生存者Ⅰ 俺はヒーローなんかじゃ無い!
大口径の対物ライフルのスコープを覗き、市のメインストリートを蹌踉めくように歩く青白い顔のゾンビの眉間に狙いを定め、引き金を静かに引く。
バァァーン!
周りに銃声が響き渡り、銃口から飛び出た弾丸がゾンビの眉間に穴を開けた瞬間、ゾンビの頭が骨と脳味噌と透明な液体を周りに撒き散らしながら弾け飛んだ。
頭を失ったゾンビは仰向けに倒れ伏す。
大口径の対物ライフルのスコープを覗く男は次のゾンビの眉間に照準を合わせ、引き金を静かに引きゾンビの頭を弾け飛ばした。
対物ライフルに装着している弾倉の弾10発が無くなると弾倉を抜き、弾が装填されている別な弾倉を対物ライフルに装着する。
ゾンビの頭を次々と弾き飛ばしてる男が立て籠もっているアパートの上空には、十数機のヘリコプターが爆音を轟かせ旋回飛行していた。
それらのヘリコプターは、男が立て籠もっているアパートの部屋からは見えない場所に建つ学校やスーパーマーケットに逃げ込み、籠城して助けを待っていた人たちの救出に当たっている。
5日前、アパートの窓から市のメインストリートを見下ろした男の目に映ったものは待ち望んでいたものでは無く、逃げ惑う市民に襲い掛かり捕まえた人の肉を噛み千切り飲み込む青白い顔のゾンビだった。
男は抱えていた対物ライフルのスコープを覗き、泣き叫びながら逃げ惑う小さな子供を捕まえようとしたゾンビの眉間に狙いを定め、引き金を引きゾンビの頭を弾き飛ばす。
その時から男は眼下に見えるゾンビの頭を弾き飛ばし続けていた。
3日前、ヘリコプターが1機飛来し街の上空を何度も旋回する。
そのヘリコプターは街の中に取り残されている人たちを救出するために派遣された偵察機だった。
偵察機の乗員は眼下で次々とゾンビの頭を弾き飛ばしてる男と接触を試みて成功する。
ヘリコプターの無線機に男からの返事が届いた事によって。
ヘリコプターの乗員は2日後にこの街の生き残りの救出が行われる事を知らせ、その時の為に弾丸を節約するよう言うと共に、男を救出する為にアパートの屋上に出られないか聞いて来た。
それに対し男は自身が救出される事を拒んだ。
しかしゾンビ共の気を引くための囮役は引き受ける。
それが今メインストリートやアパートの周辺にいるゾンビの頭を弾き飛ばしてる理由だった。
バン! ダン! ドン! バンバンバン! ドンドン! ダンダン!
男か籠城している部屋とアパートの廊下を隔ててる補強された扉が、廊下側から激しく乱打される。
アパートの住人だったゾンビやアパートに入り込んで来たゾンビ共が、男の部屋の前に群がり扉を乱打しているのであった。
撃っても撃っても数が減らないゾンビ共に業を煮やした男は、スマホを操作して最後に画面をタップする。
男か画面をタップした途端、メインストリートやメインストリートに繋がる脇道の奥などで爆弾やクレイモア地雷が炸裂した。
炸裂した爆弾やクレイモア地雷がゾンビの群れを弾き飛ばした事により、心持ちゾンビの数が減ったように感じられる。
スマホを放りだした男がまた対物ライフルに手を伸ばした時、テーブルの上に置いてある軍用無線機から声が聞こえて来た。
「こちら救出部隊指揮官、聞こえるか?」
「ああ聞こえているよ」
「救出は君を除いて終わった。
私が乗っているヘリコプターには君を乗せるだけの余裕がある、救出できるぞ」
「ありがたい申し出だか断る。
サッサと救出した人たちを連れて帰ってくれ」
「そうか、君のような腕の良い狙撃手はこんなゾンビが徘徊する世界ては引く手数多なんだがな、残念だ。
あ! ちょっと奥さん邪魔しないで……「貴方! 貴方でしょう? 私よ、ジェーンよ」
男に話し掛けていた指揮官の声に割り込んで、女の声が無線機から飛び出て来る。
「ヤアー、ジェーン久しぶりだな(離婚してから何年ぶりだよ)」
「私だけで無く、キャシーも一緒よ。
貴方は忘れていたかも知れないけれど、今日はキャシーの誕生日なのよ」
「そうだったのか、忘れていたよ(戦場から帰ってきた俺を、他人を見る目で見た娘の誕生日なんて覚えていないさ)」
「救出されてキャシーには最高の誕生日プレゼントになったわ」
「そうか(その誕生日に一度も招待された事が無いけどな)」
「そうよ貴方はキャシーにとってもヒーローなのよ、だから私たちの下へ戻ってきて」
「ダンは如何したのだ?(親友の女房を寝取り娘まで奪った奴は?)」
「ダンは、ダンは……、初日に咬まれて、咬まれて、自殺したわ」
「そうか残念だ(お前が撃ち殺したのではないのか?)」
「だからお願い、私たちの下に戻ってきて」
「断る!(ダンが死んだので俺にまたすり寄るつもりか? 私たちの下へって、出て行ったのはお前たちだろうが)」
「そんな事言わないで、お願いよ。
ねえちょっと! ヘリコプターを彼の下に戻してちょうだい」
「オイ、指揮官! 聞こえるか?」
「奥さんちょっと退いて頂けますか?
