【第七話】ルクレティア-その1-
私の故郷はとても貧しい村でした。獣族の一種であるウルフェンヌとして産まれた私は、父、母、そして妹が2人と、裕福で無いながらも幸せに生活しておりました。
母は主婦をしており、いつも一緒に居てくれました。周囲の皆さまから『お姉ちゃんはお母さん似だね』と言われるのが凄く嬉しくて、母の髪型を真似たりするという、そんな関係です。また父は冒険者という職業をしており、時折村を離れては稼ぎを持って帰るという出稼ぎの様なスタイルでお仕事をしておりました。なので『冒険者は良いぞー、何せロマンがある!』といった話や『パーティという物が存在してな、これが中々に便利なんだ。例えばー』の様に、私たちに仕事であった話を聞かせてくれており、私たちはそんな父の話を聞くのがいつも楽しみで、帰りを待つという日々を過ごしていたのです。
しかしながら、そんな幸せは長く続きませんでした。ある日の朝、まだ皆が寝静まっている様な状況に、突然魔物の群れが現れ村を襲ったのです。父を含んだ男の人達が果敢に迎え撃ってくれた為、村は何とか持ち堪えましたが、その時の戦いで父は亡くなってしまう結果に。母も私も妹たちも、みんなで泣き続けていましたが、本当の苦難はその後に訪れたのです。
父の死によって我が家は精神面と経済面の支柱を失う事となり、文字通りどん底の生活が始まりました。これが想像以上に厳しい毎日となったのです。
姉妹総出で食べられる物を一日中探し回り、泥に塗れ、ゴミを漁り、稀に小動物を捕まえたりもしました。皆段々と痩せこけていき、そんな限界の状態であっても何とか餓えぬ様、毎日必死に生活を続けていた。そんなある日の事。
奴隷商人が私たち家族の前に現れたのです。
「ほぉー、こいつは上物だ。カスとは言え魔法まで操るとは、上手く騙せば高くうれるやも……ウヒヒ」
人の顔を掴み、まるで値踏みをするかの様にジロジロと。そして、私たち家族に最悪の決断を迫ります。
「この娘を奴隷として売るのなら、銀貨五十枚出そう」
銀貨五十枚、それが私に付けられた値段でした。普通ならば絶対にしない取り引き。銀貨五十枚では家族全員が一ヶ月食えるかどうかと言ったレベルの値段。そんな話、聞ける筈もありませんと母は一蹴してくれました。しかし、奴隷商人は言いました。
「来週この時間にまた来る故、それまでに考えておく様に」
卑しい笑みを浮かべ、その場を去った奴隷商人に何を言う事も無く、私たちは拒絶の意を示しました。最悪このままでも何とか食えているのだから、今まで通り暮らしましょうと、母とは話を終えていた。正直、ほっとしました。自分が犠牲になる事で皆が助かるならと、ほんの少しだけ考えてしまっていたから。
けれど、そんな私たちに運命はどこまでも残酷で。妹の一人が病気になり、薬が必要になってしまったのです。薬の値段は丁度銀貨五十枚。薬がなければ妹は死ぬと言われてしまいました。
私が居なくなるか、妹が居なくなるか。
そんな二択を迫られた私の家族は決断出来ずに居ました。なので私は、自分の足で、自分の意思で、進んで奴隷商人の元へと訪ねたのです。
妹は死んでしまう、けれど私は死ぬ訳では無い。生きてさえ居れば、きっとまた何処かで会えたり、何かが起こるかもしれない。死ねばそれまでで、もう何も出来なくなってしまう。
だから私は、私の存在と引き換えに薬を手に入れました。妹の無事を見届けた後、私は改めて奴隷商人の所へ赴き、奴隷紋を受け入れたのです。
もうこれで、私に自由はない。母を泣かせてしまったけれど、妹が死んでいたならもっと泣いていた筈。だからこれで良かったのです。
そしてその後、奴隷商人は色々な街を転々としながら、ラプリンセの街を目指して移動を続けていました。与えられる食事は最低限で、身体は多少痩せ細ってしまいましたが、前の生活からさして変わりはありません。生きてさえ居れば、きっと。
