窓を開いて
私が遠目に見守るうちに、ゾトと皇女様の会話はなごやかに終わったらしい。
盗み聞きをするつもりはないから距離をそっとあけていたのだけれど、二人の向こう側のドラゴンにはそういったものはないらしい。
ばんざいって両手をあげて喜んでいたから、和解の会話を聞いていたのだろう。
そのことに、多少なりともほっとする。
ゾトたちの一行は、本当に久しく無かった、祈る人であったから、あのまま物別れは……そう和解した今だからこそ、ゾト本人にもいえるが、やっぱりさびしい、辛い。
「乳母、ねぇ乳母」
「はい、なんでしょうか」
「コボルトの子たちが来てくれるわ! お迎えの準備をしておいてね」
「はい」
はずむ皇女様の御声に、そうだ、子どもたちが率先してやってくれていたと思い出す。
その子たちが傷だらけだったことも、ゾトの顔の傷跡―――今は本当に「跡」でしかない。毛が生えそろっていないだけで、引きつれやヤケド特有の肌の質感は失せていた。遠からず体毛も生えそろうだろう。
ほっとする。
嬉し気に皇女様は去って行き、私はゾトの方へと戻った。
自分に何が起きたのか、あまり実感がないのだろう。
ゾトは治った傷のあたりを、そっと触れて確かめている。
「ゾト」
「あ、ああ」
声をかけて、ようやく彼は我に返ったようだった。
「乳母殿、見てくれ。信じられない」
「見たよ。私の目から見ても、すっかり治ってる」
「それに、エレイラナ様は俺の仲間たちも治してくださると」
感極まった声だった。
傷跡の引きつれへの違和感は、常にかけられるストレスだ。
動きを阻害し、気を散らして集中を欠けさせ、痛みを生み出す。
そしてそれが、ずっと続く。
傷が大きければ大きいほど、ストレスも大きい。
「正直な事を言えば……やっぱり、あの人間を許せるかといえば、完全には許せないんだ」
どうしてもと、その横顔はどこか遠い所を見ていた。
当然の事だろう。
許すも許さないも、そんなにすぱっと切り分けられるものじゃない。
切れない刃物でパンを切るようなものだと、私は思っている。
「でも俺は、憎むことや怒ることに、少し疲れてしまっていることを、知ってしまったんだ」
小さな、ため息のような笑い声のようなものが、彼から漏れた。
自嘲だったのかもしれない。
「殺してやると思っていた相手が死んでいたというなら、虚しくなるばかりで済んでたんだろうな。でも、生きていても何度も死んでいたなんて、……どう考えればいいんだろう」
「……そうだね」
私も言葉を探そうとして、諦めた。
「俺たちと、その子は会わない方がいいってことだけしか、わからないんだ」
「うん」
「他の、ここにいた奴らには、相手は死んでたって伝えておくよ。嘘はついていないし……ナツノカザハナ殿も、俺にだけこっそり教えてくれたみたいだから」
「……ありがとう」
だって、私が答えられる言葉なんてこれくらいしかない。
なにがありがとうなんだ、って思うけれど。
◇◇◇
ゾトは一晩だけ泊まって、翌日ドラゴンに乗って帰って行った。
次に来る時には、山を焼け出された時にヤケドを負った子を連れてくる、と手を振る姿には、やっぱり傷からくるぎこちなさは消え失せていた。
言っていた通り、彼のいる間、ナオはこっちには来ないように伝え、自習をさせていた。
でも、コボルトたちが来ると決まれば、ナオを移せる場所を作っておかなくっちゃ。
私は庭園を離れても大丈夫だし、何も問題はないのだけど、ナオは庭園の外に出すとスライムが襲い掛かってきかねない。
どこかダンジョン内で、私がいなくても大丈夫となると水場だけど、あそこも長時間いさせるにはむかないし……と考えて、隠し部屋を思い出した。
ちょっと埃っぽいけど、掃除をすればなんとかなるかな。
灯りを幾つか置けば、不自由もないし本も読めそう。
そうと決まったら、中を確かめてみなくっちゃ。
今だとほぼ倉庫だものね。
私はさっそく、隠し部屋に足を向けた。
隠し部屋の中にはいくつもの家具が、白い布をかぶせられて置かれている。
書きもの机などは持ち出していたが、他にもなにか使えそうなものがありそうだった。
そういったものを探して、あまり物の無い棚をどかしたとき、違和感があった。
……ここは壁だったはず。
なのに、両開きの戸がある。
金属でできたその戸……いや、人がくぐることはできそうだが、扉というには幾周りも小さいそれは、窓と呼ぶべきだろう。
少し動かしてみて、それが外開きであることを確かめる。
鍵は一般的な窓と同じ、掛け金式のかんたんなもの。
私は小首をかしげた。
この部屋は隠し部屋だ。
守らなくてはならない場所。
そこに窓だなんて、無防備が過ぎないだろうか。
それにこんなもの、私の中にある『私』の記憶には無い。
それでも、私はその窓を開けたいという気持ちに逆らえなかった。
掛け金を外し、そっと押してみる。
窓は固まっておらず、どうやら窓の外にも何も積もっていなかったらしい。
静かに開くのにあわせて、光が部屋の中に差し込む。
光の帯が太くなる。
決してすぐそこが外というわけじゃない。
窓の戸を開けられる程度、そして外にはその戸の幅ほどの厚さの壁。
逆出窓とでもいうべきか、アルコーヴの窓がこちら側にあるというべきか。
窓の大きさの短いトンネルの向こうには、格子こそあるけれど明るい景色がちらと見えた。
私は吸い寄せられるように、その窓の外へと這いだした。
格子という、ただひとつがあるだけで、そこはダンジョンの中と認められているのだろう。
出入り口に近寄り過ぎたときのような反応は起きなかった。
格子の向こうには手を出せないだろうな、そう思いつつもすぐ近くまでいって、息を、のんだ。
……高く、見晴るかす景色が、ある。
八階層の高さは予想以上だった。
そりゃ、地球ではいろんなタワーやら、高層建築がある。
もっと高い建物なんていくらでもある。
だけどこの世界では、ここまでのものはなかなか無い。
遠くには人工的な建物が見えた。
が、あれは人間の足ならどれくらいかかるだろうか?
そこまでは森とか、そういったものしかない。
と、そこで私は唐突にこの窓を作ったのはシオリだと思いついた。
あの建物のある場所、あそこは多分街だ。ハルカズの住んでいた……。
見たかったんだ。
私は『姉』であるところのシオリが、私以上に乙女だったのだと微笑ましくなった。
きっとシオリはここを倉庫にしていたんじゃない。
ここは、彼女の部屋だったんだ……。
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