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48. おむすびの思い出


 「あのー、結衣里さん? まだ怒っていらっしゃる?」

 「なにが?」

 「……なんでもないです」


 瑞希と早川さんと別れて、予定通り記念公園までやってきた司たち。

 だが、肝心の結衣里のご機嫌が非常によろしくない。


 せっかくのデートなのに当の相手である結衣里の機嫌を損ねてしまったのは大いに反省すべきだろうが、困ったことに結衣里が何に対して怒っているのか検討がつかないのだ。


 「怒らせたならごめん。俺が何かしたなら────」


 そう言いかけた司の服の裾をぎゅっと掴み、結衣里が頬を膨らませたまま言葉を遮る。


 「お兄ちゃんは何も悪いことなんてしてないもん。わたしが勝手にこうなってるだけだし…………ごめん」

 「いや……そう暗い顔しないで。結衣里がこうやって我を出すのって珍しい気がするし。そのせいで察せないのが申し訳ないけども」

 「…………バカ。お兄ちゃんのせいじゃないって言ってるでしょー」


 グリグリと頭をこすりつけてくる結衣里。


 たとえ落ち込んでいたり、あるいは拗ねたり怒ったりしていても、結衣里は彼女自身が思っている以上に理性的だ。

 癇癪(かんしゃく)を起こしたことも覚えている限り数えるほどしかなく、誰に何を言われても愚痴や泣き言を(こぼ)すことなく内に抱え込むタイプ。

 だからこそ都合よく学校でのいじめの標的にされてしまっていたりもしたし、感情を表してくれるのはむしろ安心ですらある。


 今だって、ただ戸惑うばかりで声も掛けられない司のことを責める素振(そぶ)りすら見せない。

 怒られている相手が、なぜ自分が怒っているのかを理解していないなんて、一番腹立たしいことだろうに。


 まさしく天使と呼ぶしかない──愛おしく大切な妹をぎゅっと抱き寄せた。


 「…………お兄ちゃんって、ホント…………まさか、こんなことまで他の子にしてないよね?」

 「するかバカ。というか結衣里以外の女の子とだと、半径1メートル以内に近づいたことすらそうそう無い気がする」

 「1メートルって……お兄ちゃんって、もしかして女の子苦手?」

 「そんなつもりは無いんだけどなぁ……」

 「じゃあ、わたしが特別なんだ」

 「当たり前だろ。結衣里なんだから」

 「妹だから、じゃないの?」

 「あいにく結衣里以外に妹がいたことないからなぁ」


 司の答えに満足したのか、ようやく結衣里の雰囲気から棘が消えたので、司はほっと胸を撫で下ろした。


 「お兄ちゃん」

 「なに?」

 「密着しちゃってるよね」

 「……だね」

 「カップルに見えてたりするのかな」

 「するんじゃないか? 少なくとも兄妹には見えないと思う」

 「…………イヤじゃない?」

 「今さら。普通の兄妹じゃない自覚は元からあるし。結衣里が望むのなら、デートだって何だって付き合うよ」


 結衣里が顔を赤くして俯いたのが分かった。


 こうやって照れるところは本当に可愛いし、絶対に守りたいと思う。

 たとえ過保護だと言われたとしても、結衣里を、結衣里の望みを守ることは司にとっての絶対命題だった。


 「……あ、あー! お兄ちゃん、おなか空かない? ちょっと早いけど、お昼にしたいなー」


 結衣里が白々しいほどに陽気な声で言った。


 「そうだね。そろそろお昼をもらいたいな」


 あからさまな照れ隠しを改めて可愛いと思いつつ、先ほど市場を見て回ったせいでお腹が減っていたのは事実。

 何より、結衣里が丹精込めて作ってくれたお弁当を早く味わいたいという思いもあり、司は賛成を告げた。  


 手近なベンチに並んで腰を掛けると、結衣里は満を持してランチボックスを取り出す。


 「おぉ……」


 蓋を開けると、綺麗に詰め込まれた色とりどりのおかずが目に飛び込んできた。


 「えへへ、はい。お兄ちゃんのはエビフライ多めにしておきました」

 「さすが結衣里、分かってる」

 「この場合、お兄ちゃんが分かりやす過ぎるだけだけどね……さすがにカニクリームコロッケは冷凍食品だけど。カニは高いし剥き身にするのも大変だし、クリームの塊を揚げるのも難しいし」

 「さすがにそこまでしてくれなくても……ってかクリームコロッケって自宅で作れるのか。そういえば出してくれたことあったような」

 「そうだよ。あの時はカニも使ってなかったし、破裂しちゃって上手くいかなくて。唯一成功したものをお兄ちゃんに進呈してました」

 「ありがたき幸せ」


 司の好きなものを作れるように練習してくれて、しかもその中でも一番良いものを出してくれているなんて健気すぎる。

 結衣里の作ってくれたものなら、たとえ失敗作でも美味しく嬉しく頂くのにと思うのだが。


 「それで、おかずはこれで良いとして。ご飯の方は────はい、これ」


 一通りおかずを楽しんだところで、結衣里がもう一つの箱を開いてみせた。


 「じゃん。おむすびです」


 そこには、小ぶりな(たわら)形のおむすびが詰め込まれていた。


 「おにぎりか。いいね、お弁当らしい」

 「おにぎりじゃなくて、おむすび!」

 「何か違いあるのそれ……」


 ただの呼び方の違いだろうに、やけに結衣里はこだわった。


 「わたしにとっては大事なことなの!」

 「左様で。にしても、色々な味があるみたいだね。海苔に、ゆかりに、ふりかけに……こっちは?」

 「チキンライスだよ。わたしは普通の海苔で巻いた塩むすびが好きだけど、いっぱいあった方が嬉しいもんね」

 「そうだね。俺はゆかりが好きかなぁ……うん、おいしい」


 おむすびを頬張りながら、ほぅっと司はため息をこぼす。


 沢山のおかずもさることながら、このおむすびもまた美味しい。

 冷めても旨味を感じるつややかなお米の甘さに、ゆかりの華やかな香りと程よい塩気がバランスよく同居している。

 米の炊き方、ゆかりの分量と混ぜ込み具合、そういった細かな部分に結衣里の心遣いが感じ取れる気がして、何より心が満たされるようだった。


 「よかった。……わたしにとっては、思い出の料理だから。お兄ちゃんに初めて作ってもらったご飯だから」

 「そうだっけ?」

 「うん。そうだよ」


 懐かしそうに遠い目をする結衣里だったが、司には心当たりが無かった。

 というより、単なるおにぎりを料理と言って良いのかというのも疑問だ。

 最初というのならおそらく、その時はお米すら司が自分で炊いたわけではない可能性が高い。


 「……ふふっ。んむっ、でも味は今のわたしの方が上かなぁ」

 「料理の“り”の字も知らない昔の俺と、今の結衣里を比べられてもなぁ」

 「くすくす」


 司は思わず抗議するも、結衣里は可笑しそうに笑うだけ。


 (まあ、思い出になってくれてるならいいか)


 心底楽しそうな結衣里を見て、どうでもよくなってしまう相変わらずな司なのだった。


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