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47. 偶然に重なる必然


 本日のデートは市内の観光である。


 司たちの住むこの地域は中々に歴史のある都市であり、この街の観光の定番といえば寺社巡りだったりするのだが、最近何度も舞月神社を訪れているせいか、司も結衣里も「神社はいいや」という感覚があった。

 むしろ、下手に神様やら鬼やらに(ゆかり)のある場所だと余計なことを思い出して気が散ってしまう気がしていた。


 「へぇ、ここが与蓑門市場(よみのもんいちば)かぁ」


 というわけで、やって来たのは市内にある有名な市場通り。


 その名は古くは都の玄関口だったこの地において、かつて身寄りのない者たちに時の権力者が雨風をしのぐ(みの)を与えたという故事に由来するとか。

 1000年は(ゆう)に超える歴史を持つという市場で、ここも観光地としては名高い。

 というか、観光地としての性格が強過ぎて品揃えや価格帯もお高い、グルメや土産物に偏っている印象だった。


 「今の時代、普通に使うならスーパーとか通販の方がぶっちゃけ便利だからな……」

 「でも、手間がかかってたり美味しそうな物はいっぱいあるよ。見てる分には楽しいよね」


 値段を見るとどれも高校生にはおよそ手の出ないものばかりだが、伝統と華やかさに溢れた飾り物だったりご飯に合いそうな煮物やお漬物などは、しっかりと結衣里の琴線に触れているようだった。


 「ねえ見て、あれ美味しそう! 家で作れるかな……」

 「そこで買うかどうかよりも作ろうって発想になる辺りが結衣里だよね。間違いなく美味しいの作ってくれそう」

 「料理も(こだわ)ろうと思えばいくらでも拘れる趣味だからね! こういうの見せられると(うず)いちゃう。こう……オタクのDNAがくすぐられると言いますか!」


 こだわりの強さは、(まさ)しくオタクの本領と言える。

 そのおかげで毎日美味しいご飯にありつけるのだから有難い限りだ。


 「いつも助かってるよ。結衣里のおかげで幸せな食生活を送らせてもらってる」

 「えへへ、だってお兄ちゃんがいつも美味しいって言ってくれるから。頑張れば頑張るだけ褒められるなんて、楽しくならないわけないもん。Win-Win(ウィンウィン)ってやつだよ」

