45. 過保護ぎみな司
「とは言っても、そう易々と手がかりが見つかるわけないよなぁ」
神社の境内を歩きつつ、司は小さくため息をついた。
今日は例の御神体の様子をもう一度確認して、可能であれば結衣里の悪魔化についての解決の糸口を探るのが目的だ。
だが、奥の本殿にある御神体には特に変わった様子もなく、結衣里の身体にもこれといって変化は無い。
以前訪ねたときは結衣里がいきなり悪魔の羽や角を消せなくなったりしたのだが…………あるいは、あれも例の邪気の影響だったりしたのだろうか。
「ううん……お父さんたちが何か知ってる可能性はあるけど……」
「どうしても躊躇ってしまうんだよな。あの小鬼の顛末を見てしまった身としては」
お参りの後、この神社の宮司である羽畑さんのお父さんに、この前の小鬼騒ぎのことについて改めて説明を受けてきたのだが、「娘を手伝ってくれたのは助かるけれども、無理して自分たちで何とかしようとせずに、神社に連絡して我々専門家に任せてほしい」「このことはくれぐれも他言無用」と注意を受けただけだった。
あのまま結衣里のことも相談するのも手だったとは思うが……羽畑さんがあの小鬼を封印したように、結衣里のことも封印すると言われてしまうと事なので慎重にならざるを得ない。
そもそも、結衣里としてもしっぽを隠さないといけない以外に実害は出ていないので、気にしなくてもいいのかもしれないが……
「……結衣里、俺の顔になにか?」
「え? あ、ううん、なんでもっ!!」
ふと横を見ると、結衣里がじっとこちらを見ているのに気付き、指摘すると結衣里はあわてて顔を逸らした。
「ラブラブだねぇ、司くん」
「なんでそうなるんだよ」
「べっつにぃ~?」
揶揄われるのは慣れている司があきれたように問い返すと、羽畑さんは不満げに口を尖らせた。
傍から見ると恋人同士のようなやり取りなのは否定しないが、結衣里は以前、司のことを無意識に誘惑しようとしていると言っていた。
つまり、自分の意思ではなく悪魔化の影響によってそうしてしまっているわけで、それを茶化されるのは気分の良いものではない。
「俺は、何があろうと結衣里の味方だ。他愛のない兄妹のやり取りだろうが悪魔の誘惑だろうが、結衣里が真剣に悩んでることを茶化されたら怒るよ」
「う……それは、ゴメンなさい。…………もう、そういうところだけは変にマジメで融通が利かないんだから……」
たしかに、軽いジョークのつもりで言ったであろう揶揄いに言い返すにしては生真面目すぎたかもしれないが、こればかりは譲れない。
結衣里が望まない感情で悩んでしまっているのなら、悪魔となったことに苦しんでいるのなら、それを解決しないわけにはいかない。
やはり何とかして結衣里の謎を解かなければと、司は改めて決意を新たにした。
「お兄ちゃんってば、鋭いんだか鈍いんだか…………まあ、気にしてくれるのは嬉しいけど……」
「嬉しいんだ……」
そんな司を見て、結衣里はボソリとなにやら呟いている。
瑞希などは、なぜか頬を染めながらほわぁ……と目をぱちくりさせていた。
「そういえば瑞希、あれから学校で困ったことになってないか? あのカッコについてはあの子たちに隠してたらしいし、言いふらされてたりしてないだろうな」
話題を変えるべく、気になっていたことを瑞希に訊ねる。
あの姿がバレたせいで、いじめなんかに発展してしまっていては黙ってはいられない。
妹が似たような状況に陥っていたことがある司としては、大丈夫かどうか確かめておかねば気が休まらなかったのだ。
「えと、それに関しては大丈夫です。元々、稲葉さんたちも言いふらすつもりは無かったみたいで」
