ふたりぼっちの物語 2
ミヤはふつっと途切れるように夢からさめた。
もう窓の外は明るくなっている。
カーテンを開くと、青い空が見えた。今日もいい天気。
疲れ切った体で『お城』まで戻ったのだけれど、ふかふかのベッドで眠るとすっかり回復したようだった。
大きく伸びた彼女は、すぐに漂うこうばしい匂いに気づいた。
ドアのすぐ内側には、二人分のパンと果汁が籠に入って置かれている。
彼女たちが起きる前に、ドアについている一回り小さな口から入れられたのだろう。
ミヤはいそいそと起きだして、部屋の片隅にある洗面所を兼ねた風呂場へ入って行った。
顔を洗って身支度をすませたら、さっそくその籠を部屋のまんなかにあるテーブルに載せて、半分を自分のものとして食事を始める。
基本的に、彼女たち二人の暮らしは、他者と顔を合わせずに済むようになっている。
例外はお仕事に連れて行ってくれる騎士たちだが、彼らも絶対に彼女たちに話しかけることはない。
朝食は眠っている間、昼食は同じように小さなドアや、移動馬車の中に乗る前に、夕食は戻ってくる前に。
彼女たちが部屋を出ている間に、食事以外もシーツ替えから消耗品の補充まで、すべて用意されている。
ミヤの経験にはないが、ちょうどホテルや旅館ぐらしに近い生活だ。
不足があるとするなら、前述のように『賢者様』以外の人との接触が無いということだが、彼女たちより前に招かれた魔法使いが、使用人に化けた『魔王』の手先に攫われてしまって、たぶんそのまま殺されてしまったと聞かされれば、特にこわがりで慎重派のミヤはその言いつけに従うしかない。
従っているのはケンも同じだったが、こちらはそういうシステムのゲームだな、と納得していた。
外に出るようなイベントが無ければ、外には出られないのだ、と。
正直ミヤにはよくわからなかったのだが、トラブルが無いならそのほうがいい……。
「おはよ」
「おはよう。今日もいい天気だよ」
「んー」
起き出してきたケンが頭を掻き、大あくびをする。
そのままミヤの反対側のテーブルにつき、ケンもパンにかぶりついて果汁を口にする。
ミヤは朝食は身支度をしてからだが、ケンはまず腹をふくらませる。
特に行儀が悪くても叱られることも無い。
三口ほどで一個目のパンを食べきったころ、ようやくケンはしっかり目を覚ましたらしい。
朝食の籠に一緒に入れられていた、今日の予定を片手に二個目にとりかかる。
「おぎょうぎわるいよ」
「父さんが新聞でやってたから大丈夫だって」
まくまくと食べながら読むなんて、集中を読み物にとられて味がわからなくなってしまうだろうに。
ミヤは呆れながらゆっくりと朝食を食べた。
何度目かのやりとりだが、ケンは一度も朝食をお行儀よく食べたことがない。
もしかしたらケンにとっては、憧れの行為だったのかもしれない。
「今日のお仕事はなぁに?」
行儀よくごちそうさままで言ってから、彼女は相棒に尋ねた。
まだ二人は魔法使いとしては未熟だから、できるのは『お城』のまわりに出る魔物退治とか、野獣退治まで。
この間は下水道に出るスライムを退治したし、畑に出た大猪を仕留めたこともある。
遠出をして、廃墟を探検したこともあった。
そんな仕事が無い時は魔法のお勉強をするのだけれど、二人は実に筋がいい、と『賢者様』は褒めてくれる。
まるで『勇者』の生まれ変わりのようだとまで。
そんな風に褒められたら、やる気を出してしまうのが子どもというものだろう。
「今日は自習だって。底の方に新しい課題を入れてますってさ」
これが習得できたら、また新しい仕事があるとも。
それはつまり、新しい課題をクリアするまで、仕事はないということだ。
ミヤは、ほんのすこしだけほっとした。
仕事をやり遂げて褒めてもらえるのはうれしいけれど、ケガをしたりドキドキしたり怖い目に遭ったりする『仕事』を彼女はこっそり苦手に思っていた。
だって自分から怖い目に遭いに行くなんて!
それにたまにある『レベルアップ』も苦手だった。
自分がわからなくなるくらいに痛いのがずっと続く。
もし自分ひとりだったら、強くならなくてもいいから『レベルアップ』したくないと……いや、それが言えないことも、ミヤは自分でわかっていた。
こちらの世界で目を覚ましたときには、大人の身体になっていたし、キライだった舌足らずの口調もちゃんとしゃべれるようになっていたけれど……自分がそんなに大人になっていないことを、ミヤは自覚していた。
大人に「そうしなさい」と言われたら、従う良い子。それがミヤだった。
早くおうちに帰りたいけれど、ケン曰くのゲームクリアまでそれはできないらしい。
どうすればクリアになるかは、ケンも知らないのだけれど。
それに、ひとりだったらという前提そのものが、無理。
世界にたったひとりということ、そのものが無理……。
それに対して、ケンはこの世界の仕事にも『レベルアップ』にも学習にも積極的だった。
だって剣と魔法の世界!
最終目標もわからないし、自由に行動できないのも文句があったが、あなたは王様の魔法使いだから、の一言でそれも消し飛んだ。
苦手な学校の勉強も、友だちについていけない体育も、学校が終わってからも行かなきゃいけない習い事も、ぜんぶぜんぶ置いてきた。
この世界なら、できないということを叱られることもない。
ケンにとっては、この世界は楽しいゲームそのもの。
痛い『レベルアップ』だって、注射をがんばるようなものだ。
強くなれるし、なにより……そういうシステムのゲームなら、全部飲みこまなくては。
システムの穴を突く行為は、ゲームでバグを引き起こしたり、怖いゲームマスターを呼ばれてしまうかもしれない。
ケンは動画サイトで、ネットゲームで悪いことをして、ゲームマスターを呼ばれたプレイヤーが、他の人にもわかるような形で処罰された動画を見たこともある。
ああいう風にはなりたくない。
なによりこのゲームを、まだまだ楽しんでいたかった。
読んでいただきありがとうございます。
リピート、みたいな感じで。




