緊急対処
ゴブリン?との戦闘です。
残酷な描写があります。
エントランスに「登場」するなり、私は鉄棒で強く床を打った。
大きく響いた音が、その場にいるゴーレム以外の動きを止める。
だが完全に足を止めてしまった男たちと異なり、ゴブリンは一瞬立ち止まっただけで走り始めていた。
止まらなかった警備ゴーレムに距離を詰められているのを悟ったからだろう。
まるで私たちのことなど知らないとばかりに。
「ひっ!」
一瞬遅れて音の正体に気づいたのだろう、前回ここを訪れた男が、声と身体をこわばらせる。
だが、男たちの松明では私のいるところまでは見通せない。
「なにをしている!」
あからさまなほどの怒気を超えにこめるのは、相手がそれなりに覚悟を決められるようにするため。
こっちを丸め込めるとなんて思うなよ、と。
だけど理解できたのは、私に会ったことのある男だけだった。
「だ、ダンジョンのゴーレムよ、もうしわけない。実は新種のゴブリンがこの中に入り込んだ。とても危険なので、狩らせてほし……おうわっ!」
その言葉の最後は、ちょっとした悲鳴だった。
なにしろ男のすぐそばをゴブリンと、それを追ったゴーレムが走り抜けたのを私は見た。
笑いごとじゃない、事故を起こしかけた光景なのに、笑いそうになってしまった。
「いらない」
笑いを抑え込んだためだろう、私の声は数段低くなった。
小さな悲鳴は、やっぱり前に来た男の方からした。
「私からすれば、お前たちもゴブリンも等しく侵入者。皇女様の城より去れ」
お。向こうの雰囲気が攻撃的になってる。
変わらない表情を刻まれた顔の下で私はただ、男たちがどう行動するかを見ていた。
その間もずっと走り続けていたゴブリンが、とうとうやけになったのか、それとも単に間違えただけか、自分の進む方向にいた男の一人にとびかかった。
ぐしゃ、と悲鳴を掻き消すような大きな音。
追いつきかけたゴーレムが振るった手、丸くて指の無いそれは、ある意味モーニングスターの棘の無い鉄球みたいなもの。
ゴブリンに飛びかかられて後ろへとバランスを崩した男が、それをかわすなり盾で受け止めるなりができようはずもなく……つまり、さっきした音は。
暗視ができる私はばっちり見えたけど、灯りの届かないところにいる男たちはあの音と、それに押しつぶされた悲鳴しか手がかりがない。
ホラー映画もスプラッタ映画も、私は好きじゃなかったけど「これ」は知ってる。
人間のパニックのトリガーは、『何もわからない状況』に追い込められることだって。
引きつった男たちの表情は、暗闇越しでもよく見えた。
どうしようという困惑で、その場に縫い止められたようになっているのも。
まずい。
獣は、相手が怯むと踏みこんでくる。
「死にたくなければ、去れ!」
怒鳴る事で背中を押す。
後は知るものか。
鉄棒を構えて、ゴブリンの動きを追う。
巨大化しているゴブリンは案の定、男たちが怯んだことで「自分はこいつらより強い」と判断したんだろう。
背後をゴーレムに追わせたまま、私の声にも困惑して立ち止まっていた手近な一人に駆け寄る。
ゴーレムをまたぶつける気だ。
私は一気にそちらへと駆け寄りながら、両手でしっかりと鉄棒を握る。
松明の光の範囲にゴブリンが入ったのを見たのだろう。
「ギャッ!」
先ほどの男同様に引き倒し……
「止まれ!」
ゴブリンを自由にするのはしゃくにさわるけど、私は大声でゴーレムにコマンドを与えた。
緊急停止のコマンドに、金縛りにあったようにゴーレムが止まる。
その横を駆け抜けて、私はゴブリンを追った。
鉄棒を叩きつけようとするが、なかなか距離を詰められない。
この間に外に出ろと思うのだけれど、足音を聞き分ける余裕もないから、男たちが逃げたかどうかもわからない。
届く、と思った瞬間に振り抜いた棒はゴブリンの腹を打ち、バランスを崩させた。
一歩、二歩、たたらを踏んで、それでもゴブリンは体勢を立て直し、前へ。
また別の男の方へと。
させるか!
ゴブリンの歩調の乱れは、私が距離を詰める時間を稼いだ。
今度は上から振り下ろし、背中を思い切り殴りつけた。
……鉄棒越しに、硬い物を折ったんだか潰したんだかした感触がした。
「ぎゃああああああ!」
耳をつんざくようなゴブリンの悲鳴に、男たちはたまらず松明を撮り落としながらも耳をふさぐ。
全力で殴りつけた威力は、私自身が考えていたより強かった、らしい。
背骨周りが折れただけでは、終わらなかった。
武器とみるにはやや細めの棒の先端に、遠心力までかけたそれは、潰して切った、という傷口をゴブリンの背中に作っていた。
……ナオに触れるときは、絶対にこっちから握ったりしちゃダメだわ、これ。
「逃げ込んだとかいうゴブリンは始末した。とっとと出て行け」
私は呼吸をしていない。
だから言葉はよどみなく、乱れることもなく発することができた。
返事は悲鳴。
松明を何度も取り落としながらも必死で持ち上げ逃げる者。
灯りなどいらないと、入り口の方へ勘を頼りに走り、柱や壁にぶつかる者。
近かったために一足早く入り口まで戻れたはいいものの、塞ぐ布が分厚かったのだろうか、持ち込んだ武器にまとわりついて絡めとられた者。
ちょうど、ホラー映画でバリケードを突破した怪物から逃げまどう人間そっくり。
……別に私は襲いかかったりする気、ないんだけどね。
そのまま待って、ようやく最後の一人が出て行った頃にはスライムが「おそうじ」をしにちょろちょろと様子見に来ていた。
んー、と。
私は自分が叩き切ったゴブリンのようなものに近寄った。
放っといたらスライムが片付けてはくれるんだけど、その前に確かめたい事があって、私はその死体を持ち上げた。
灯り無しじゃナオは何も見られないし、三階くらいに持って行けばいいか……。
読んでいただきありがとうございます。




