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奥津城守の帰還  作者: みかか
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少女の物語 3

今回残酷な描写があります。

 ナオから見て正面なのに、発声練習に夢中になっていて彼女はその茂みに気づくことができなかった。


「うわ、人間か?」


 ようやく顔をあげたのは、川の向こう岸に二人の男が現れ、声をあげたときだった。

きゅっとナオは口をつぐむ。

聞かれてしまった、と。


「なんでこんなところに女がいるんだ?」


 二人とナオの間にある川は、魚を獲れる程度には深いのだが、泳げない程度には浅く、幅もそう広くはない。

大人の足ならば、簡単に超えられてしまう……。

魚を入れた籠も銛も、サンダルを履きなおすのもあきらめ、ナオは踵を返してゴーレムの方へと引き返そうとした。


「あ、待て!」

「あいつ、もしかして賞金首の」


 あきらかな怒声に、ナオが立ち止まるはずがない。

裸足で走ったための足裏の痛みに焦りながらも、待っていたゴーレムの腕に掴まり、


「逃げて!」


 肩まで登る前に、ナオはゴーレムの肩越しに男たちが川を渡り切るのを見てしまった。

魔法を使えばいいと思いつきはしても、何を使えばいいのか……。

あの人たちは、ゴブリンやなにか、炎の魔法を使ってもいい相手じゃない。

川が近いから水の魔法、だめ、死なせる。

『人間を相手に魔法を使う』ことに、ナオは怯むようになっていた。

山賊を討伐したときは、「あの連中は魔物と同じだ」と言い聞かされていたからこその行動だった。

ナオたちには、攻撃する魔法以外はほとんど与えられてこなかった。

身体・感覚の強化の魔法だって、トロル相手にぼろぼろになってからやっと与えられたもの。

だから、だろう。


「ぐ、グルルルルル」


 思い出したのは、「相手を止めちゃえばいいんだよ」という、魔法を教えてくれた時のドラゴンの一言。

喉を鳴らし、息を吸う、止める。

男たちの速度はゴーレムよりやや遅い。

だが、距離を離すほどの差でもない。

使うならいまだ。


 ナオは、焦っていた。

だからドラゴンが言っていたことを忘れてしまっていたのだ。

―――ドラゴンが使うものだから、人間には難しいよ。

―――雛だってしょっちゅう練習で怪我するんだ。

―――人間ができあがってない体で使っちゃったら。

―――……喉が裂けちゃうんだよ。

グルルルルと喉を鳴らし、もう一度、ナオは息を吸い込んだ。


「ガァアアアアアアアアッ!」


 叫びが森に響く。

それが竜の吼え声であると知っている者は少ないだろう。

ドラゴンが戦いに臨むときにあげるウォークライは、声の形をした初撃。

びりびりと空気は震え、心の準備をしていない者はその一声で足も手も、心まで止まってしまう。

不完全な状態でも、その一声は効果を表し、男たちは完全に止まってしまった。


 だがその反動もまた、たちまちのうちにナオの身体を蝕んだ。

ドラゴンの言っていた通り、ナオの喉は魔法の叫びに耐えられず、裂けた。

溢れる血は口から零れ、下あご、首、衣装の胸元と赤く汚していく。

もしナオに魔法の心得が無ければ、それは単なるドラゴンの吠え真似でしかなかっただろう。

不完全とはいえ勝鬨が成功したのは、魔法を使う際の魔力の使い方を分かっていたから。

だからこそ、ドラゴンは「たぶん成功させるだろう」と見抜いて、使うことを止めていた。


 痛みにナオは喉元を抑え、ゴーレムの肩に突っ伏す。

傷口は熱いのに、血が流れていくにしたがって体は冷えていく。

痛い、と言おうとすればさらに痛い。

それに涙が流れて、視界もはっきりしない。

呼吸ができない。苦しい……。


「ナオ? 何があったの?」


 震える身体を降ろされる感覚に、ほんのわずか彼女は安心する。

冷たく硬い椅子に座らされているということだけを、ナオは知覚した。


「ナオ、ねぇだめ。目を閉じちゃだめ。お願い、目を開けて、こっちを見るの。だめ、ゆっくり、息を」


 さむい、あつい、いたい、くるしい。

そんなに辛いのに、眠い……。

呼ばれる名前に応えることもできないまま、ナオは沈んで行こうとした。

そこに……小さなぬくもりを感じた。

冷たくも熱くもなく、ふわりとあたたかく、すぅっと涼しい、どこまでも快い感覚。

痛みも遠ざかって、ただやわらかなものに包まれる。


 ふと眠気が覚めて閉じていた瞼を、軽くナオは開いた。

そこにあるのは、彼女のよく知る公園の光景。

守役のゴーレムは公園の中まで彼女を運んでくれたらしい。


「……ナオ? わかる? 見える?」

「おねえちゃん」


 床に座り込んだ「おねえちゃん」に抱え込まれる形で、ナオは座らされていた。

そっか、「おねえちゃん」はお人形だから体硬いんだ、そう思い当たって彼女は笑う。

抱き込まれ、握りしめられていた手を握り返す。


「見えるよ、わかるよ」


 人間だったらぐしゃぐしゃに泣いているところだろうけれど、石の人形は泣くことはできないから乾いたままの顔に、笑いかける。


「もう、いたくない?」


 すぐそばで声を掛けられて、ナオはそちらを見た。

エレイラナが彼女を覗き込んでいる。


「痛くないよ」


 あまりにも心配そうな顔をしているものだから、ゆっくりと笑いかける。


「皇女様が治してくださったの」

「そうなんだ……ありがとう……」


 ふわふわとしているのはなんでだろうと思いながら、ナオは頭を下げようとする。

回復魔法って、本当はあんなにもいいものだったんだ、と。

さっき去ったはずの眠気がふわふわとした心地の向こうからやってきて、ナオは頭を「おねえちゃん」に預けて目を閉じた。

ああ、眠気に耐えられない……。

それにさっきまでの眠気とは全然違って、それはナオにとっては少しも怖いものではなく、安心して沈んでいけるもの。


「おねえちゃん、にんげん ちかくに、いたよ……」


 それでもこれだけはと必死に伝えて、言い終わるとナオは目を閉じた。



 身体も顔も血に汚れたままだったが、そっと石人形の娘が首の赤色を拭うと、外側まで裂けているのが見えた傷は、もう跡形も無い。

それどころか、滑らかな皮膚はあえかな光をまとってさえいる。

よくぞ生きてここまでと思わせるほどの深手だったが、これほど綺麗に回復するとは。

それを為したエレイラナはといえば、そんな彼女たちににこにこと笑いかけていた。


「皇女様……皇女様、ありがとうございます……!」

「うん。よかった」


 安堵に石人形は息を吐くようなしぐさで肩を落とす。

でも、と彼女は少女を抱いたまま立ち上がり、庭園の東屋の片隅にその体を寝かせた。


「皇女様、私はこれより、侵入者に備えます」

読んでいただきありがとうございます。


猛獣とまではいかなくても大きい犬に迫力たっぷりに吠えられるのに、精神系魔法載ってる感じです。

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