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いのちのお話

剣の道

作者: 浮き雲

こういうものも書いてみました、という短編です。歴史ものというよりは時代ものといったほうが良いような気がしますが、殺陣のシーンは、ほとんどないので盛り上がらないものになっています。

 


 とある宿場町の外れの険しい谷合の庵に、日本一の剣豪になることを望み、過酷な修行を自らに課した若い武士が住んでいました。彼は自給自足をしながら、水を切り、岩を打って剣技を磨き、何時間も禅を行っては気を練り続けました。

 やがて、若者が壮年の男となり、その技と英気が混然一体となった頃には、彼は巨大な岩を断ち、気合だけで飛ぶ鳥を落とすことができるようになっていました。

 剣を極めることは、変わらぬ男の願いでした。ただ、都から遠く離れた辺境の地では、男が、存分にその腕を試せる機会もありません。

 『別に立身出世を望むわけではないが、都に出て天下に己が剣技を問うてみようか』と、男が思い始めた、そんなある日、男は、世に高名な剣聖と呼ばれる男が近くの宿場に逗留しているという話を耳にしました。


 『これまでの修行の成果を試す、願ってもない機会だ。ぜひ、手合わせをしたい。』そう考えた男は、剣聖が逗留する宿に向かいました。そして、礼を失しないよう、宿の主に書面で取次を願いました。

 もちろん、断られるかもしれないと考えていました。すでに名声を得た剣豪が、無名の男と手合わせをすることに、何の利点もありません。修行によって、精神も鍛錬された男には、正確に物事が見えていました。

 ところが、意外にも剣聖は、気軽に応じてくれるというのです。日取りは、明日ということも決まりました。


 もちろん、宿場は、この話題にもちきりとなり、試合う場所となった、宿場の外れの草原(くさはら)には多くの見物人たちが詰めかけました。

 筋骨隆々とした男が、たすきをかけ、股立(ももだ)ちをとって試合の準備をする中、あらわれた剣聖は、すでに壮年を過ぎて、老人といってもよい白髪です。何の気負いもなく、平然と男の前に進み出ると、草原に落ちていた棒切れを拾い上げ、何度か振り回すと、満足したようににっこりと笑って、すたすたと男の間合いに入り込んで、正眼に構えました。


 男は慌てました。剣聖が入ってきたのは、一撃のもと勝負が決する間合いだったのです。慌てて飛び下がると、男も正眼に構えました。すると剣聖は、また、すたすたと間合いを詰めます。すると、男が飛び下がる。その繰り返しです。

 見物人がざわつき始めました。これでは、どう見てもたくましい男のほうが、剣聖に追い詰められている構図です。


 『やはり、年は取ってもすごいものだな』、『あんなたくましい大男を苦もなく追い詰めている』。

 男には、そんな周りのざわめきは聞こえませんでしたが、なんの躊躇(ためら)いもなく、互いの一刀で生死が決する間合いへと入ってくる剣聖の得体の知れなさに困惑を覚えていました。

 もとより、死は覚悟の上です。剣聖と名高い人物と試合をして、力足りずに死すのであれば本望、勝てば、自身の剣技が開眼するだろうと考えていたのです。その一念が、男に落ち着きを与えました。

 そして、男は、冷静に剣聖を見詰めました。何とも隙だらけです。ただ踏み込んで、剣を振り下ろせば、すぐに両断できそうです。男は、剣聖に向かい声をかけました。


 「御身は、もはや老いてしまわれたか。剣技をお忘れか。」


 すると、剣聖は、再び笑いました。


 「なんの、老いたるは確かなれど、貴殿に切られるほどでもあるまい。遠慮なく剣を振るわれよ。」


 「御免。」


 男は、上段に振りかぶると、乱れなく一歩を踏み出し、剣聖を両断しました。その姿を、男は確かに見たのです。

 でも、気がつけば、目の前に剣聖の骸はありません。すでに、剣聖は左手に身をかわすと、のんびりと正眼に構えていました。

 男は、油断なく構えていましたから、返す刀を横に払いました。今度こそ、そう確信した男がからだを捌き、構えを直した時には、剣聖は緩やかに、踊る様に優雅に、二歩、間合いを下げていました。

 そのあとを追うように、男の刀が切った草が風に流されていきます。


 「どうされた。遠慮はいらんと申したはずだ。さあ、存分に剣を振るわれよ。」


 「もとより。」


 それから、男は剣を振るい続けました。剣聖は、それを見切り、わずかな身のこなしで男の撃剣をかわし、その構えが崩れることはありません。小一時間も重い刀を振るい続けた男は、息が上がり、とうとう、構えを崩して打ち下ろした刃で地面をたたいてしまいました。

 それをみた剣聖は、するすると間合いを詰めて、男の頭を、棒切れでポンと叩きました。そして、笑いながら男に言いました。


 「この勝負、儂の勝ちでよいかな。」


 男は、剣聖の言葉に我に返ったように、そこに正座して頭を下げました。


 「参りました。私の負けでございます。御身と試合うなど、慢心この上なきことでございました。本来、武士の試合は真剣勝負。棒切れで撃たれたとはいえ、切られたも同じ。すでに、なき命と考えております。」


 そう言って、片袖を脱いで刀を返し、男が腹を切ろうとした時です。剣聖が、その手を掴んで止めました。


 「死に急ぐことはあるまい。剣技ならば、もはや、儂の負けじゃ。貴殿が、儂を切れなんだのは、ひとえに、貴殿の殺気のせいよ。

 貴殿は、儂に勝とうと試合に臨んだ。儂を切ることしか考えていなかった。その殺気が手に取るように、貴殿の動きを教えてくれたのじゃ。だから、貴殿は技に負けたのでもなく、儂に負けたのでもない。自身の心のありように負けたのじゃ。」


 なんといっても、男は過酷な修行を重ねていましたから、剣聖の言うことが良く理解できました。それとともに、ひとりで技を磨くことの限界を知った気がしました。そこで、男は居住まいをただすと、深く頭を下げたまま剣聖に向かって言いました。


 「良い教えをたまわりました。拙者、こころより感服仕りました。かくなる上は、御身の弟子として、修行の道を極め得る機会をいただけますまいか。何卒、よろしくお願い申します。」


 男の様子を見た剣聖は、会心の笑みを浮かべました。


 「貴殿に教えるべきことは、すでに、いまの試合で伝えた。貴殿は、剣で打ち倒すもののみをみて、これまで修業をしてきたのじゃ。その成果は、すでに、十分、貴殿の手の内にある。

 これより修行を進めるのであれば、その剣が生み出すものを探すことじゃ。さすれば、おのずと、貴殿の殺気は消え、融通無碍の刀法を会得することとなるじゃろう。

 その折、儂が、まだ、息災なれば、こちらより願ってお相手仕ろう。」


 そして、また笑いながら『ただし、棒切れ同士でな。切るより、切られるより、極めし者同士、合い打つことこそが、(まこと)の剣の醍醐味じゃ』と言って、去っていきました。残された男は、そのうしろ姿に深々と頭を下げながら、そっと涙をぬぐいました。


 その後も男は、山にこもって修行を続けましたが、その名声は一向に上がりませんでした。ただ、時折、残虐な野盗を退治したのがこの男らしいということや、男の庵への道筋を尋ねる人品卑しからざる武士たちが絶えぬことなどが宿場の人たちの噂話に上るくらいでした。





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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなしに、木鶏を思い出すような。 天下に広く名は知られねど、知る人ぞ知る存在にはなれたということでしょうか。
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