夜の種族たちは迎えうつ
前回、お呼び出しのあったものの話です。
彼は誰の城は鉄壁の守りをほこる。
城内に幾重にも重ねられたデストラップ。
城の周囲にある深い森は、衛兵である爪月の氏族たちの姿やその住居を隠してくれる。
いわば森も、巨大なデストラップになっている。
森と城に守られるキングの駒であるミラエステルは、執務室の豪奢な椅子に腰かける。
脇には執事であるメイソンが、また部屋の片隅にはメイド頭を筆頭に夢見の氏族のメイドたちが並ぶ。
またその反対側では、通信を担う者が三名ほど控えていた。
衛兵は流動的に動いているので、あまりこの部屋には詰めない。
なにしろ、メイドたちが近衛兵も兼ねているので。
今回の襲撃は、いつものような人間の集団によるものではなかった。
ラドル率いる爪月の氏族の前線から入る情報によれば、五体ほどのゴブリン。
否、ゴブリンのようなもの。
大きさはゴブリンよりもかなり大きく、下手をすれば元々の三倍ほど。
人狼であっても見上げるような高さと、それに見合う体格。
そして振る舞いもおかしい。
ゴブリンは長く生き延びると賢さ……人間などからしてみれば悪賢さが増す。
道具を使う、罠を使う、武器を振う、仲間を使う。
だが、侵入してきた五体は武器らしいものを持たず、ただただ頑強に育った手足を振り回し、人狼たちを攻撃する。
「あらあら。おかしなモノ、ですこと」
報告を聞いたミラエステルは頬に指先を当てて考えた。
これではゴブリンですらなくて、ヒト型の獣だ。
大きさも前代未聞なら、行動もありえない。形だけがゴブリンのような。
状況自体は悪くはない。
頑強な腕と爪、鋭い牙であろうとも、当たらなければ何の問題も無く、こちらの攻撃を当てることができれば始末するのも問題ない。
人間の体のように易々と裂くことはできずとも、氏族の名にもある爪は深手を与えるに足る威力がある。
五体侵入したうちの二体はすでに倒されており、残る三体も村に逃げ込まれでもせぬ限り、早々に始末できるであろう、と報告がきている。
「どんなものか、生きているうちにいろいろ試してみたくはあったのだけれど」
小さな呟きに、しかし忠実な執事は「なりません、お嬢様」とそれを止める。
この城の者たちは、本当ならば森に入りこまれることすら嫌なのだ。
城になぞ生かして一歩も入れたくはないのが本音。
「それはまた後で、ラドルやリオネルがお目にかけますので」
その言葉に、ミラエステルはおとなしくうなずいた。
頑是ない子どもではない、分別のある大人、責任ある城主として彼女は振る舞わなくてはならない。
「三体目が始末できました。残り二体です」
「人間の時よりも時間がかかっているな」
「隊長によれば、『退く』という判断をしていないようです。そも個体同士で意思疎通をしているような様子もなく、防衛隊が接敵したのちも、逃げるか戦うかの判断も個体ごとにばらばらでした」
メイソンの一言に、通信を受けていた兵の一人が答えた。
「ではやはり全滅させるしかないな」
「そのように」
すぐにそれは命令として伝わっていく。
もうあと十分もすれば、残り二体も片付くだろう。
ならばこの後の事も考えるべきだろう。
「けれど、そのゴブリンのようなものはどこから来たのかしら。見た者はあって?」
「はい、外周をまわっていた者からの報告がございます」
この城に属する者たちにとって、森の外縁は国境も同じ。
定期的に周回する者が大勢いる。
そのうちの目撃した者曰く、囚人の護送馬車のようなものがやってきて、森近くでその後部の扉が開いた。
外から開ける者がなくとも開くようにしていたのは、中身の特異さゆえとすぐに知れた。
しかもその扉を開いたままで馬車は走りだした。
すぐに追いかけたかったが、ゴブリンのようなものを放っておくわけにもいかず、人手を呼ぶうちに馬車は遠くまで逃げて行ってしまった。
結果としてゴブリンのようなものの特異性、凶暴さもあったのでその者の判断は間違っていなかった。
ラドルをはじめとした主力が追いかけ、追い詰め、始末するそこまでの一連に時間がかかっているのだから、もし彼が馬車を追いかければ、城にまで到達されていたかもしれない……。
「最後の一体、仕留めました」
討伐の報告があがり、その場にいた者たちが安堵の息を吐く。
「被害の報告をお願い」
「はい、少々お待ちください」
倒して終わりではない。
森の中でゴブリンが行動した結果の、破壊された物の片付けや修理、戦闘に加わった者の怪我の回復、そして次に現れたときの対策。
それが城主の仕事だ。
「怪我は主に爪での攻撃によるものです。念のために解毒が必要でしょう。移動時に四足で走っていたという報告もあります。ゴブリンに形だけ似たものではないかと」
「逆に、ああいう形に似せて造られたものかもしれないわ。やはり馬車を探しましょう。できるかしら?」
「お任せください」
始末された死体も調べなくてはならないし、相対した者からの聞き取りも重要だ。
「ご主人様、お茶をご用意いたしましょうか?」
「ありがとう、アネット。お願いね」
メイド頭が言うのに礼を返し、ミラエステルは続く仕事を考えた。
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