明けた結衣里の“強さ”に、四乃葉は心底驚かされていた。
血の繋がった実の兄に想いを伝えるなんて、並大抵の覚悟では出来るはずがない。
もし上手くいかなかったら、一生気まずい思いを抱えて、それでも接していかないといけないのだから。
告白せずにはいられなかった想いの強さ、ダメ元でも一歩踏み出した思い切りの良さ、真剣に伝えたら必ず真摯に向き合ってくれるはずだという相手への信頼。
そして何より、それほどまでに強い想いでありながら、それでもなお自分の身を引くつもりの悲壮な決意。
四乃葉も恋愛においては困難の多い相手に想いを寄せているが、従兄とはいえギリギリ禁忌にはならない自分とは違い、結衣里の相手は絶対に報われることのない実の兄。
そんな相手をただひたすら一途に想い、相手の幸せを願いつつも自らの想いを伝えた彼女の覚悟を思うと、自分のちっぽけさを思い知らされる。
恋する女の子としての格の違いを見せつけられた気がしたのだ。
かく言う四乃葉自身はと言えば、チャンスなんていくらでもあったはずなのに告白もできず、あげく修一に恋人がいると知って後悔するだけ。
挙句、慰めてくれた司を小狡い手段で手元に留めておこうとした。
それが、出来たばかりの友達の想い人であると知っていながら。
悩みながらも互いに想い合う眩しい彼ら兄妹を見ていると、卑怯で、打算的で、独善的な我儘ばかりする醜い自分の正体がありありと浮かび上がってくる。
しかもその打算が今、自分自身の首を絞めているのだから本当に笑えない。
(……勝てるワケ、ないじゃん……)
結衣里を想う司の真剣な表情。
いつになく激しい感情を灯したあの目を見たとき、思わずドキッとしてしまった。
氷のような冷たさを纏いつつも、その芯には結衣里への優しさと愛情が燃えている、あまりに鋭いあの眼差し。
あれほどまでに強い想いを向けてもらえる結衣里のことを、どうしようもなく羨ましいと思ってしまったのだ。
たとえ修一がこのまま彼女さんと別れたとしても、あのように深く激しい愛情を四乃葉に向けてくれることは決して無いだろう。
他人を不幸にすることでしか、自らの幸せを見つけられない自分なんかには。
「…………“悪魔”は私だよ、結衣里ちゃん」
どうしようもなく醜い自分の姿を、吐き捨てるように四乃葉はそう漏らした。
そして……
(…………だったら、もう。とことんズルくなってやろう)
そう、四乃葉はちいさく呟き、ひとつ決心をする。
修一と彼女さんの仲は上手くいっていないらしい。
今なら自分にだってチャンスはあるはずだ。
慰められることがどれだけ心を揺さぶるか、身をもって学んだのだから。
それに、失敗したとしても────司がいる。
兄妹で恋人にはなれないし、結婚もできない。
結衣里もそれを理解した上で、四乃葉にならば譲ってもいいと言ったのだ。
今更それを反故になんて……させない。
最低な思考ではあるものの、“保険”をかけておかねば自分は冒険なんてできないのだ。
たとえそれが、親友の好きな人を奪う行為だったとしても。
「────あーあ。私ってイヤな女だ」
自己嫌悪に陥りつつも、どこか晴れやかな気持ちで四乃葉はベッドに身体を預け、眠りに落ちていった。




