【第三十七話】リーシャンローメイの足跡2/3
最初に気が付いたのはローメイだった。彼女は自身の探った壁の魔力的な違和感に気が付き、それが何なのか確かめ様と魔力を走らせた。それが、崩落の条件に当てはまってしまったのだ。
男達を含めた彼ら五人はその崩落へ飲み込まれ、何処とも分からぬ奈落の底へと叩き落とされる事となった。だが、その崩落にはどうやら同乗者が居た様で。
見た所彼らはたった二人でダンジョンに挑戦していたらしく、素行の悪い戦士たちに絡まれるのをただ呆然と眺めていた。だが、男は毅然としていた。
戦士の男の首元へ剣を当てがうと、次は【殺す】と言い始めたのだ。彼女らは反射的に【それは困る】と思ってしまった。何故なら主人の死とは、奴隷の死でもあるからだ。
だがしかし次の瞬間、状況は一変する。
少女たちは魔力に敏感であった。故にそこには確かに何も居なかった。だが轟音と共に、その空間内に二つの物が落下してきたのだ。
一つは出入り口を塞ぐ大岩。
もう一つはミノタウロス、その【ブラッディ種】である。
その圧倒的な存在感、一周りも二周りも実力差のある化け物。奴らの出現と共に、彼女らは自身らの死を悟ったのだ。
まず、戦士たちでは勝てないだろうと予想が付いた。ついでに言えば同乗者である男女にも勝てるビジョンが浮かばない。
であれば、戦士たちは必ず自分達を囮にするだろう。故に、戦士達が死のうとも、逃げ延び様とも、少女達の死は確定したも同然の状況となっていた。
だが、ここで完全に予想外の事態が発生する。
同乗者である男が、自分達二人の譲渡を要求してきたのだ。
擦り切れ、汚れ果て、最早人としての尊厳など何一つとして残さない、塵一つの価値にも満たないと考えていた自分達を引き合いに出し、共闘を申し出たのだ。
そして、戦士達はこれを受諾した。これによって二人は当人の意思を他所に、三度主人を変える事となったのだ。だが、主人が変わったから何だと言うのだ。死が目前に迫ったこの状況をつぶさに見れば、それは些細な変化と言えるだろう。だからこそ戦士達もこれに応じたのだ。
だが、意外な事に男を含めた戦士達四人は善戦していた。或いは、このままいけば勝ててしまうのではと思える程に。と、淡い希望を持ち始めていたその時。
ブラッディミノタウロスが本気になったのだ。
奴は端から化け物であったにも関わらず、未だ全力を尽くしてはいなかったのだ。戦士の一人が死に、二人が死に、遂に三人共その場で力尽きた。奴隷としての所有権が移管されていた為、少女達は未だ存命。だが絶対絶命の危機である事に変わりはない。かつての主人が死んだ事に何の意識も避けない程の緊迫感が続いた。
そして男の仲間である女も戦いに合流した。その様子を見るに彼女も中々に強い。だが、だからといってこの戦況を覆せる程の物では無かった。やがて女はミノタウロスの攻撃に吹き飛ばされ、自分達の近くへと転がってきてしまう。
反射的に、手元にあった回復薬を使った。仲間だから、生存の可能性の為だから、そんな考えは一切持ち合わせていなかった。ただ単純に【助けたい】と、そう思ってしまったのだ。
だがそんな彼女らの行いも虚しく、二人の姿をチラリと横目に見た男は、この劣勢にあって遂に戦いを諦め、
剣を捨てたのだ。
終わった。
死ぬんだ。
この期に及んで生きたいなどと考えてしまった。
だからこんな目に合うのか。
自分達はあの男の死後、ミノタウロスに犯される。
自分達の足一本よりも太くて長いイチモツを聳え立たせたミノタウロスは、吹き飛んできた女と共に、自分達三人を見て僅かに笑った、様に見えた。
その時だった。
身の毛もよ立つ様な悍ましい魔力が空間内に解き放たれたのだ。
何だ、魔王でも現れたのか?
魔王など見た事もないが、そうとしか考えられない。
それから暫くー
空間中を埋め尽くす勢いで拡がり続ける膨大な魔力量に、少女達は息をする事すら忘れ、ただその戦いに見惚れていた。
そう、魔力の発生源、その主は件の男からだったのだ。
あんなもの、勝てる訳が無い。
いつの間にか少女達はミノタウロスに同情していた。
どれだけ剣を振ろうとも当たらず。ただ水で受け流しているだけのそれが、まるで奇跡を目撃しているかの様な異様さを孕んでいた。一転、あれだけ恐怖の対象だったブラッディミノタウロスをして、子供の児戯に見えるのだから、この光景は恐怖以外の何物でも無かった。
そしてやがて、地面から天から無数の氷柱が出現し、ミノタウロスを襲い始めたのだ。まず密度が高過ぎる、あの氷は恐らく凄まじく硬い。更に数が多過ぎる。範囲が広過ぎる。そして生成速度が速過ぎる。どれをどう考えても人に許された領域を遥かに逸脱しており、ミノタウロスがどうにか出来るビジョンが浮かばない。
恐ろしかった。得体のしれない何かと出会ってしまった。そして、そんな男に所有されてしまった。
この窮地にあって、ミノタウロスに犯される事以上の危険や恐怖がこの先待ち構えている。自分達の人生は本当の意味で終わったのだと少女達は確信した。




