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50. 神の雷


 さっきまで晴れていた空は、(にわ)かに暗く(くも)り始めていた。


 「一体なにが起こってるの!? 教えて!!」

 「結衣里、落ち着け」


 通話越しの瑞希の切迫した声に当てられてか、司はつい声を荒げてスマホにかじりつく結衣里をなだめた。

 親友の桐枝が巻き込まれているというのだ、取り乱すのも無理はないが、それを瑞希にぶつけたところで意味はない。


 「詳しく聞かせてくれるか?」

 『は、はい。えと、さっき先輩たちと別れてからしばらくして、急にお客さん同士がケンカし始めたんです。ボクが止めに入ってなんとか収まったんですけど、なんか二人とも殺気立ってて……』

 「ケンカ……この前と同じだな。瑞希は大丈夫だったのか?」

 『えと、はい、ボクは何も。それより、投げ倒しちゃったからおじさんたちの方が心配かも』

 「そ、そうか」


 あの時の小鬼騒ぎでも、例の小鬼を見事な投げ技で倒していた瑞希の姿を思い出す。

 あの時も驚いたものだが、まさか大の大人を二人同時に叩きのめすとは。

 どうやらその手の武術の心得があるらしいが、あの見た目に反してなんとも男らしく(たくま)しい解決方法だと嘆息する他なかった。


 『それで、そこにどこかに行ったはずのあの子がいつの間にかまた戻ってきたんです。ボクに『離れてて』って言ったかと思ったら、あの男の人たちから急にあの“邪気”が出てきて……!』

 「それで、桐枝ちゃんは!?」

 『それが…………あの邪気を()()()()()人気(ひとけ)のない裏路地に走って行っちゃってっ……! 追いかけて覗いてみてるんだけど、なんか黒い蛇みたいな化け物があの子を囲んでてっ!』

 「っ……!!」


 隣で結衣里が息を呑むのが分かった。


 事態は想像以上に切迫しているようだった。

 この間の小鬼が小さな子供だったから楽観視していたが、あの邪気が化け物になって、しかも結衣里の親友を襲っているとなれば話は急を要する。


 「ありがとう。瑞希はそれ以上近づくな。専門家に連絡するから、まずは自分の身を守ってくれ」

 『! そっか、羽畑先輩の』

 「ああ。こういう時は連絡しろって言われてたからね。結衣里! 羽畑さんに電話して────」


 瑞希との通話を切るのは心配なので、結衣里に連絡してもらおうと声を掛けた……が、途中で止まってしまう。


 「…………桐枝ちゃんを…………しかも、()()お兄ちゃんとのデートの最中に……………………!」

 「ゆ……結衣里?」

 「────もう、()()()()っ!!!」


 突然、鬼気迫る迫力で結衣里がキレた。

 背中に羽としっぽが現れ、頭には猛々(たけだけ)しい角が生えている。

 しかも、それらは今までよりも大きくなっている気さえする。


 「『もう許さないんだからっ! 毎度毎度ジャマばっかりして。鬼だか何だか知らないけど、せっかくの()()()()()()()()()を────」


 次の刹那、カッと辺りが白く明るく(ひらめ)き、ガラガラガラッ! と爆音が(とどろ)いた。


 『うわあああぁぁぁ────っ!!! …………────』


 瑞希の悲鳴とともに、数秒間通話が途切れる。


 「今のは…………結衣里っ! しっかりしろっ!」

 「…………え? あ、あれ? わたし……何を……?」


 いつしか雨が降り出し、濡れつつあった結衣里にジャケットを着せてやると、結衣里はハッと我に返ったようだった。


 「…………ねえ、お兄ちゃん…………いまの、もしかしてわたしが…………?」

 「……さあ、そんなワケないだろ。それより……その格好、大丈夫か?」

 「っ! あ、あれっ……角も羽も戻らないのっ、どうしたらいい、お兄ちゃんっ……」

 「いいから落ち着いて……とにかく風邪ひくといけないから、木陰に」


 混乱する結衣里を連れて、近くの木立ちの下で雨宿りに入る司だった。




 ◇ ◇ ◇




 「…………い、いったい何が…………」


 爆音と光のせいで、塞いでいたのにまだチカチカする目と耳をなんとか慣らしながら、瑞希は周りを見渡した。

 与蓑門(よみのもん)市場の裏路地、人気のない小道はいつしか雨が降り始めている。


 「そうだ、あの子! あの子の所にカミナリが……!」


 あの光と音は、間違いなく雷だった。

 あの空気を切り裂いたような耳をつんざく爆音は、落雷があったと瑞希に理解させるのには十分すぎるものだった。

 しかもそれが、自分の知り合いに落ちたのだとしたら……


 「っ…………もしかして、あのカミナリも“邪気”が…………」


 邪気というものがどういう存在か、理解できているとは到底思えないけれど、それでも超常的な力を持った恐ろしいものなのは容易に想像がつく。

 あの落雷を例の邪気が起こしたのだとしても全くもって不思議ではない。


 なんとかあの子の様子を窺おうとして、瑞希はそちらを向こうとする。

 が、


 「────あなたはさっきの人ですね? 結衣里ちゃんたちのお友達の」


 声を掛けてきたのは向こうの方からだった。


 「え? えと、うん…………きみは」

 「早川(はやかわ)桐枝(きりえ)です。私も結衣里ちゃんとは友達なんです。それで、通話してたのはお兄さんですよね? 邪気がなんとかって」

 「っ、え、えと…………う、うん」

 「…………そんな…………まさか、結衣里ちゃんたちが?」

 「あ、あの、早川さん! さっきの黒いのは、」


 状況が上手く飲み込めないながらも、深刻そうな彼女の様子に不穏なものを感じ取った瑞希は、なんとか説明しようとするものの言葉がうまく見つからない。


 「あなたは、このままお家に帰ってください。あと、今日見たことは全部忘れてください!」

 「そ……それって」


 瑞希が訊き返す前に、彼女は駆け出していた。

 しかも、それだけでなく……


 「え……ええええええっ!?」


 彼女の背に白い翼が生えたかと思うと、踊るように宙に舞い上がった。

 まるで天使としか形容できない姿となった少女は、まっすぐにある方角へと飛び立っていく。


 「あっちの方向って…………せ、先輩っ!!!」


 その方向は、司たちがいるはずの天光満(てんこうみつる)記念公園がある方角だった。


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