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46. デート(本番)


 「ごめん、待った……っ?」


 結衣里が駆け寄ってくる。


 「ううん、今来たとこだよ。おはよう」

 「その、髪のセットに思ったよりも時間かかっちゃって……ホントに待ってたら怒ってっ」

 「いいや。待ち合わせの時間からはそんなに遅れてないし、誤差の範囲だよ。可愛い」


 前回は普段通りの軽口で茶化したものだったが、今回はお決まりのやり取りも完ペキにこなしていく。

 待ち合わせの駅前に、10分ほど遅れてきてしまい申し訳なさそうな結衣里を、心配させないように小さく頭を撫でた。


 結衣里のことは常日頃から可愛いと思っているけれども、今日の結衣里はいつもとは違う魅力を醸していた。

 後ろでまとめてふわふわのポニーテールにした髪、へそ出しのニットに大人っぽいジャケット。

 ショートパンツスタイルの脚は健康的な肌を惜しげもなく見せつけていて眩しい。


 「…………ってか、マジで綺麗なんだけど。隣にいていいの? これ」

 「いいに決まってるでしょ! お兄ちゃんに見てもらいたくて、頑張ったんだよ? ……へへ、お兄ちゃんを照れさせちゃった」


 恥ずかしげに少しはにかみながら、結衣里は嬉しそうな様子でガッツポーズをしていた。


 「四乃葉(よつのは)さんからもアドバイスもらって……今日は、ギャップ萌えを狙ってみたのです。その、せっかくのデートだし……」


 そう、これはデートだ。

 この前のように「練習のため」などと言い訳を付けることもない、正真正銘の本番デート。

 相手が妹だからと、甘えた姿勢は許されない。


 なにせ、前回は途中で結衣里のことを()っぽり出してしまったのだから。

 司にとって、結衣里のことは何にも増して大事にすべき最優先事項。

 前回の雪辱という意味でも、今日は一日、結衣里のためだけに使うと心に決めている。


 「……綺麗だし、可愛い。見惚れたよ」

 「……! えへへ……お兄ちゃんもカッコいいよ」


 照れくさそうにしながら、結衣里も司の服装を褒めてくれる。


 司の方もそれなりに気合いを入れてコーディネートして来ていて、新しく買った小綺麗なシャツやパンツに身を包んでいる。

 結衣里のお洒落センスは前回でよく分かっていたので、せめて釣り合うように無い知恵を絞った甲斐があったというものだ。


 お互い、新しい自分を相手に見せたいという気持ちだったのだろう。

 この「待ち合わせ」のために、わざと今朝は顔を合わせないようにしていたほどの徹底ぶりで、その分結衣里の気合いの入った装いには司も本気で狼狽(うろた)えてしまった。


 「えっと、それで今日は市内の観光でホントによかった?」


 しばらくお互い固まったままだった司たちだったが、やがて結衣里がおずおずと気遣いながら訊ねてきた。


 「ああ、もちろん。俺は外を出歩くのも嫌いじゃないしね。むしろ結衣里がそう提案してくるとは思わなかったよ」


 今日のデートの予定は、市内を観光しながら歩いて回り、記念公園でお昼にするというもの。

 結衣里が手に()げているのは何を隠そう結衣里お手製のお弁当だ。

 今日は天気も良く、外で食べる結衣里のお弁当はさぞ美味しいだろう。


 「えへへ、まあちょっとね。桐枝ちゃんからの入れ知恵で」

 「早川さんか……結衣里に仲の良い友達がいて何より」


 人見知りな結衣里に親友と呼べる友達ができたのは本当に喜ばしいことで、幼稚な()()()に晒されていたあの頃の面影は見る影もない。

 羽畑さんにもそうだが、早川さんには感謝してもし切れない。


 ……いけない、油断するとすぐ兄バカ部分が顔を出してしまう。

 今日は兄妹だなんて関係ない、デートの日なのだから。


 「さ、ここで喋ってても良いんだけど、そろそろ電車来るから」

 「そうだね、行こ!」


 結衣里と二人で改札を越え、電車に乗って市内へと向かう。


 「? どうしたのお兄ちゃん」

 「いや……この電車に結衣里が乗ってるのが不思議で」


 いつも乗っている通学路の電車だけれども、結衣里と二人で乗ると違って見えるというか、妙なくすぐったさがある。


 「そっか、これで通ってるんだもんね。そういや、四乃葉さんとは一緒になったりするの?」

 「それが、羽畑さんの場合は急行列車に乗るからすっ飛ばしていっちゃうみたいでね。それに、忘れてるかもしれないけどあの子、クラスでは結構な人気者だから。一緒に帰ってるってなったら色々面倒だから」

 「でもお兄ちゃん、四乃葉さんと付き合ってる疑惑かけられてるんでしょ? そうなるように仕向けたって、四乃葉さん言ってたし」

 「あいつめ…………」


 司は、羽畑さんがクラスメイト達の前で盛大に誤解を招いた時のことを思い出し、額を押さえた。


 「疑われてるからこそ、余計に信憑性を高めるような真似はできないだろ。あの子、自分が言い寄られるのが面倒だからって、(てい)よく身代わり地蔵にしてくれちゃってさぁ」

 「ふふっ。よかったじゃん、四乃葉さんみたいな美少女との仲を勘繰られて。仲が良いのは事実だしー?」

 「そりゃ仲が悪いとは言わないけど…………っていうか、良いのか他の子の話なんかして。デート中に他の女の話なんて、NG中のNGだろうに」

 「四乃葉さんは“同志”だから良いのっ。それに、他に本命がいるっていう意味では、むしろ安心じゃない?」

 「よく分からんけど、そういう女の子の(したた)かさ、時々怖くなるよ」


 人付き合いひとつ取っても打算や腹の探り合いが見え隠れする女の子たちの社会には、時折うすら寒いものを覚えることがある。

 男はロマンチストだなどと言われることもあるが……それでも、損得勘定を抜きにした友情だってちゃんとあるのだと信じたい。


 「ふふっ……わたしのお兄ちゃん大好きムーブも、実は高度な計算された戦略だったり」

 「あ゛ー!! やめろ俺の中の結衣里のイメージが崩れる!」

 「ふっふっふー。なんたってわたしは“悪魔”ですから〜」


 ニヤリと小悪魔っぽい薄笑いを浮かべる結衣里だったが、瞳に映るのは屈託のない純粋な好意だけ。

 結衣里の司に対する信頼や親愛だけは、間違いなく本心からのものだと心から信じられる。


 「……やっぱり結衣里は天使なんだよなぁ、どこまでいっても」


 結衣里の無邪気なじゃれつきに目を細めつつ、司は優しく彼女の頭を撫でた。


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