【第十八話】宵闇のルクレティア
遭遇したパーティの戦士たちはそれぞれ17〜19レベルと、そこそこ戦えるメンバーで揃えられているが、魔法使いである双子の少女たちのレベルは僅かに7。戦士たちの慣れからは考えられない程にレベルが低い。恐らくパーティに組み込まれていないのだろう。
「あ? 何だテメーは。やんのか?」
「いや、ここのゾンビウルフを狩っていただけだ。魔石を拾うタイミングだったので少々警戒した。許せ」
「ゾンビウルフの魔石なんざ奪う訳ねーだろ雑魚が」
「どうやらそうらしい。無用な警戒を謝罪する」
「次やったら斬るからな。オラぼさっとしてんじゃねぇ!」
「ヒッ!?」
「ぐぅっ!」
首に輪を嵌められ、鎖を繋いだ状態で少女達は管理されていた。さながらペットの小動物の様な扱いだ。
「魔力が使えんのはテメーらだけだっつってんだろ! とっとと探索しやがれ!!」
「……はい」
「……はい」
何かを探索している?
ここは二階層のやや奥張った場所に位置しているが、恐らく調べられた後だとは思うんだが。それとも俺の知らない何かがあると?
いや、どうせならその可能性で思考を進めよう。
「ご主人様。あまりお気を煩わせません様、お願いします」
「ん? どう言う事だ?」
「あの様な景色は、この辺りでは茶飯事ですので」
「そうなのか。覚えておくよ」
まぁ首を引いて無理矢理能力を行使されられているくらいなら及第点か。ルクレティアの言う通り、気を煩わす程でも無いだろう。
ならば、やっていた行動に着眼するに。壁面を触りながら徐々に進み、それを魔力を扱える少女二人にさせていた。戦士が何も加担していなかった所を垣間見るに、恐らく魔力でのみ看破できる何かしらの仕掛けやトラップがある、と考えるのが妥当か。
四階層を調べ尽くした結果、他の階層の見落とした仕掛けを改めて探索していた。とするのなら、魔力を行使できない点を、奴隷を使役する事で突破しようとしていると。そこまで考えると、彼らは冒険者として正しく活動していると言えるな。気分は悪いが。
さてそれはその辺りで良いだろう。俺たちは俺たちで今やるべき事をより丁寧にこなしていこう。まだ死にたくはないからな。
*
「かなり稼ぎは安定してきましたね」
「確かに、宿や飯の心配は当面必要なさそうだ」
その日討伐した魔物たちからのドロップである幾つかの見慣れない物をギルドで売却し、今日の稼ぎとして銀貨を獲得した俺たちは、宿を目指してのんびりと歩いていた。低層階の魔物からのドロップはゾフィーやスティーブンに教わっており、概ねどれくらいの価値かも聞かせて貰っている。銀貨何十枚分というドロップを彼らに献上したが、それを差し引いても価値のある時間だったと言えるだろう。
因みにダンジョン内の魔物討伐はギルドの依頼クリアの条件には含まれないらしく、ダンジョンで稼ぐ場合は魔物からのドロップを拾い、雑品をギルドに、また日を改めて魔力供給センターにて魔石を売却する事で賄われる。
俺たちは雑品の売却だけで今日の稼ぎは賄えている。故に魔石の売却が為せた時は、装備を整えようかと検討中だ。
とは言え長時間ダンジョンに潜っていると、本来レアである筈の雑品ドロップもそれなりに出てくれる。故にお金に関しては割と問題なさそうという状況まで辿り着く事が出来た。後は魔石売却後に装備まで整えられれば、油断しなければ死を予感する事態は早々無さそうにはなってきたな。良い傾向だ。
「ご主人様、今日のお食事はどうなさいますか?」
「そうだな……奴隷を席に着けても違和感の無い店があると良いんだが」
「うぅ、申し訳ありません」
「こちらこそだよ。そんな扱い、したく無いと言うのになかなかに儘ならなくて悪いな」
「そんな勿体無いお言葉……ありがとうございます」
「気にするなって」
そんな時、奴隷を連れた人物が普通に店に入っていくのを目撃し、その人物が店内で奴隷を席に座らせたのを視認した。あの店なら良さそうか?
