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奥津城守の帰還  作者: みかか
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ゴブリンは喰われた

 大きくなった身体。強くなった手足。

粗末ではあるが使える家。

それから群れ。

今はもうそれらはすべて、ゴブリンのものではない。


 ゴブリンはまたしても追われた末に、今は檻の中にいた。

チビの魔法使い三人をからかいながら森から追い出していい気分になったのもつかの間、その後に正規の騎士団……ゴブリンにとっては、揃いの鎧の一団が森に突入してきた。

強くなったはずだった。

力が強くなれば、壊せる物も多くなる。

だから鎧だって壊せるはずと欲張ったのがまずかったのか。

騎士たちへと襲い掛かる手下たちは、完全に弄ばれる形となり、次々に切り伏せられた。

次は自分となれば、離脱者が出るのがゴブリンだ。

弱い者からではなく、強い者から崩れる。

痛手が軽いうちなら、いくらでも立て直しがきく。

こと、成長した今なら一人でもどうにかなると考えるのは、このゴブリンの思考の方向性からして当然の事ではあるだろう。


 だがその決は遅すぎたようだった。

走り始めた身体を襲う強烈な痺れに、顔面から地面に転がったところを荷物のように括られ、荷車の後ろへと放り入れられた。

荷台には同じような同類がいて、互いにしくじったことを目で罵りあった。

その場で殺されなかったことは、その時点では幸運だとも思えたのだ。

身体を止める痺れが取れれば、逃げ出せるチャンスもあるだろう、と。


 その目算が間違いであったことも、まもなくゴブリンたちは知ることになる。

何日もかけて、ゴブリンたちは荷車で運ばれた。

その間中、身体の痺れは取れることはなかった。

酷い痺れは体の消耗も止めていたのか、日に一度水を口に突っ込まれるだけでもなんとか生き延びられたのだが、それでも運ばれるうちに何人ものゴブリンが力尽きた。

途中で痺れが胸の中まで届いたものか、息苦しくなることもあったので、息が止まった者もいたかもしれない。

やっと荷車が止まったかと思えば、乗せられた時同様に暗い地下へと運搬され、さらに牢にと入れられた。


 しかしながら、それで終わりなどでは当然なかった。

気が付けば、ゴブリンは変な場所から『牢の中の自分』を見ているのに気付いた。

檻の中にいるのは同じ、身体の痺れは取れているものの上手く動けない。

見上げれば天井まで格子があり、箱型の檻に入れられていることがわかる。

だが、なにか、おかしい……。

振り返ってみてようやく、ゴブリンはおかしさの理由を知った。

すぐ近くに有るのは、木皿だろう。寝床ほどもある。

載せられている生肉は、猟師の家にあった枕ほどもある。

その木皿、ひいてはゴブリンの檻が置かれているのは、テーブル。

そして振り返った時に、自分の臀部を引かれたような感覚があった。

無毛の、ミミズを思わせるようなものが、自分から生えている……!


 あわてて周りを見回す。

最低限の明かりしかないが、ゴブリンの目には部屋の様子がよく見えた。

一部屋を鉄格子で区切り、奥側が牢になっている。

入り口側にはテーブルと、樽らしいものがある。

入り口側は、人間二人が楽に動けるほど広いが、牢の中は寝起きくらいしかできないだろう。

奥がくぼんでいるのは、汚れを流すためか。

長い棒の一本もあれば、牢のどこにいても格子の向こうから好き勝手に小突き回されてしまうだろう。

そうされる程度の者を入れるような牢だ。

もちろん、ゴブリンにそこまでのことはわからない。


「ああ、気を付けろよ」


 大きな声にゴブリンはすくみ上った。

人間がいる。

いつの間に入ってきたのだろう、二人の人間が鉄の棒を手にしている。

その先端に、木皿の上の肉を突きさして、檻の中へと差し入れている。


「でもこいつ、中身はネズミだろ?」

「ばーか。だからだよ。ゴブリンの顎で喰いつかれたら、そこから先無くなるぞ」


 その言葉に、ゴブリンは己の手を見た。

そこにあるのは、矮小なネズミの前足。

ヒッと、喉が引きつる。

大きくなった身体。

強くなった手足。

それらすら、奪われた。


「それ言うなら、ゴブみてぇには動かないって」


 檻の向こうの身体は、のそのそと棒から肉を取って、食らいついた。

背を丸め、誰にもとられないように口に運ぶその仕草は、たしかにネズミのものとわかる。


「しかしこんなもん、どうすんのかねぇ」

「そんなことはオエライさんの考えるこった」


 我知らず、ゴブリンの、今はネズミの息が荒くなる。

檻の中でうずくまって考えるうちに、人間たちの用事は終わったのか、この場を出て行ってしまった。

残されたのは、檻の中のゴブリンとネズミだけ。


 ネズミは、自分が入れられている小さな檻のトビラをよくよく見て見た。

鍵はかけられていない。

引き上げ式のトビラを、動かなくする横棒が二本、その上下に噛まされているだけだ。

格子は太い針金で頑丈に作ってあるが、所詮はその程度。

これを外せば逃げられる……。


「おっと、忘れる所だった」


 扉を開ける音に続いて、檻ごとネズミは持ち上げられた。

落下したのは、水の中。

水に放り込まれた、溺れさせられる、と理解するのは混乱した頭ではできない。


「そのまま放り込んどけばいいんじゃないか?」

「こっちの中身、ゴブリンだぞ。逃げられちまう」


 浮き上がろうにも、水面は格子の向こう。

天井の格子に、身体の浮力で押し付けられるうち、ネズミは何も見えなくなった。

だが、身体がバウンドする感覚と痛みで意識が戻る。

放り投げられて、床に叩きつけられた拍子に水を吐くことができた、らしい。

あの、窪み。奥の窪みに逃げ込めば、出られる……。

必死で息を継いで、頭をもたげたその体を、掴まれる。


「それにうちの親父、ゴブリンに食われたんだよな。ま、こいつじゃないかもしれねぇけど」


 目の前にあるのは自分の顔。

ネズミはゴキブリだって食べるのだから、充分捕食対象になるだろう。

がっと開いた口は耳まで裂け、喉奥が見える。

……どうすればよかったのだろう。

行商人、旅人、馭者、猟師、農夫農婦、男、女、子ども、若者、中年、年より。

ゴブリンが噛み砕いてきたさまざまな人間と同じように、ネズミは頭から尻尾の先までごりごりと噛み砕かれ、腹へと収まった。

読んでいただきありがとうございます。


というわけで。厄介だったゴブリンはこれにて。

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