 「……ホント、よく出来た妹だよ」

 「筋金入りのブラコン妹なのでー」


 少し照れながらも、ふふん、と胸を張る結衣里。


 一時期は悪魔の誘惑だの何だのと、どこかギクシャクした態度だった結衣里も、前回のデート以来ある程度は吹っ切れたようだ。

 幸せそうな笑顔を見るにつけ、やはりこれが司たち兄妹の自然体なのだと実感する。


 兄妹らしくないだとか、恋人みたいだとか、余計な体裁なんて気にするだけ損。

 お互いを大切に想っていて、一緒にいて幸せならそれで良いのだと。


 「────人ん()の店の前でイチャイチャするくらいですもんね。ホントに仲良し兄妹で微笑ましいです」

 「! その声」


 ふと急に掛けられた声に気がつき、顔を向けるとそこにあったのは最近知り合ったばかりの美少──年の姿。


 「瑞希!」

 「おはようございます。司先輩、結衣里ちゃん」

 「ああ…………びっくりした。もしかして、ここが?」

 「はい、ボクの(ウチ)です。今日はちょっと店を手伝ってたんですけど、お二人に会うなんて思ってなくて」

 「俺だって、まさか()()途中で瑞希と会うことになるとは」


 思わぬ遭遇(そうぐう)に肩をすくめる司。


 なにせ、瑞希と出会ったのは他ならぬ前回の結衣里との練習デートの時だったのだから。

 その挙げ句、結衣里とのデートをすっぽかすことになったので、司としては苦いものを感じる一致だ。自業自得だが。


 「与蓑門市場のお店……なんか良いなぁ」

 「そう? 結衣里ちゃんにもそう言ってもらえたら嬉しいけど」

 「昔ながらの街並みの雰囲気って言うのかな。ほら、昔のアニメにも出てきてたし」

 「ああ、アレかぁ。でもあれ、ボクたちがまだ小さい頃のアニメだって聞いてたけど」

 「結衣里はその手のモノの履修には余念が無いからな……」


 なんでも、司たちがまだ小学生にもなっていない頃のアニメに、この市場が登場したことがあるらしい。

 そんな昔の作品の話となるとさすがに司はついていけないのだが、いかんせん絵に描いたようなオタクの鑑みたいな存在が結衣里だ。

 過去のアニメ作品なども、有名どころは軒並み履修済みだったりする。

 そんな作品の「聖地」ともなれば、結衣里のテンションが高いのも納得だろう。


 「にしても、店の手伝いね。偉いもんだ」

 「えへへ。お父さんは普通の会社勤めで、店自体はおばあちゃんのものですから。えと、バイト代という名のお小遣い目当てでもあるんですけど。お姉ちゃんの発案で、(いぬい)商店の看板姉弟(しまい)として絶賛売り出し中です!」


 瑞希がえへんっ! と胸を張る。

 確かに、割烹着姿に瑞希の溌剌とした顔立ちが合わさり、看板を名乗るだけの華やかさがあった。


 が、


 「? どうしたんですか?」

 「…………うん。どうしても、“姉弟(しまい)”の漢字が正しく脳内変換されてくれなくてな」

 「え」

 「わかる。どう見ても“妹”の方だよね、知らない人が聞いたら。とても男の子だって思えないっていうか」

 「結衣里ちゃんまでっ!? なーんでぇーっ!!」


 “見た目よりも低い”瑞希の抗議の声が響き渡る。

 瑞希の声はむしろ男としては高い声なのだが、割烹着と可愛らしい顔のせいで認識がバグるのだ。

 その証拠に、周囲の観光客たちも皆「えっ男の子なんだ……」という声が聞こえてきそうな顔をしていた。


 「それにしても、まさか瑞希の家がここだったとは」


 あまりの偶然に司は思わずため息をつく。


 しかも、出会いはそれだけではなかった。


 「────あれっ、結衣里ちゃん!?」


 またしても聞き覚えのある別の声。

 今度は正真正銘の女の子の声だ。


 「この声は……桐枝ちゃん!」

 「結衣里ちゃん! それに、お兄さんも」


 声の主は結衣里の親友、早川さんだった。


 立て続けに知り合い二人と出会う確率……偶然に偶然が重なる天文学的なタイミングの妙に、司は思わず天を仰いだ。

 結衣里とのデートは、すべからく知り合いに邪魔される運命なのかもしれない。

 二人とも、邪魔をするつもりなんて無いのだろうけれど。


 「今日の結衣里ちゃん、オトナっぽい感じ、カッコいい!」

 「えへへ、そう言ってもらえたら自信出てきたかも。頑張った甲斐があったかな?」

 「うんうん、とっても素敵です! ね、お兄さん?」

 「あ、ああ。結衣里なら何でも似合うとは思うけど、ここまでハマるとは思わなかったかな」


 きゃいきゃい、女の子同士の会話が弾む。

 この子は結衣里のことを溺愛してくれている節があり、兄としては嬉しい限りなのだが……若干ノリに付いていけないことがある。


 「それで…………こちらの子は?」


 さて、といった風に少し改まって、早川さんが瑞希に視線を向ける。


 「ええと、この子は(いぬい)瑞希(みずき)。梅山高校の子で、君らと同じ1年だよ」

 「あ……えと、どうも」


 ぺこりと頭を下げる瑞希。


 「へええ…………って、ダメですよぉ〜お兄さん!! せっかくの結衣里ちゃんとのデートなのに、他の女の子と仲良さそうにしちゃっ!」


 ぷんすか、と怒り始めた早川さん。

 の、言葉を聞いて瑞希がガックリと肩を落とした。


 「…………せんぱい。ボク、女の子に生まれ変わった方が良いですか…………?」


 どうやら、早川さんの悪気のない揶揄(からか)いの言葉に容赦ない現実を突きつけられてしまったらしい。


 「え、え……? もしかしてその、本当に修羅場だったり」

 「んなワケあるか。えっと、その、瑞希はこう見えてれっきとした男だからな?」

 「……………………ええっ!!?!?」


 目を白黒させて驚く早川さんに、瑞希は割烹着のふりふりした袖口を握りしめて言った。


 「もうヤダぁ…………看板姉弟やめる」

 「だっ、大丈夫だって! 似合ってるってことだから。男でここまで割烹着を着こなせる人なんてそういないぞ」

 「それって結局女の子に見えるってことですよねえ……!」


 ショックを受けている様子の瑞希。

 なんなら女装慣れしているせいか仕草にも時折女性っぽさを感じる瞬間があり、いよいよ性別が行方不明になっている気がする。


 「そんな……ううん、今度は男の子っぽい格好や仕草を研究しないとなのかも……」

 「でも瑞希、可愛いのが好きなんだろ? 無理して男っぽくしなくても」

 「女の子になりきるのと、あくまで男の子でいる時とは別なんです! 別に、ボクは女の子になりたいわけじゃないですし」


 そもそも女装なんてしている時点で女の子に見られるのは慣れているはずなのだが、「狙って女の子に見せている」のと「意図せず女の子に見えてしまっている」のとは違うらしい。