「お前、小柄な雰囲気して結構胸はあるよな」
「や、やめ……」
「拒否権なんざあると思ってんのか?」
「……」
周囲の奴隷達に視線を送るも、皆が目を伏せるのみで。
「おいハンクス! お前後ろの見張りだろ!」
「へへ、ちょっと気晴らしですよ気晴らし」
「……うぅ」
乱暴に揉みしだかれる胸は、痛みを訴えるばかりで。
私は奥歯を噛み締めながら、ただ終わりを待ちました。
生きてさえ居ればいつかきっと……。
けれどそんな私に、運命は更なる試練を与えるのです。
ラプリンセの街がもうすぐだという辺りで、とある取り引きの時間に迫られていた奴隷商人は、本筋の道を外れ、魔物の多い森の中を走り始めたのです。嫌な予感がしました。そして、その予感は間も無く的中してしまいます。
商団の一行がゴブリンの群れを引き当ててしまったのです。大量に押し寄せるゴブリンの群れ、もしここに冒険者の方が居て、護衛に付いてくれていたのなら、何とかなったかもしれません。しかしこの商団にそんな人達は付いておらず、ゴブリンの襲撃を防ぐ術がありませんでした。私の他にも怯えている【商品】達が泣いて震えていましたが、どうする事も出来ません。
「来い、お前とはここでサヨナラだ」
そんな時、ハンクスと呼ばれていた男が私たちの檻を開けると、私を捕まえてそのまま荷馬車から引き出しました。そして耳元で小さく、『お前の村に魔物をけし掛けたのは俺たちだ』と告げられ、まるでゴミを扱う様に軽く投げ捨てたのです。走り続ける荷馬車から、地面へと。
その瞬間に理解しました。
私は嵌められていたのだと。
その上で、切り捨てられたのだと。
そしてそんな悲劇について何を考える余裕も無いままに、次なる現実の恐怖が私の身に迫っていました。スローに見える不思議な時間の中、ぼやっとした頭で考えていたのです。ゴブリンの種族には雌が在らず、他の種族を孕み腹に使い産ませると聞いた事がありました。つまり、私の身体を性的な囮とし、この窮地を脱する判断をしたという事になります。
「痛っ!?」
地面は硬く、背中を強く打ちつけ、身体は落とされた勢いでグルグルと回転する。固定されたままの両腕が悲鳴をあげ、足の重りが転がり続ける事を許さず、息をする事も出来ない程の衝撃が私を襲いました。しかしそれも間も無く終わり、私の身体はゴブリン達の真ん中で静かに止まりました。
どちらが上だかも分からない混乱の極みにいる私はその場から動く事も出来ず、しかして私の存在に気が付いたゴブリンたちが荷馬車を追う事を止めて、私の下へと集まり来るのです。目は機能しておらずとも、ニジリ、ニジリに歩み寄って来る気配は分かりました。
そして地面に這い蹲りながら、涙が溢れ落ちる。
死ななければ、いつかきっと良い事が。
そう思っていました。
それに妹が助かるならとも。
けれど、幾ら何でもこれはあまりにも……。
「死にたくないよ……」
心からの声が漏れ出てしまう。
自分はもう助からない。
少なくとも、もう心が……
何を信じて、どう生きていけば。
「やだ……来ないで……」
ただ穏やかに過ごして居たいだけだった。それなのに、どうして私の運命はこんなにもー
「……!?」
「ギギ……」
私に迫るゴブリンは、その背丈に見合わぬ男根を剃り立たせ、既に先端から透明の液体が溢れ始めている様でした。そんな恐怖の塊の様なゴブリンが何匹、何十匹と私ににじり寄って来ている。
死ぬ事も許されない、ゴブリンに犯され、産まされ、ただ飼われるだけの姦淫地獄が間近に迫っていた、
「助け……!?」
正にその時でした。
「じっとしていろ、すぐに終わる」
聞こえる筈の無い、誰かの声が聞こえたのは。