【第七十九話】スタンピードの果て
要となっていた、或いはこれからそうなる筈だったブラッディオークを失ったスタンピード。しかしてその勢いが直ぐに収束する訳も無く、奥地から溢れ出る魔物の数は尚も凄まじく、それだけで圧殺されそうな程。
「おい、いけてるか?」
「自分でも不思議なのだが、どうやら調子が良いようだ」
「そいつは良かった」
俺は剣に水の魔力を纏い、攻撃範囲を伸ばしつつ周囲の敵を薙ぎ払う。その一方で、念の為視線を送る先にいるライリスは、まるで鬼神が乗り移ったのかという程驚異的な働きを見せており、一先ずの不安はなさそうだ。
問題があるとすれば、時間くらいか。
この地に踏み留まり溢れ出る敵を斬り伏せる事数分。こちらにはリーシャンローメイもいる為、特に窮地に陥る事も無く状況を維持していると、ダンジョン奥側から一纏まりの気配を感じ始めた。そしてそれは次第に近くなり、魔力の種類を感じられる範囲へ入ってくる。間違いない、これはルクレティア達の魔力だ。
無事なのは嬉しい事だが、こちらへと向かう移動速度がかなり遅い。雰囲気からして何かしら強そうな奴らに絡わり憑かれている様で、遠くから武器と武器の衝突音を響かせながらこちらに近づいて来ている。どうやら、まだ厄介なのが残ってたみたいだな。
「いけるか?」
「無論、任せて欲しい」
こちらもまた群がる敵を薙ぎ払いながらの戦い、その最中に単騎飛び出したライリスはその一団へと目掛けて進撃、通り過ぎ様にルクレティア達に纏わりついていた三体の手練れを一瞬で細切れに。やれやれ、ライリスの奴ちょっと規格外に強過ぎるな。
「た、隊長!!」
「ライリス隊長!!」
「厄介事を引き受けるつもりでの選択だったが、逆に迷惑をかけてしまったな。兎も角今は眼前の役割を共に果たそう」
「はい!」
「了解です!」
目に涙を浮かべるフィオだが、流石に状況を弁えているらしく敵を斬り流しつつコチラへの合流を優先していた。これでこの場に居たブラックファルコンと俺たち全員が一堂に会した。
「ご主人様!」
「こっちは予定通りに事を成した。後は所定位置まで下がるのみだ」
「流石ですご主人様。せめて最後のポジションの移動までは私に任せて下さい」
「よろしく頼む」
ルクレティアはさも問題無さげに合流を果たしているが、衣服の状況や装備の感じからして、かなり激戦の中無茶をしていた事が伺える姿をしていた。頼りになる前衛だよ全く。
俺たちは元々目星を付けていたダンジョン内の窪みへと移動すると、そこで改めて全員を範囲に含んだ状態で蒼海朧月を発動。ブラッディオークやこの場を支配し得る敵の有力な戦力は既にライリスに斬られている。この場にこの護りを突破出来る敵戦力はもう存在しまい。
これにて、後は鎮まるのを待つのみだ。
と、そんな時にライリスの方を見ると。先程まで鬼神の如き働きを見せていたのが嘘のように青い顔で酷い汗を浮かべている。ギリギリ、間に合ったみたいだな。
「ハァハァ……オカシイな、どうもチカラが入らない……」
「もう大丈夫だ。安心せて休んでいろ」
「ど、どうやらもう大丈夫……と見て良さそう、だね」
「あぁ、後は俺に任せておけ。何一つ通さぬまま一晩過ごしてみせるさ」
「私も中々だが、キミも相当出鱈目だね。いや、何故か急に疲労がどっと襲ってきていて、そ、それに、どうもさっきから上手く魔力が練れ無くてね……。ど、どうやら私はここまでの様だ」
「隊長!!?」
グラリと、よろけながら体制を崩すライリス。悪い顔色も相まって、まるで間も無く死ぬ可能性があるかの様に語り始めたライリス。そんな演出のせいでフィオが盛大に涙を流しながら慌て駆け寄り、その弱々しく力尽きた隊長の身体を支えに入った。
そしてフィオが支えて間も無く、ライリスは力尽きた。
いや死んではいないぞ?
