【第六十三話】少女の告白
その日の少女は浮かれていた。
「はぁ……僕だけ……かぁ」
家を持つという事。それはかつて彼女らがまだ森で生活して居た頃の安堵の記憶に他ならない。そこには安心や幸せの全てが詰まっており、見知った顔しか存在しない安全が確約された、心休まるプライベート空間。
「ご主人様の部屋、綺麗にしておかなくちゃ」
掃き掃除から拭き掃除。ここに至るまでの日々で、掃除は頻繁に強要されていたので手慣れたものだ。だがそんな彼女は手際良く掃除を進めつつ、ふとした瞬間につい物思いに耽ってしまい、その手を度々止めてしまっていた。
「僕、今夜はこの部屋でご主人様に……はぅぅ」
顔を紅色に染め、熱を帯びる自身の昂まりを抑えられず、その時を待ち侘びる少女は只管に悶々とした時間を過ごしていた。
「帰ったぞ」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「お、やっているな。ありがとうローメイ」
「あぅ、お、お仕事ですので」
家の近くから魔力の気配を覚えたローメイは作業を一時中断し、玄関にて買い物から帰還した主人を出迎える。その場で己が頭部を主人に撫で回され、その擽ったい感触が頭から背中へと飛び火し、身体全体がゾクゾクとした感覚に襲われるローメイ。僅かに隆起した乳頭が歩く度に擦れて身体がこそばゆい。幼い少女の身体は既に臨戦体制となっていた。
そんな彼女の状態など露知らず、その後四人は軽く食事を取り、そして其々の部屋へと散開する。自室で身体を清め、衣服を取り替えようと服を脱ぎ、次に下着に手を掛けたローメイ。
「ぇ……こんなに……」
自身の皆内から溢れ出る欲望の肉汁が純白のショーツをビチャビチャに汚しており、我が事ながら余りの状態に頭がクラクラしてしまうローメイ。
「はぁ……はぁ……どうしよう、何だか緊張してきたよ……」
胸元に集められた両腕は胸は高鳴りを一層強調し、これだけ火照った身体であれば今下着を替えようとも数刻と経たぬ間に【あぁ】なってしまう事は自明の理。逃れられない羞恥の未来にただ心と身体が追い詰められていくローメイ。
「ご主人様……」
だがこの時の彼女は不思議な感情に包まれていた。かつての主人の下、長い地獄の奴隷期間を過ごして居たローメイは、この様な場面は幾度となく経験していた。故に、擦り切れた彼女の精神で、今更この程度の状況は心を波立たせる事無く軽く熟して当然なのだ。
だが彼女は只管に追い詰められていた。
ならばそれは何故か。
「ご主人様ぁ……」
答えは明白、彼女が既に己が主人に恋をしてしまっていたからに他ならない。これは彼女自身、未だかつて経験した事ない感情。好きな人の前に行くのが怖い。己を晒す事が怖い。失望される事が怖い。これは今まで経験してきた怖いとは訳の違う恐怖。
芽生えてしまった新たな心が、少女を恐怖で包み込んでいた。故に少女はある物を手に取った。
後生大事に【それ】を胸元に抱きしめた少女は、決意を固め自身の部屋の扉を開け、廊下へと歩みを進める。そしてやがて主人の部屋の前へと辿り着き、そしてー
「よく来てくれた、ん? まぁ入ってくれ」
「あぅ、ご主人様ぁ……」
入り口は自然と開かれ、室内へと誘われる少女。そしてその瞬間、少女は更なる高揚と興奮を覚える事となってしまう。
先の仕事にて、自身が掃除した筈の主人の部屋。その時はまだ木の匂いが香る所謂【新築】の匂いしか無かった筈なのだ。にも関わらずほんの僅かな時の経過によって、この空間は主人の匂いへと書き換えられてしまっていたのだ。
吸えば肺一杯に満たされる主人の匂い。
少女はいよいよ以って意識が混濁し始めていた。
よく見れば周囲に主人の服や装備が置かれている。恐らくそれらがこの状況を加速させたのだろう。少女はこの空気感に耐え切れなかった。
「それは何だ?」
「お、お酒です……」
「酒? ……酒!?」
故に、酒の力を借りる事にしたのだ。酒は何度か嗜んだ事があった。少女の姿をしていてもローメイは今年で四十六歳。飲酒の機会など幾度となく経験している。それがどれ程の多量だったとしても、口から飲める時などまだマシだったと言えるだろう。そんな経験豊富な少女に対し、慌てたのは寧ろ男の方だった。
「あの……お願いします、一緒に飲んでくれませんか?」
「いや、そ、そのだな……」
涙を溜めた上目遣いのローメイ。普段あまり意見を主張しない少女の懇願。男が敵う筈もなかった。
「少し、な」
「では注ぎますね」
男は異空間収納からコップを二つ取り出すと、少女へと差し出した。そして、そこに注がれるお酒はコップに半分といった所で止められた。
「い、いただきます!」
そしてなんの合図もないままにまず少女がその酒を飲み干したのだ。
「ぷはーっ! ご、ご主人様も」
「……分かった、飲むよ」
観念した男は酒を僅かに口に含み、
「ー!?」
そのアルコールのキツさに気がついてしまう。
(アルコール度数何%だこれ!?)
だが、美しき少女の潤む瞳の前で、まさか酒に臆する訳にはいかなかった。
(南無三!)
飲み干した、飲み干してしまった。
「えへへ、ご主人様とお酒。僕なんだか嬉しいです」
「そう……だな」
少し頬を赤く染めた少女は興奮からのそれではなく、ただ気分良く主人と二人で飲むお酒に上機嫌となっていた。
一方この男。
(嘘だろ……)
徐々にその身に酒が回り、顔は熱を覚え、心臓は早鐘を鳴らし、耳へとその響きが伝わる程の状態となっていた。よく見れば既にても真っ赤に変色してしまっている。
そんな時、急に神妙な空気を醸し出したローメイ。男はその様子には気が付いていたが、錯綜する頭が言葉を見つけられず、ただ少女の発言を待っていた。
「ご主人様、僕何だか最近、怖いんです」
「怖い? 何が、だ?」
「ご主人様と過ごす時間が幸せ過ぎて、またいつか壊れちゃうんじゃないかって。それが凄く怖いんです」
「そう……なのか」
段々と言葉をコントロール出来なくなってきてしまった男は、回らない頭を必死に回しながら、今何を言うべきかを思案していた。当たり障りの無い、無難な言葉を。ただそれを模索していた筈だった。だが酒も相俟った勢いがその言葉の語気を強くする。そしてー
「俺がお前を守る、だから、お前の幸せは、保障してやる」
「ご、ご主人様ぁ……僕ご主人様が、ご主人様が……」
涙目だったローメイは、既にその宝石の様な瞳から一筋の涙を溢してしまっていた。男はその涙を人差し指で拭いー
「どうした、ローメイ?」
「好き……なんです……。好きになっちゃったんですご主人様! 僕、ご主人様がぁ……」
意を決した告白が為される。そして男の返事はー
「俺もだローメイ。だから安心して良いんだ。お前の居場所は、俺の隣りなのだから」
「ご、ご主人様……」
「好きだぞ、ローメイ」
「大好きぃぃご主人様ぁぁぁ!」
彼の理性が機能して居たのは、この瞬間までだった。




