私は卑怯者なので
久しぶりに届いたコボルト鉱山からの石の一行には、仔ドラゴンがくっついてきてた。
そしてその背中には、懐かしい顔も。
「乳母殿、お久しぶりです」
「ゾト、久しぶり」
コボルトのゾトは満面の笑みとともに手を振った。
あの悲劇で負った火傷は、治りはしたけど痛々しい傷跡になっていたが、元気そうでほっとする。
二人を庭園の一角に案内して、ミラエステルから送られてきたハーブティーを淹れる。
そこに、私は簡易な床をこしらえていた。
出したハーブティーはすっきりした飲み口、だそうだけど、私は味わえないから同封してもらった淹れ方の紙に従って時間を計った。
それを置く背の低い、こたつ机とかちゃぶ台のような机は元々はナオの食事のために作ったもので、勉強などにも使っている。
庭園にできた、生活スペースとでも呼ぶべき場所に、そして飲み物に、ゾトは目を丸くしていた。
「新しい街はどう? ザルや子どもたちは元気?」
「あ。ああ、みんな元気でいる。引っ越しも滞りなく終わったよ」
しかし何の用だろう。
直接やってくるってことは、なにかしらあるはずなんだけど。
促す私の様子に、こく、とゾトはうなずいた。
「新しい街に、変な生き物がきた……いや、届けられた」
うわ、嫌な予感しかしない。
「見た目はゴブリンだけど、通路の上いっぱいまでの背丈をしてる。頑丈さは岩盤と同じくらい」
予感、当たったわ……。
あれを送り込むんだが、送りつける先についてはなんらかの、人間にとっての厄介な場所ってイメージがあったんだけど、その通りだったらしい。
「あんなものは初めて見た。なんとか撃退はできたが、正体はわからない。乳母殿の知識の中に、そのような生き物はいないだろうか?」
しかも、というかやっぱりというか。
ゾトの方でもわからないシロモノだった、と。
しかし撃退できた、の一言にほっとした。悪い想像は当たってなかった。
「こちらにもその変なのは来た。しかも置いて暴れさせるんじゃなくて、コントロールさせられないか試してるみたいなものが」
別に隠すようなことでもない。
私はミラエステルと話したことをゾトにも伝えた。
同時に、向こうにも彼の事例を伝えていいかを訊くと、こころよく了承を貰えた。
あんまり参考にはならないかもと恐縮していたけど、出没情報や、どんなタイプか、それをどれくらいの戦力で撃退できたかというのは、大きな情報だ。
そういう点に置いて、事例数が増えるのはありがたい。
私はゾトが教えてくれたことを、ひとつずつ覚えて行った。
これまでのことを考えるに『王国』にとって厄介なところに送られているみたいだ、という推測を伝えると、ゾトもうなずいていた。
一息ついて、私がお茶のお代りを考え始めたころ。
ゾトがおそるおそるという感じで、しかし目には強い光を湛えて話を切り出した。
「乳母殿」
話し始めて、その強さは切り出すためにこそ必要だったのだろうと思った。
「ここに……俺たちの山を焼いたものがいると、ナツノカザハナ殿より聞いた」
うん、そうだね。
あの仔ドラゴンが私たちの間を飛び回り、ナオとも面識があるのなら、話すだろう。
私もまた、意を決する。
あの子のやったことは大量虐殺だ。罪の自覚が無いことと、罪が無いことは違う。
だけど……。
「たしかに、いる」
けれどそう伝えた瞬間の、ゾトの表情をどういえばいいのだろう。
苦しげで、泣きそうで、……ナオはたしかに、彼の一族の仇だ。
すぐそばにいるのなら、もっと他に、怒りや憎しみなどの、高温の感情があってしかるべきだと、思う。
第一、あの子をかくまっている私が目の前にいるのに、怒りを読みとれない。
「……会う?」
そっと尋ねると、ゾトははっと目を見開き、そして視線をさまよわせる。
話を切り出したときとはまったく違う、弱弱しさ。
何度も何かを言おうとしては、言葉を紡げないでいる。
「これもナツノカザハナ殿に聞いた話になるんだが、……その、該当者は中身が我々のツルハシの祝いの歳に、まだまだ足りない、幼いと」
「ツルハシの祝いの歳が、まだ昔のままなら」
「……」
その答えに、またしてもゾトは口を引き結ぶ。
ツルハシの祝いは、山のコボルトが鉱山の仕事に就く第一歩を寿ぐもの。
親や後見人から与えられた自分のツルハシを、己の街であり仕事場である鉱山に振り下ろし、以降の人生での無事故と、仕事の完遂を願うもの。
これを経て見習いとして本格的に仕事を仕込まれるようになるが、逆にこれ以前の子どもたちは、半人前以前の庇護されるべき子ども。
そしてこの祝いは、人間でいう所の十歳ほどで受けることになる。
そしてナオは、まだ六歳ていど。
迷いに満ちたゾトの瞳が揺れる。
ごめん。ごめんね。
「会うかとさっき訊いたけど、……私はあなたがナオを手にかけるとなれば、あなたと戦わなければならない。あの子に、考えられるだけの酷いことをしないと約束した。あの子を、殺させない」
ゆっくりと語れば、ゾトの困惑と混乱が深まる、
ゾトは私というゴーレムには勝てない。
そのことを、私たちは互いにわかっている……。
だから私は、ここでこれを言うしかないと思った。
「私のせいにしなさい」
ゾトが不器用に息を吸い込む、ヒュ、という音がした。
見開いた目とその呼吸音が、彼がおどろいたことを教えてくれる。
「狂った私に攻撃されて、敵討ちをできなかったと」
私は卑怯だ。
気のいいゾトが、中身だけ、魂だけであっても子どものナオを傷つけるようなことができないとわかっていて、取引を持ち掛けている。
これでゾトが私を忌んで去ったら、これっきりになることもわかっているのに。
正直な気持ちをいえば、ゾトたちとのつながりが失われるのは辛い。
外にできた、私を知っている人たち。
それは取引の相手というばかりではなくて。
「孤独」という現象に対する、「寂しい」という感情を学習してしまった私には「絶縁」はとても痛いものだった。
「乳母殿」
どれくらいたったろう。ゾトが言葉の形を紡ぎ出した。
「俺には、できないよ。子どもを殺すことも、乳母殿のせいにして逃げることも。どっちもできない」
苦しそうな声に、もう肺なんてないのに息が詰まりそうになった。
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