なにするのよ! 触らないで! 私はこの街の市長夫人なのよ!
オイ! この女を拘束しろ」
無線機からジェーンの叫び声と、無線機の前から退けようとする兵士たちの怒号か響いた。
暫くしてまた指揮官の声が無線機から聞こえて来る。
「どうした生きる事を選択したのか?
ヒーローの君が望むのなら何時でも引き返すぞ」
「心変わりした訳では無い。
俺がアフガンやイラクで戦闘に従事している時に浮気していて、帰国した俺に離婚を告げた女とこれ以上の会話を続けたく無かったんだ」
「そ、そうか……、それじゃお別れだな。
君の事は今日救出された人達の心にヒーローとして何時までも残るだろう」
「ハハハハハ。
それで、1つだけ頼みがある」
「何だ?」
「あんな糞な女だが、一時は愛しあって結婚して娘まで産んでくれた女なんだ。
だからあいつと娘を頼む。
って言っても、あの女の事だからしぶとく生きて行くとは思うけどな」
「分かった、サヨナラ」
「幸運を、交信終了」
男は無線機を放り出し頭を抱え床に座り込み、今このアパートにいる訳を思い起こす。
戦場から帰ってきた男を待っていたのは、離婚を求める女房と他人を見る目で父親を見る娘、それに、戦場に行っている間家族の面倒を見てくれるように頼んだのに、女房と浮気して家族を奪った親友だと思っていた奴。
州兵として戦場に行く前まで勤めていた会社の仕事は、他の者に奪われていた。
仕方無く、男が戦場から戻ってくる前年に市長に当選していた親友だと思っていた奴に頭を下げ、仕事を紹介してもらう。
しかし、娘に合わせて貰えず一度も誕生会に招待され無い事に抗議したら、直ぐに仕事を首にされる。
だから男は親友だと思っていた奴とそいつを市長にした街の奴等に復讐する事にした。
両親が残してくれた金を全て注ぎ込んで、メインストリートを見下ろせるこのアパートのこの部屋を借り、部屋を要塞化する。
軍人だった時の伝手を辿り対物ライフルと大量の弾丸、それに爆薬とクレイモア地雷を入手した。
毎年行われる市の創立祭の前日の夜、手に入れた爆薬やクレイモア地雷を、メインストリートやメインストリートに繋がる脇道のあちらこちらに仕掛ける。
市長の奴に最悪な創立祭のパレードをプレゼントする為にだ。
救出部隊の指揮官と通信を交えた無線機も、男を抹殺するために包囲してくる警官たちの無線通信を傍受するために用意した物。
男は人生の最後を犯罪者として終わらせようとしていたのだ。
だから決してヒーローと呼ばれるような存在では無いのだと自覚している。
暫く身動きせずに座り込んでいた男は思い起こす事を止め、何時の間にか流れ出ていた涙を掌で拭うと対物ライフルを手にして、また、眼下に群がっているゾンビの駆除を再開するのだった。