「そうか…………待て、『それに関しては』って言ったな? 他に何か問題があったりするんじゃ」
「あ~……」
露骨に目を逸らす瑞希。
司はすかさず、ぐいっと瑞希に顔を近づけて吐くように迫った。
「困ってるなら、言ってくれ。俺は友達を見捨てるつもりはないよ」
「ち、近い、近いです先輩っ! ……別にイヤなことがあるワケじゃないです。ただ、稲葉さんたちが学校でも妙に絡んでくるようになって、余計に友達が作れなくなったっていうか…………ボク、なぜか友達ができなくて。いないワケじゃないんですけど、一緒に遊びに行ったりとか、そういう親しい相手ってなるとなかなか……」
「あぁー……」
剣呑な話が始まったと、眉をしかめる司に対し、女子たちからは何故か納得したようなため息が漏れた。
「? 二人とも、何か心当たりが?」
「心当たりっていうか……」
「乾くん、カワイイからねぇ。男子としても女子としても、変に気を遣っちゃうんじゃないかな。その、周りの目とかを考えると」
「周りの目?」
羽畑さんたちの評に、瑞希と二人して頭上に?を浮かべる。
「……これは、結衣里ちゃんの苦労が偲ばれるね」
「わかってくれますよね!? そうですよね!!」
「これで『彼女をつくる』とか言ってたのはもうお笑い種よね……はぁ」
そんな司たちに、女子二人はため息を増すばかりだった。
「まあ何にせよ、困ったことがあったら言ってくれよ。いつだって駆けつけるから」
「あ、ありがとう……ございます」
気圧されぎみになりながらも、心配されていること自体は嬉しそうに瑞希は頷く。
が、そこに結衣里が微妙な苦笑いを浮かべながら割って入った。
「あ、あの乾くん……お兄ちゃんの『何かあったら駆けつける』はガチだから。シャレにならないから。本気で授業中でも乗り込んで来るから、気を付けてね……?」
「妹や友達が酷い目に遭ってるなら躊躇ってる場合じゃないだろ。当たり前のことだ」
「……き、気を付けます」
一人うんうんと頷きながら言う司に、さしもの瑞希も若干引きつった顔になっている。
……過保護ぎみな性格は自覚しているが、少しだけ自重した方が良いのかもしれない。
「……四乃葉さん。お兄ちゃんのこういうとこ、嬉しいって思っちゃうの……やっぱり、ヘンだと思いますか……?」
「結衣里ちゃん……ああもう、可愛いなぁ。そんなことないよっ。好きな人に大事にされるって嬉しいもんね。でも、そういうのは結衣里ちゃんだけにすべきだと思うのに、司くんたら」
またしても、結衣里と羽畑さんが二人でヒソヒソと小声で話し合い始めた。
「……なあ瑞希、やっぱり俺って変なのかな?」
「えと……それは、その。ノーコメントで」
「それはもう肯定と同じなんだよなぁ……」
瑞希の反応からしても、司の心配性は常軌を逸しているらしい。
かといって気にしないでいられるわけでもないし……肩を落としてしまう。
「まあまあ。気にしてくれるのは嬉しいですし。ボクも、こうやって相談してくれる友達が欲しかったから」
「はぁ、その優しさが沁みるよ」
その言葉通り、瑞希の目はどこかくすぐったそうな嬉しさの感情を浮かべているように見えた。
いざ接してみると人当たりも良いのに、それでも友達がいないというのは意外な気もするが、そういう所も結衣里と似ていて親近感を覚えるのだろう。
瑞希と友達になれたのは紛れもない幸運だった。
「それに、ボクに対する反応と結衣里ちゃんに対する真剣さとでは、やっぱり違うなって思うし。ふふ、本当に妹想いのお兄ちゃんなんですね」
「そうなのか……? あんま自覚ないけど」
「無意識だったんですね…………結衣里ちゃん、苦労してるなぁ」
「?」
瑞希のため息に、首をかしげる司だった。




