【第六十六話】ブラックファルコン
人通りの多い往来の片隅にて。
余りの熱意を以って捜索を続けていた奴らを無視出来ず、ついついその一端に触れてしまった。俺を捉まえた事で網状に拡がっていた他の面々も此方に集まり始めている。しかし、まさか僅かとは言え俺が関わりを持っていた件だったとは驚きだ。
俺は逸る捜索者達を宥めつつ話が出来そうな場所へと移動する事を提案した。そして場所を移す事数分、ちょっとした広場で椅子とテーブルのある場所へとやってきた。
「そ、それで何をご存知なのでしょうか?」
「恐らく、存在を眩ませた最後の夜に目撃している」
「な!?」
「何処で見たの!! 早く教えなさい!!」
「何でも良いですから!!」
テーブルを挟んでの会話。だがそのテーブルに身を乗り出して俺はと凄む橙髪の少女。短めの髪を後頭部で乱暴に一括りにして色気のカケラも無い様な髪型をしているにも関わらず、やや強気で美形な顔と相まって中々に魅力的な人物。また彼女以外もテーブルの周りから前のめりに話の行く末を見守っている。
「中央からやや南に外れた安い宿があるだろ?」
「大通りから少し外れた青い暖簾の宿か?」
「正しく。三日前か、或いは四日前か。その宿の前の道で真夜中に一人夜風に当たっていたのだが、丁度件の人物がその道を通ってな」
「あんな道を!? いや待てよ……」
もう一人、テーブルを挟んで椅子に座る男は顎に手を当て、何かに思い至ったかの様なリアクションを見せていた。こちらは落ち着いて話が出来そうだ。続きを話させて貰おうか。
「因みに、少し会話もした」
「え!? どんな会話を?」
「たわいもない世間話だ。印象としては希薄というか、やや自棄に陥っている様に思えた」
「な、何故そう思われたのですか?」
今考えれば件の人物の振る舞いは不自然極まりないものがあった。あんな真夜中にあれ程の実力者が諦めたかの如く死地へと向かっていたというのだから。他者だと思い踏み込み過ぎない判断だったのだが、改めて考えるにもう少し事情を聞いても良かった様に思う。たらればを言い出せばキリがないのだが。
「死地に向かう道すがら、といったニュアンスの発言があった記憶がある。具体的な台詞までは思い出せないが」
「何で止めてくれなかったのよ!!」
「ーっ」
「貴方がそこで止めてくれていたら、隊長は……」
「大丈夫だルクレティア。気持ちを汲んでやってくれ」
「ご主人様……」
我慢できなかったのか、テーブルから身を乗り出してそのまま俺の胸ぐらを掴み、引き寄せる橙髪の少女。ルクレティアが間に入ろうとしていた為手を出してそれを制する。状況が状況だ、多少は仕方あるまい。それに美人に凄まれるというのも中々に悪くない。
「それで、方角的にはどっちに向かってましたか?」
「南だ。俺の持つ情報を整理すると、朝も近付いてきている程の夜中に間も無く来る死を暗示させる発言をする女が南へと歩みを進めていた。これで全てだ」
「そんな時間にそんな道を通っていただって? ……くそっ!! だから情報が集まらなかったのか!!」
「副隊長……」
先に出会ったあの美しくも儚い剣士。彼女程の人物に限ってまさかとは思うが、だからこそ万が一があるなら行動するのもやぶさかではない。
動く理由は単純明快、勿体無いからだ。
「もし良ければ、事情を聞かせて貰えないか? 袖触れ合うも多生の縁というやつだ。過度な期待には応えられないが、出来る限り協力しよう」
「……分かりました、経緯を話させて頂きます」
それに既にここまで関わってしまったしな。もう無関係では居られまいて。そうして俺は事のあらましを掻い摘んで説明して貰った。
端的に纏めると、貴族から多額の報酬を先払いされていたにも関わらず、護衛対象の息子を死なせてしまったらしい。確かに重責の伴う問題ではあるだろうが、こいつら程の実力があって何故そんな事態に? という所がミソなのだろう。察するに、何か居た堪れない事情があったのだろう。
だが、聞くにしっかり嵌められており、現状向こうに正当性が様に思える。ここから挽回するとなると至難だな。
「と、概ねこんな感じの解釈で齟齬はないか?」
「そうなります。ですがこれで強く行動に移せそうです」
「……どうする気だ?」
「十中八九、マッケン・ハーキンスという貴族が関わっております。隊士を集め、対応を求め様と思います」
……それは悪手だ。そこから何かが間違えば芋蔓式に別の誰かも犠牲になりかねない。そも、こいつらブラックファルコンを生かす為に隊長は自ら進んで【犠牲】になる事を選んだのだ。そしてそれはやはり、覆らない状況と判断しての事だろう。何をやるにしても、もっと慎重にならなければならない。
「お前らはそいつらに借りがある状態たのだろ? それをチャラにしてお前らを守る目的で隊長は行動した。今お前らが取ろうとしていたその手段はそれらを無に帰す行いなのでは?」
「じゃあどうしろって言うのさ!!」
「ーっ」
「分かってるのよ私たちだって!! けどもう何をして良いのか分からないの!! このまま隊長が戻らなかったら私……」
だが慎重過ぎても時既に遅しとなりかねない、か。眼前の少女は既に涙で顔がぐしゃぐしゃだ。……本当に、権力持ちと関わると碌な事が無いな。
「それは、正規の契約として起こり得る事態なのか?」
「どういう事でしょうか?」
「一応ダメ元で聞くんだが、何かしらの規則違反として正当性を持ってしょっぴく方法は取れないのか?」
「恐らく個人同士の取り引きの範疇でしょう。ギルドや自警団の動きは期待出来ません」
無理、か。だからと言ってこの話にここまで関わっておいて、今更知らぬ存ぜぬを決め込む訳にもいかない。一度やると決めた事だ、これもまた一興よ。イベントが尽きなくて大変よろしい。
「ならばー」
「え?」
「少し乱暴な手段に出るしかないという訳か」
「だから奴の屋敷に押し掛けてー」
「いや」
ここで俺は意を決して考えを述べる事に。
「バレぬ様侵入してみよう、貴族の屋敷に」
「……は!?」
「まずは情報を集めるんだ。情報戦でせめて互角になってから勝負に出なければお話にならないだろ?」
「でもどうやって……」
「任せろ、俺に策がある」
「……え?」
涙で消え入りそうな少女が、僅かな希望を見出したかの様に俺を見つめている。そんな目で見るな、俺はまだ何も為してはいないぞ。
「あ、貴方がやってくれると言うのですか!? つい先程まで見ず知らずの我々の為に、貴方が!?」
「袖触れ合うも他生の縁と言うだろ?」
「ですが……」
だが、やると言ったからにはやってみせよう。
「ねぇお願い……私じゃ隊長の想いを尊重した助け方が思い付かないの……。私はどうなっても良いから……隊長を助けて」
「……やれるだけやってみよう」
状況を考えるに、事は数日前。
或いは既に……。
いや、まずは情報だ。




