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俺の頭の悪魔

作者: 尾高 凛斗

 

『ほら、これ欲しいだろ?親に"参考書が欲しい"とか言ってさ、金もらって買おうぜ。』



 新作のゲームを眺めていると、頭の中に声が聞こえる。


 まただ。こいつはいつもいつも…


 いつからか、たまにこうして声が聞こえるようになった。


 こいつは毎度、悪事を勧めてくる。


 財布を拾った時に出てくる天使と悪魔のようだ。

 …悪魔オンリーだが。


 さっさとその場から離れると、もうこいつは喋らない。



(ほんと…なんなんだろうなこれ。別に俺の頭がどうかしてるって訳じゃないみてーだもんなあ…)



 初めは混乱して、診断を受けに行ったりもしたが脳にも耳にも異常はなかった。


 中2のころだったから、不思議なことが起きてんだなあみたく割り切ってしまった。


 親に心配をかけ続けるのも嫌だったし。








「おはよー」


「よっ」



 学校について、いつも通り友人と挨拶を交わす。



「なぁ、聞いたか?」


「おん?」


「太田、彼女できたらしいぜ?」


「まじ?…あいつゲームにしか興味なさそうだったのにな…」



 太田は同クラスの男子で、ゲームオタクという言葉が嫌と言うほど合うやつだ。


 そのプレイスキルは恐ろしく、男子からは尊敬され人気も高かったが、女子とはあまり関わらない人だった。


 うちは進学校で、あまり生徒が恋愛するという感じではないから尚更だ。



『お前も彼女欲しいよな?作っちまえよ。太田にできたんだからお前にもできるぜ?』



 あいつの、声。


 また来た…というか



(進める内容が微妙だろ…あと太田に失礼だこいつ。…まさかできるとは俺も思わなかったけど。)



 変なやつ。


 たまにこんな感じで 別に良くね? ってことを勧めてくる。



「てかさ、お前は長島、好きだろ?告っちまえばいいのに。」


「…え、美奈?別に好きでもねえと思うけど。」



 虚勢を張ったわけではない。


 本当にそういう感情は抱いてない。…と思う。



「そうか?お前も太田と同じくらい女子に興味なさそうだけど、あいつと話してる時はすげー楽しそうだし。いけると思うぜ?お前良いやつだし。」


「うーん…まじでなんとも思ってないんだけどな…面白いやつだとは思うけど。」


「おもしれー女、的な?」


「イケメンキャラが呟くやつじゃん。」


『誤魔化すなよ。好きなんだろ?告れよ。』


「っ!…?」



 あいつが来た。


 何故今…?もはやただの冷やかしだし。



「どした?」


「や、なんでもない。」



 チャイムが鳴り、各々席に着く。








 その後もいつも通りといった1日を過ごし、自宅へ向かう。


 あいつも数回来たが特に変わらずと言った感じだった。



(お前、なんなんだ…?ただ悪さをさせようとするだけじゃなくなってきて…)



 歩きながらなんとなく今日のことを思っているとふと、気付く。



(…でもなんか、前にもあった気はするな…どうだったっけ。昔のことなんて大して覚えてねえや。)



「ただいま」



 家のドアを開け、リビングに向かう。


「おかえりなさい。」


「はい。模試の結果。」



 母親に成績表を渡す。



「…うん、良いわね。これなら王星大にも合格できそうね。頑張りなさい。」


「ああ。」


「それにしてもほんと、いつも騒いでたあんたがここまで勉強できるようになるなんてねぇ。授業中もノートに絵を描いてばかりだ、って先生困ってたのに。」


「ああ…まぁ確かにな。」


「精一杯努力してこの高校に入れたんだから。これからも続けるのよ。」


「うん。」



 そう言って部屋に向かう。


 なんだか、胸が押さえつけられるような気分になる。



(たまにあるんだよな…なんなんだろう。)


『勉強して名門校に行くとか嫌だろ?都内の芸術校とか行こうぜ。』



 あいつの声。


 いや…専門学校を馬鹿にしすぎている。


 下手したら勉強するだけよりきついだろう。


 部屋に入ってノートを開く。


 受験はまだ2年近く後だが…先生たちは、高一も終わりかけてるこの時期にはもう考え始めるべき、と言ってるんだ。


 …なんだか今日は、手がシャーペンをうまく動かせない。


 気分転換にノートの上に絵を描く。



『勉強ってだるいだけだろ?王星大も親が行って欲しいっつってるだけなんだしさ。無視しちまえよ、無視。』



 そんなことできるものか。


 二人には感謝してるんだ。


 ちゃんと言うことを聞いてあげなければ。



『本当か?いつもうざったくて、うるさいじゃないか。よく自分の気持ちを押し付けられてるだろ?そろそろ言いなりになるのはやめようぜ。』



 今日は、しつこい。


 纏わりつく声を吹き飛ばすように両手で顔を叩き、気合を入れる。









 数時間後、勉強を終わりにして自室を出る。


 食卓にはすでに夕食が並んでいた。



「いただきます。」


「はい。どうぞ。」



 テレビをぼんやり眺めながら食事を口に運ぶ。


 聞こえてないはずのあいつの声が頭の中でぐるぐる回る。



(これで良いんだ…俺は十分幸せな人生を送ってる。みんなに優しい優等生になって、それが親孝行になるのなら…)



