いつか、の約束
ミラエステルは少し気を持ち直したのだろう。
薄く涙の幕の張った目でこちらを見た。
そして、ふと笑う。
「ええ。ええ、もちろんですわ。少し長いお話になりますわ。かまいませんかしら?」
もとより、全部の仕事を終えたからのお茶会だ。
長くなってなんの問題も無い。
うんうんとうなずくと、ミラエステルはお茶で喉を湿らせて、話を始めた。
「大おじさまの城を訪れた者のなかでも、とびきり変わった人間、それが『勇者』ハルカズだったそうですの」
本来ならば道に迷い、あるいは罠にかかってしまう城内。
そのセキュリティホールをハルカズは早々に見つけ出してしまったらしい。
その視点のおもしろさに、魔王と人間たちに呼ばれた先代城主セオドリク=ルーキス・オルトゥスは彼をそのまま城の奥へと招き入れ、対面したという。
見事己に打ち勝った彼へと、セオドリクは褒美として指輪を与えた。
だがハルカズはその帰路で、彼の属していた国の手の者に討たれてしまう。
その際に言い残した名をもとに、主人の最後の願いとしてそれを叶えるべく、城の者たちは探し続けていた。
その指輪を受け取る……贈られるはずの者の名が、シオリ。
そして今日、ほんのわずかな偶然から知ることができた……。
それが、ミラエステルの教えてくれた話の、あらすじだ。
「こんなことって、あるものなのね」
ふと横を見ると、傍に控える執事さんもどこか感激している様子だった。
そこからも、彼にとっても念願だったということはわかった。
ハルカズが死んでからというなら、時間的には吸血鬼基準としてはそう長いものではないように思える。
だけどそれは、あくまで時間的なものだ。
人間の想う相手が人間で、しかもこんな、地球とは比べ物にならないほどその生存には厳しい世界。
早くしなければという焦りが、その時間へのプレッシャーを何倍にもした、と思えた。
先代の『私』……シオリは人間ではなかったけれど、それでも失われてしまったのだから。
だからこそ見つけた喜びと、それでも間に合わなかった失望はどれほどのものか。
この城にいる者全員が、ということはとんでもない尊敬の対象なのは間違いないだろう、その大おじさんの最後の願いに応えられなかった、という……。
知らなかったこととはいえ、シオリの名を早く出さなかったのを、私は後悔した。
「ああ、本当に良かった……」
「でも」
「いつか、お姉さまの墓前にお参りさせてくださいましね。ハルカズの選んだ指輪を、ようやくお届けできるのですもの」
星は消えて、花は萎れて、それでも雨あがりに露がきらめく。
薄い涙の幕は、そのままひとまとめになって、彼女の眼尻を飾っていた。
「……うん、ありがとう」
だから私の声も、知らず優しいものになっていた。
「姉も、きっと喜ぶわ。都合のいい時に来てね。私はずっとここにいるから」
「ええ、必ず……」
なんかもう互いに感極まってしまって、互いに手に手を取ってしまった。
……我に返ったのが同時で、そして私の表情が固定されていて本当によかった。
小さくミラエステルが咳払いをして、おしゃべりと作戦会議の仕切り直しだ。
「ひとまず、早期の侵攻はなさそうですけれど、しばらくは妹さんは外に出さない方がいいと思いますわ」
「そうね。食料はなんとかできそうだし、休ませるのも兼ねて庭園にいさせましょう。あとは森の中にも見張りを増やそうと思って」
「前に言ってらした、視界共有タイプのゴーレムですわね?」
「ええ、運動能力を付けない単純な造りだし、材料も多いから量産できそうなの」
「この城にも備えることを考えようかしら……。その場にいなくてもというのはかなり有利ですもの」
「良かったら、基礎の術式を差し上げるわ。いつものお礼に」
「よろしいの?」
「ただ、私が使うためのものだから、術式にそっちで書き換えが必要になるけど……」
「いいえ、とんでもない。ありがとうございます。貴重なものなのに」
「あ、でもまたアスターさんに負担かけちゃうか」
「いいえ、きっと伯父は大喜びしますわ」
「……もしかして、アスターさんって、研究の息抜きに研究やっちゃうタイプの方?」
「ええ、そのとおりですの」
そんな会話をしながら、私は次にやるべきことを考えていた。
一階、特にエントランス近くはナオやドラゴン、それにコボルトの件もあるから、何か仕掛けておくのはやめておこう。
地下階への入り口は可能な限り隠蔽して、侵入を防ぐ。
そして二階以上には罠をしかける。
忘れちゃいけないのは、スライムが逃げ込めるようなスペースを作っておくこと。
人間相手には不意打ちをしかけたり、うちのスライム割とアグレッシブだと思うんだけど、だからといってめちゃくちゃ強いわけでもないから、いざという時には避難場所のたぐいがなければ、前の時のように全滅してしまう。
そんな事柄を、私はミラエステルと会話しながら思いついたり考えたりしていた。
具体的な罠づくりはまた考えないといけないけど、どうするかの方向性が決まったのは大事だ。
と、そっと執事さんが「失礼致します」と声をかけてきた。
いつもであれば、あまり声をかけてこないヒトだけに、何事かがおきたんだろう。
「あら、」
小さくミラエステルが彼の耳うちに驚きの声をあげたが、すぐにその顔は戻った。
「ええ、そのように。ちょうどいいですわね、使わせてもらいましょう」
執事さんに言いつける彼女の横顔は、私が元々の印象として持っていた、吸血鬼としての冷たさを備えたものだった。
嗚呼やっぱりこの子、魔王の後継なんだなぁ。
「ごめんなさい。少し用事を片付けなくては」
「ええ、気を付けてね」
ミラエステルがこういう時は、たいてい侵入者に備えるときだ。
私入りの人形はこっくりとうなずいて、彼女が席を立つのを見送った。
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