しなきゃいけないことがあるから追い返す
しなきゃいけないと思ってることがあると、短絡的になるよね、という。
それはまさしく、奇跡だった。
喉の裂けたナオは、もうすぐ目を閉じるだろう、そしてそのまま……というところで、駆け寄ってきた皇女様がその顔を覗き込んだ。
「なりません、どうぞ御下がりください」
死の姿を見せたくなくて、私は必死で声をあげたけれどそれ以外動くことはできなかった。
皇女様はまっすぐに手を伸ばし、ナオの傷に触れた。
触れたの、だろうか
指先がまるで、わずかに溶けるように……そして傷は、ふさがった。
血には汚れたまま、ナオ自身もひどく消耗したままではあるけれど、もう何も心配しなくていいと思える回復で……。
私はただただ、皇女様にお礼を伝えることしかできなかった。
私は、……『私』として生まれて初めて、胸の潰れそうなという辛さを理解した。
同時に私はこれを、己の両親にも押し付け続けているし、それはおそらくナオとその友だちの親もそうなのだろう、と理解した。
こんな痛み……ナオは治りはしたけど、私が受けたダメージは……。
父さんと母さんは、これを、ずっと?
もう決して帰れないと覚悟を決めたはずだった。
けれどこの嘆きの痛みひとつで、私はその覚悟が揺らいでしまった。
「ねぇ、乳母」
そんな私の顔を、皇女様は覗き込む。
皇女様のご生前の乳母は当然私じゃない。
だけど、名前も無いのだしとたぶんコボルトたちに倣うことにしたのだろう、皇女様は私を乳母と呼んだ。
「皇女様……皇女様、ありがとうございます……!」
「うん。よかった」
嬉しげに微笑む皇女様の様子に、私は……ほんの少し、揺らぎが落ち着いた気がした。
今は、しなくてはならないことがあるから、だから。
「皇女様、私はこれより、侵入者に備えます」
私は皇女様に一礼し、ナオを東屋へと抱えていった。
静かに眠る体を、床によこたえる。
ごめんね、後で寝床を作るからね。
頭を撫でると、私は庭園の外へと出る。
その途中、庭園の片隅から武器になりそうなものを持ち出した。
刈ってきた木から作った二メートルほどの棒。
鉄片をお手本に石化魔法をかけたそれは、すでに木としての性質を失っている。
扉の向こうのエントランスで、ナオが床に零した血を拭っていたスライムたちが、私の気配に飛び上がって退いた。
……なんか漏れてた?
入り口で両脇に控える門番ゴーレムたちは、まだ起動していないから、ナオの言っていた人間はまだ近くまではきていないのだろう。
私は扉を背に腕を組んで、入り口を睨み付ける。
目の端でスライムたちが蠢いて、入り口付近にやってこようとしているけど―――たぶん、ナオが来た時のように待ち伏せをしたかったんだろう―――私がいるせいか、それ以上は近寄れないようだった。
どれだけ待ったか。門番ゴーレムの起動とともに、男の声が聞こえた。
「おい、中に入るのか?」
「だって他にどこも行けないだろ? 血がこっちに入ってるし」
「そりゃそうだけど、ダンジョンだぞ?」
「でもこの間、陛下のお触れで」
苛立たしくなって、私は棒の端で床を突いた。
鉄と石のぶつかる音が響き、少し遅れて間の抜けた悲鳴が聞こえた。
来るならさっさと来い。
私はナオの様子を見なきゃいけないし、あの子を多少でもましな寝床に移したり、血を綺麗にしてやったり、着替えもさせなきゃいけない。
ナオが深手を負っていたこともあって、男たちは覚悟を決めたのだろう。
松明を手に、二人の男が入ってきた。
一歩、二歩、三歩と進んで、扉の前に立つ私の姿を見つけたのだろう、男たちが立ち止まる。
「何用か」
問う声はあえて平坦なものにした。
私を、あくまでも何も感じない人形だと思い込むように。
「て、敵じゃない!」
松明はもったまま両手を挙げて、男たちは降参するしぐさを見せる。
……おや、ここのゴーレムは話が通じる、なんてことが周知されたんだろうか?
私は静かに続きを待つ。
「わ、わが国の王より追討の命が下った罪人がこちらに逃げ込んだ、い、いや逃げ込んだと思われるゆえ、探しても構わないだろうか?」
一足飛びで殴り飛ばして追い出すのも可能だけど、面倒事は避けよう。
「断る。皇女様のお住まいを騒がせるな」
「……そこを、おねがいしたい。不埒者が侵入していては、そちらも」
これで帰ってくれればいいんだけど、まぁあと少しで捕らえられそうだった、しかも大出血していて楽にトドメをさせそうな相手となれば、当然か。
私はもう一度棒で床を叩き、その音で男たちは飛び上がる。
「私は断ったぞ」
踵を返すが、庭園にすぐ戻るわけにはいかない。
地下の整備室に行ってしまおう。
地下への入り口は閉ざせるから、特に問題はないだろう。
門番ゴーレムも警備ゴーレムも起動済み、スライムたちも私とすれ違いにエントランスへと移動していった。
さぁ、さっさと帰れ。
そう思いながら私は一旦地下へと降り、階段を閉ざす。
水を用意している間に、遠く悲鳴が聞こえ、着替えや布を控室から持ち出した時には、もう男たちは逃げてしまったらしく、見張り一号越しで見たエントランスで門番ゴーレムは動きを止めていた。
よし、もういいだろう。
バケツと着替えを持って、私は庭園に戻った。
血に汚れたままだったナオを綺麗にして、着替えさせ、改めて作った寝床に寝かせる。
これでようやくほっとした。
さて、と考える。
あいつらの王様とやらは、ナオに追手をかけた。
これはわかる。自分の管理を離れた、危険因子なんて始末した方がいいに決まってる。
ただ、それにしては追手としてゆるいだろう。
あの男二人程度、『シオリ』はともかくゴーレムたちのことごとくを砕いたナオたちならば、本来容易く……
と、そこで私は不味い選択をしてしまったことに気づいた。
あれらを逃がしてはならなかった。
あれらは、あいつらは、ナオを捕まえられなかった代わりにその情報を売れる。
このダンジョンの管理者が復活したという情報もある。
ドラゴンが持ち帰ってきた、巨大魔石も、ここから持って行ったもののはずだ。
となれば、もう一度兵が派遣されてくる可能性は、高い。
……練り直した警備だけど、あっち……ナオを召喚した国は一度突破している。
庭園の入り方も知っている。
だがもう男たちはダンジョンの外に出てしまっている。
私では追えないし、おでかけ二号では歩幅がそも違う。
思考を巡らせて、私は追うのを諦めた。
……だったら、迎え撃てばいいだけのことだ。
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