 「ご、ごめんなさい……その、よく見たらたしかに男の人っぽいところもあるような」

 「いいよ、ボク思ってた以上に男の子っぽくないって分かったから…………こうなったら、今度は男の子っぽい格好とか仕草を研究するしか」


 謎の向上心を見せてなぜか燃え上がる瑞希。

 瑞希の女装や仕草の自然さは、そうした努力によって裏打ちされたものなのだと思うと、素直に賞賛の念も湧いてくる。


 「瑞希のそういう精神、尊敬するよ」

 「好きなものには手を抜かない! それがボクのモットーです。こういう時はモデルになる人を観察して……たとえば司先輩とか」

 「俺? 俺ってそんなモデルになるような男らしい男してるかなぁ」

 「してますよ! 初めて会った時だって、ボクのこと颯爽(さっそう)と助けてくれて、カッコよかったし…………結衣里ちゃん?」


 なぜか自慢げに語る瑞希に少し面映(おもはゆ)くなってきたところで、瑞希がふと結衣里の方を見てサーッと青ざめた。


 「結衣里? ……ってなんだそんなほっぺた膨らませて」

 「べつにぃ〜? お兄ちゃんのカッコよさが他の子にも理解されて、妹としては誇らしい限りですけど??」

 「えと、その…………お、お邪魔だった、かな……?」

 「乾くんは何も悪くないよ? お兄ちゃんに助けてもらって羨ましいとか、そんなこと全然思ってないから」

 「ゆ、結衣里……?」

 「ひええ……」


 背後に黒いナニカが見え隠れする非常に良い笑顔を浮かべた結衣里に、司と瑞希は震え上がった。

 というか、本当に背中の羽としっぽが出てきてしまっているような……


 「……って、結衣里ちゃん……?」

 「え……っ!? あっ、な、なに桐枝ちゃん?」


 早川さんが目を丸くしているのを見て自分の背中のことに気付いたのか、結衣里はあわてて羽を消し去ると、何事も無かったかのように問い返した。


 「あ、ううん……私の見間違えだったみたいです」


 幸い、彼女は見間違えだと判断したらしく、少し目をこすってからそう言った。


 どうやら、なんとか怪しまれずに済んだらしい。

 見ていた司と瑞希もホッと胸を撫で下ろした。


 「……さ、さあ司先輩! せっかく結衣里ちゃんと二人なんだから、楽しんでこないと!」

 「あ、ああ」

 「そうですよお兄さん、せっかく結衣里ちゃんも楽しみにしてたデートなんですから、ばっちりエスコートしてあげないと! ほらほら、記念公園に行くんでしょうっ?」

 「なんでそれを……って、相談したって言ってたか」

 「き、桐枝ちゃんっ!? れ、練習っ! これは練習だからぁっ!?」


 結衣里も他人の前では兄とのデートというものに羞恥心を覚えているらしい。

 瑞希と早川さんに煽られて、慌てる結衣里を連れて司はその場を後にした。




 ◇ ◇ ◇




 「…………行っちゃいましたね」

 「あはは、仲良いなぁ。兄妹でも、あれだけ仲が良いとちょっと()けちゃうよね」


 司たち兄妹が去った店先、残された桐枝と瑞希が少々気まずそうに笑い合った。


 「え、えっと、じゃあ私もこれで」

 「あ、うん。気をつけてね」


 さすが、看板娘に相応しい完璧な笑顔で“少年”は桐枝を送り出してくれた。


 (やっぱり、女の子にしか見えませんね……)


 心の中で呟きつつ、桐枝は小さく首を振って気持ちを切り替える。



 「結衣里ちゃんのためにも、ちゃんと見つけないと。()()はこの近くだもん。せっかくのお兄さんとのデート、結衣里ちゃんたちを巻き込まないように────!」


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