 食事を終えて、歯磨きをしに洗面台へ向かう。


 口を濯いで水を吐き出した後、鏡を眺める。


 …と、反射した自分の口が動く。



『本当にいいのか?それがお前の本心なのか?いい子でいる、しかもその理由すら親のためなんて…そんなの息苦しくてやってらんねえだろ。やめちまえよ。』



 聞こえるのはあいつの声。


 幻覚まで見えたら流石に末期か…なんて思う。



『違う!それもだ。その気持ちも、お前を隠そうとしているんだ。』



 何を言っているのか。



『気づいているだろ?お前の本心は…お前のしたいことはなんだ!?』



 本心…?


 そんなはずはないと首を振る。













 …そんなはずはない、のに





 ようやく、気づく



(いつのことだ…?俺が…自分の本心を抑えて、忘れ去ってしまったのは…)



 問題児で、いつも大人に怒られていた自分。


 いつからかそんな自分が嫌になって、優等生になろうと決めた。


 怒ってばかりの親や先生が、今度は同じくらい褒めてくれるのが嬉しかった。



(…そうだ、そうだよ。俺はみんなに褒めてもらおうと他人の言いなりになって、自分を押し殺し続けていたんだ…)



 そしていつの日か、自分でさえ自分の気持ちが分からなくなっていた。


 そのことに違和感を抱くことすらなかった。



『お前がなろうとしたのは、皆に尊敬されるかっこいい男だ。ただ相手を喜ばせるだけの道化師じゃない。…自分が、実は優秀な人間だというのは分かっているだろ。』



 …そうだ。言うことを聞けば褒めてもらえる。


 あたかも、それで自分がすごいと思っていた。


 …いつの間にか、目的が変わっていたんだ。



(…悪かった。お前は…)



 鏡の自分がニヤリと笑った後、今の自分と同じ、決意に溢れる顔に変わった。








「おやすみ」


「おやすみなさい。夜更かしするんじゃありませんよ。」


「ああ」



 母に告げ、自室に行く。


 机の上のスマホを手に取って、


 今日はゲームではなく検索エンジンを開く。








 翌日の昼前、


 父と母に伝える。



「…俺、この学校に行きたい。」



 差し出したスマホに難関美術大のホームページを開きながら。












 …数年後



「…ただいま」


「あ、おかえり。」


「美奈、まだ起きてたのか。」


「まぁこのくらいの時間ならギリギリ起きてても大丈夫かなーって。…てかいると思ったからただいまって言ったんじゃないの?」


「寝てると思ったけど一応な。遅くなって悪かった。」


「いいよ。あんな大きな展示会やるんじゃ、準備にも時間かかるもんね。」


「明日はここまで遅くならないはずだから…ほんとごめんな。」


「いいって。じゃあ顔見たし寝るね。」


「ああ。おやすみ」



 美奈が一足先に寝室へ行く。


 絵描を仕事にして長い月日が経ち、とうとう自分の作品だけの展覧会を開けるようになった。


 明日も早めに家を出るし、ささっと寝てしまおう。


 シャワーを浴びに、風呂場へ行く。


 ふと、鏡に映った自分を見る。



「…お前の、おかげだよ。あれは悪魔の囁きなんかじゃなかった。自分でも気づかない本心を伝えようと必死になってくれてさ…」



 あれは、もう一人の自分か、


 それとも自由だった子供の頃の自分か、


 はたまた本当に悪魔か。


 再び聞くことも無くなった今では分かりもしないが。



「まぁでも、俺が幸せ者だったってのは間違ってなかったな。最初こそ反対したけど…結局、俺がやりたいならやれ、って言ってくれる親の元に生まれられたんだから。」



 ふふ、と微笑む。



「…お前は失礼で嫌なやつだと思ってたけど…あれが本心なら結局、俺も真面目な優等生君じゃなくて、よくいる普通の人間だったんだな。…いや、よっぽど汚い方かもな?」



 自嘲気味に言ってから、歩み出す。


 ちらりと見えた横顔が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたように見えた。

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