55. 悩める司と、もう一人。
「……ふう」
学校に着き、教室で席に着いた途端、思わずため息が漏れた。
「どうしたんだよ司。結衣里ちゃんとケンカでもしたか？」
いっそケンカだったらラクだっただろうにと、複雑な思いを抱えながら友人たちに振り向く。
「あいにく結衣里とはここ数年ケンカなんてしてないな。軽く言い合いくらいならしてるかもしれないけど」
「そうなのか？ 兄妹ならケンカなんて当たり前だと思っていたが」
「うちは姉貴とケンカなんてしょっちゅうだぜ。有無を言わせず殴ってくるしよ」
「そういうときやり返せないのは男の辛いとこだね」
ケンカすると言いつつ、決してヒカルの方からは手は出さない辺りヒカルも姉弟仲は悪くないと思うのだが。
……とはいえ、仲が良すぎて困っている司たちとは事情が違いすぎる。
「にしても、妹一筋の司が悩むなんて結衣里ちゃんのこと以外に無いだろ」
「うるさいな。そんなに俺、結衣里のことばっかりか？」
「ああ」
「だな」
「即答！？」
「それはそうと、本気で悩んでいるのなら相談に乗るぞ？ もし友が困っているのなら、見捨てたくはない」
「……ありがたいけど、相談したいことはないよ？」
結衣里のことなのは事実なのだが、内容が内容だけに相談できるはずもない。
実の妹に告白されたなどと、他人に言えるはずもないのだ。
司自身はもちろん、結衣里のためにも余計な風評が立つことは避けなければならない。
おそらく結衣里はこれまでも、同じように誰にも相談できず、一人で悩み続けてきたのだろう。
その苦しさと辛さを思えば、そんな結衣里の気も知らずに無邪気に接し続けてきた自分の浅はかさを痛感せざるを得ない。
今しばらくは司にも一人で抱え込み、悩む時間が必要なのだろう。
「司がそう言うならいいけどよ。結衣里ちゃんのこと以外で司が悩むとも思えないしなぁ……ああでも、今ならもう一人いるか。司を悩ませそうな相手が」
ふと、何かひらめいたヒカルが詰め寄ってきた。
「もう一人？ 何のことだよ」
「またまた、トボけやがってよ～。ほら、カノジョだよカノジョ」
「カノジョって……ああ、羽畑さんのことか」
忠治も思い至ったようにポンと手を打った。
そういえば、クラスの皆には彼女と付き合っている疑惑を掛けられたままなのだった。
「羽畑さんとは別に、そういうのは……」
思わず否定してしまうが、そもそもは羽畑さんには修一さんという好きな従兄がいて、そのあたりを有耶無耶にしつつ適度な“虫除け”となるように意図的に司に彼氏の疑いを掛けさせたのが始まりだった。
ここで無暗に否定しても彼女に迷惑が掛かってしまうわけで、どう答えたものか対応に困る。
「あ、ホラ、言ってるそばから来たぜカノジョが────」
と、ヒカルが野次馬根性を丸出しのまま、教室に入ってきたばかりの羽畑さんを指差した。
が、当の彼女は
「……あ、司くん。…………あ、その……おはよう」
「ああ、おはよう。……どうかした？」
「あ、ううんっ。なんでもない……っ…………」
と、何故か目を合わせずにそそくさと自分の席に向かっていってしまった。
思わずポカンとして立ち尽くす司。
いつもだったら明るく人好きのする笑顔で挨拶をしてくれる彼女だけに、何かありましたと言わんばかりの様子に戸惑いを隠せなかった。
そして、何かあったことを察したのは当然、司だけではなく。
「────なんだよなんだよ！ 司ぁ、やっぱり羽畑さんと何かあったのかぁ？？ 羨ましいヤツめ、このこの！」
「ふむ。もしかすると、良くないことがあって悩んでいたというより、何か進展があったと見るべきだったか？」
「なんでそうなるんだよ！」
司と羽畑さんが付き合っているなどというウワサを鵜呑みにしているのはヒカルくらいだろうが、今は付き合ってはいないとしても、それなり以上には怪しい間柄であるという見立てが、クラスの皆の共通認識らしい。
前に忠治がそう言っていた。
その証拠に、クラス中の好奇の目が司と羽畑さんに注がれている。
（まったく。あの子もつくづく面倒なことを────）
と、非難がましく羽畑さんの方に目をやる司だったが。
（…………羽畑さん？）
そんな周囲の視線にただただ困惑し縮こまる彼女の姿に、本当に何かがあったらしいと、司は急に心配になったのだった。