「あそこ、どう思う?」
「恐らく値段的には、安く無いが高くも無い、という雰囲気に思えます。私、外食はほぼ初めてなのですが」
「ふむ、そうなのか? まぁ大丈夫か」
俺たちはその店へと足を踏み入れ、初めての外食を試みた。異世界へ来て三日目、早くも外食とは我事ながら良い身分だな。
*
「ごひゅじんしゃま、わらしなんでもしましゅぅ〜」
「お前、酒に弱かったのかよ……。なら何で飲み切ったんだあのグラス」
「だってぇ〜おかれはらっらのにもったいないじゃないれすかぁ〜」
店は思っていたよりもリーズナブルで、その上酒まで提供してくれるとあってかなり満足度は高かった。食事も美味かったし、何より奴隷に対して偏見が無かった。こんな店があるのだな、知れて良かった。また来たいと思える程に良い時間を過ごさせて貰い、有難い限りなのだが。
「おい、引っ付きすぎるな」
「いゃらぁ〜ごひゅじんしゃまぁ〜」
「おまっ!!」
たった一杯酒を飲んだだけでルクレティアがこうなってしまった。事前に『お酒なら飲んだ事があるので、もしよろしければご一緒させて下さい』などと凛々しく言い放ったルクレティアが、眼前のへべれけ少女と同一人物だとは中々に認識し辛い。何故これで飲もうと思った。
腕に絡み付き、吐息は荒く、足取りも覚束無い状態で蛇行しながら牛歩の如く進むルクレティア。常に前屈みになっており、胸元がかなり危うい事になっている辺り非常に危険だ。勘弁して欲しい。
「ほらもうすぐ宿だ、頑張れ」
「わらしはがんばってます! ずっとがんばってました!! ふーんだ!!」
「分かったから……」
怒られている、かと思えば。
「ぐすん、なのにわらしはどぉしてこんなに……」
「往来で泣くなって、もう着くから!」
「ごひゅじんしゃまぁ〜もぅわらしにはごひゅじんしゃましかいないのぉ〜なんでもしましゅからすてないれ〜」
「捨てないから! 何でもするなら歩け!!」
「それはできましぇん〜」
「何でもするって何だったんだよ!!」
「うぇ〜んごひゅじんしゃま〜しゅきでしゅ〜」
気が付けば泣き始めている。
何なんだ本当に。
首に絡み付いてきたルクレティアは、俺の目の前で荒い呼吸で俺を見つめている。その至近距離にてルクレティア自身が自分の唇を舐める動作するものだから本当に艶かしく、プルンと音を立てそうな唇は一瞬の兵器の様に思える。更に、同時に視界に入る緩い胸元から覗き見える谷間のせいで俺まで変な気分になってきた。酔ってないのに空気に酔いそうだ。
そして、千鳥足のルクレティアを引き摺る様に歩かせ、何とか宿の自室へと帰還する。
「着いたぞ、もう寝……おぉい!!」
「ふぇ?」
「……」
入室すると同時に次々と衣服を脱ぎ捨てるルクレティア。あっという間に純白の下着姿へと変貌し、窓から差し込む月明かりに照らされた獣人の彼女は、芸術的な程に美しくて。思わず、呼吸する事すら、忘れてしまっていた。
「ねぇ、ごひゅじんしゃま」
「……なんだ?」
「どうぞめしあがれ?」
ベッドの前へと移動し、俺の方へと向き直ると、両手を突き出し、ベッドへと誘おうとするルクレティア。いや、待て待て。酒は飲んだが俺はそれ程酔っていない。今ならまだ理性が……。
「もぅ!」
「わっ!!」
服を掴まれ、無理矢理ベッドへと引き摺り込まれる。
あられも無い姿でベッドに横たわるルクレティアと、彼女に覆い被さる様にベッドへ転がり込む俺。腕と膝で彼女の真上で四つん這いとなり【ギリ】理性で耐えている、だがこの位置から見えるルクレティアは……、いくらなんでも可愛すぎて……、
……あれ?
そういえば俺、何で耐えてるんだ?
「ねぇ〜ぇ〜わらし、しょんなにみりょくないれすか?」
「……馬鹿言え、可愛すぎてどうにかなりそうだ」
「ふふ、うれひぃ」
そして俺の理性が仕事をしていたのは、ルクレティアの次の台詞を聞く直前までだった。
「こんやはいっぱぃいーっぱぃ、かわいがってがってくらはぃ」
そう言いながら、俺の首に腕を巻き付けて顔を引き寄せ、ルクレティアは唇を重ねてきたのだ。接触した唇から伝わる情熱とも称せる彼女の温もりと、少しアルコールの匂いがする吐息。そして、彼女の唇のあまりの柔らかさに。
俺の理性は、カケラも残らない程に霧散した。