リミットが来てしまっただけなのだろうが、とは言え成る程な。限界を迎えるとこうなってしまう訳か。これは気を付
けないと命取りになりかねないな。
「隊長! 隊長! 嫌です死なないで下さい! そんな、折角こうして再会出来たのに……隊長!!」
「大丈夫だフィオ。ライリスは疲弊がピークに達しているだけに過ぎない。休ませてやれば回復するさ」
「本当か!? よ、良かった……」
半壊体だったか、不気味なスキルだ。まさかデバフ系のスキルが存在するとはな。今日に至るまでの身体へのダメージ蓄積が行き過ぎた結果、新たなバッドステータスを発現してしまったという訳か。
その効果は【本来のステータスを解放出来る時間が制限され、その時間は10分】というのと【一度解放すると12時間のインターバルを必要とし、インターバル期間中は全ステータス値が1/10となる】という中々にピーキーな物。
今の彼女は初めてのインターバル中、それ故に身体の状態変化に精神が追いついていけず、気を失ってしまっている様だ。
「現状を、確認させて頂いてもよろしいですか?」
「構わん」
ブラックファルコンの副隊長であるヤマナが声を上げつつ、俺に質問を投げかける。ま、聞きたい事は山積みだろうて。
「まず、ここの安全性に関してなのですが」
「一切、気にする必要はない」
「……ありがとうございます」
こればかりはチートである魔力無限の恩恵だ。
我ながら本当に滅茶苦茶だと思うよ。
「では隊長について、ご説明頂けますか?」
「ふむ。簡単に説明するに、奴隷紋を俺で上書きする事に成功した」
「なっ!?」
「は!? あ、アンタまさか隊長を……」
「そうだ。彼女は今俺の所有物となっている」
「では……」
「少なくとも、先の連中との関わりは既に断てているだろう」
「な、なんと……一体どうやって……」
「で、でもアンタが隊長の、ライリス隊長を奴隷として所有するってのは聞いてないわよ!!」
「フィオ、キミはこの功績が理解出来ない程愚かでは無いと信じたいのだが?」
「……!? ヤマナ副長……。はい、そう……ですよね。ごめんなさい」
ワーワーモノ煩くなりそうだったフィオをヤマナが制し、それによって空間に静寂が訪れる。俺が話しても大丈夫そうだな。
「そして所有者となった事で俺はコイツの体内に捩じ込まれていた媚薬や麻薬といった毒物や薬物の一切の影響を浄化した。彼女の身体は既に寛解している。健康そのものだろう」
「え!?」
「ど、どの様に……というのを聞くのは野暮ですね。ありがとうございます」
「いや、状況の打破に於ける副次的な効果に過ぎん。礼を言われる内容ではないさ」
俺の言葉を受け、改めてブラックファルコンの面々がフィオに支えられるライリス周りへと集合し、彼女の顔を覗き込んだ。気を失ってしまった彼女のその表情からは疲弊こそ伺えても、既に毒性のダメージを伴った雰囲気は見られず、全員が安堵の空気を漏らしていた。そして、口々に「良かった」と、そう溢していた。
「で、では……」
「あぁ。後はこのままここで一日待機し、スタンピードの収束を待ってからダンジョンを脱出する」
「残る脅威は……」
「ダンジョンの出入り口だな。人為的な事件の可能性を懸念した金持ち連中の息のかかった誰かが張っていた場合、くらいではあるが。恐らくその可能性は相当低いだろう。どう見ても完璧なスタンピードだった、疑い様もない。みんな良くやってくれた」
「終わったかぁー」
「良かった、隊長を助けられて本当に良かった……」
俺の言葉を聞いたブラックファルコンの一同、そしてルクレティア、リーシャンローメイ、それぞれが遂に肩の力を完全に抜き、全員がその場で崩れ落ち、漸くのひと段落を迎える事となった。
まだ完全な終結とは言えんが、問題となり得る箇所はほぼほぼ越えたと考えて良いだろう。
やれやれだ。




