それはふと零れたもの
「人間が、ですの? まぁ……ナオさんもそんなことに」
さっそく届いた干し果物のお礼かたがた、ミラエステルに連絡を取り、ナオにおきた出来事を話す。
友だちがいてくれるありがたさを、しみじみと感じる。
正直こんなこと、皇女様には話せないし、ナオは当の本人だし。
「それは気がかりですわね……」
それにミラエステルは話し上手の聞き上手だ。
私の話に共感しながら、話を進めてくれるから、自分の中で整理もつけやすい。
「そう、もしも来たら返り討ちは決定だけどね。それにナオが叫びをあげたのは見ているはずだけど、あれがどういったものかを理解しているかまではわからない。会話らしいものはほとんどしなかったから。……焦っていると、ダメね。情報を与えるだけになってしまう」
人形のカップを両手で持ちながら、反省する。
ああ、飲める身体で、カップの中身も本物だったなら、ぐいっといっちゃいたい。
「その二人、騎士でしたかしら? もし正規の騎士でないなら、報告はすぐには上には伝わらないと思いますわ」
「そういえば、そんなにきれいな格好じゃなかった気がするわ。そうそう使い込んでいるものでもなさそうだったし」
「あの国は細々としたこと、面倒な事には傭兵を使うような場面も多いそうですわ。とはいえ、二人だけなら傭兵団が近くまで来ていたというわけでもないでしょうし」
「てことは、無契約の傭兵か」
地球のゲームでいうところの冒険者とかそういうの、と私は理解する。
私たちは互いに、納得し合いながら、みたいに話す。
人間だったら、安堵から大きくため息をついていただろう。
肩の重荷は降りてこそいないけど、重いと思わなくてもいいものだって考え直せたことにほっとして。
ミラエステルが私と同じ立場だっていうのも、話が早いんだろう。
彼女も侵入者には悩まされてるようだったので。
「ほんとにね、ミラエステルと友だちになれてよかったわ。一人で考えてると、どうしても行き詰っちゃって」
……あら?
人形で見上げた彼女が、なんだかちょっと様子がおかしい。
動きを止めてしまった彼女は、赤い目を目いっぱいに見開いてきょとんとしている、と思ったら、その表情がふわっと笑み崩れ、いやこれ崩れるなんて失礼だ。
ほころんだ、だ。
元々がバラみたいな美少女なのに、そんな笑い方したらタンポポかシロツメクサみたいなの、反則だと思う。
「えーと、……どうしたの?」
「おともだち、って言ってくださったの、嬉しくて」
ふにゃふにゃの、力の入っていない、油断してる笑顔。
もし私も表情が動けば、ミラエステルと似たような顔になっていただろうな。
そういえば、吸血鬼の寿命ってほぼ無いんだっけ……。
『私』の存在もたいがいだけど、その点ではゴーレムだから、理解しない限り孤独は感じないものね。
……今、私の次代がすでに孤独を学習済みなことが気になったのと、ふと……私の先代のことを思い出した。
シオリは、ハルカズのことで孤独も、それを埋められる感情も、知ったんだなぁ……。
「うん、私も嬉しい。私とシオリを除いて、『私』たちはずっとダンジョンで独りきりだったから。ここから先は、ずっと独りだと思ってたし」
ところが、ふわふわしていたミラエステルの表情がひょっと変わる。
あれ? なんだかすごくびっくりしてる?
え、なんだろ。
「あの、あの。今どなたかのお名前を。失礼ながら、それはかの皇女様の御名前ですの?」
ああそっか。
ミラエステルはナオの名前は知ってるけど、皇女様の御名前は私の記憶にあるかぎり伝えてない。
彼女は古い氏族の出だから、帝国の女性は尊い身分であるほど名を比するということは知っていてもおかしくない。
「いいえ、これは……私の先代の『私』の名前。私の素……いいえ、なんて説明したらいいのかしら」
私は自分自身の事を説明しようとして、困った。
まったくなんて生態なんだろうね、『私』って存在は。
「シオリは、私のいわば姉のようなものなの」
結局私は心の中で白旗を揚げ、ナオにしたのと同じような説明に落ち着いた。
でも、ミラエステルの表情は震えている。
なんだろう、これはなんていうか、怒ってるとかとはまた別の興奮というか。
「あの、もうひとつ。ハルカズという名前を御存じありませんか……?」
「え?」
思わぬ名が後を追うように出てきたことに、声をあげてしまう。
その名前は。
その名前を、知っている。
「ハルカズも、知ってる。姉にシオリの名前を与えた人。姉が好きだったひと。それから、もしかしたら姉を好きになってくれたひと」
二人の関係を、やはりこれも一言ではいい表せなくて、しつこい表現になってしまった。
それでも、そうとしかいえなかったのだ。
これでわかってもらえるかな……?
そう思いながらミラエステルを見ると……大きな赤い瞳の中に星がきらきら、ちかちか。
ふわっと百花がはなひらく。
もちろん幻覚。
けど、それくらいミラエステルの笑顔はきらめくようですらあった。
……少女漫画だわ。
「とうとう、……とうとう見つけましたわ!」
「あの、どうしたの?」
「この城の者たちはみな、シオリという名を持つ方を探しておりましたの!」
「でも姉とばかりは」
「いいえいいえ、シオリという名はこの辺りでは見かけません。なにより、ハルカズという名もともにあれば……それは、私どもの探し人以外でありえるはずのない組み合わせですもの」
……そうだ。
この国で『シオリ』なんて考えられない名前だ。
ましてやハルカズにいたっては、もう唯一無二といっていい。
これがナオのように縮められていたなら別だったろうけど。
「あ……あの、でも、姉は、もう存在していないの」
ああ、星が消える。花が萎れる。
私の目の前で、吸血鬼のお姫様は見るからに意気消沈した。
「シオリを探していた理由を、教えて?」
あまりの落胆ぶりに、私は思わずそんなことを言い出した。
思い出すのは、シオリの遺した何枚ものカードの、終盤の部分……。
読んでいただきありがとうございます。
身内の名前とかって、あまり会話で出さないものですしね。




