羽化登神
ああそうだ、私は作り物で、そんな機能はつけられていないから見ることはできない……。
改めて自覚した事実に、落ち込む余裕は私には無い。
ナオの不安を除かなきゃ。
やることを設定しさえすれば、私自身は安定する。
そういう風に、できている。
「ナオには、見えているのね?」
「うん……」
不安そうに、ナオは私の服を握ったまま。
そうだ、この仔にとってはオバケだもの。怖くって当然だ。
恐怖は強い感情だから。
「その人は、私がお仕えしているお姫様。何もこわいことなんかないよ」
とはいえ、説明一つで納得してもらえるものか。
ナオの目はやっぱり揺れていたけど、きゅっと唇を結んだ。
「わ、わかった。僕を、ここにいさせてくれているひと、なんだよね」
この世のホラー映画、特にオバケがまともな、綺麗系の見目のものを、私はこっそり逆恨みした。
あきらかにクリーチャー系のオバケばっかりなら、ナオだって警戒を解くだろうに。
「ねぇ!」
東屋で、ドラゴンが手を振っている。
ドラゴンにとっては死者も生者もあんまり関係ないのだろうか。
呑気に、といっていいほどに楽しそうだ。
「こっち! こっち来て!」
「ナオ……行く?」
「うん」
それでも私がナオに手を差し伸べると、おそるおそる、その手を握ってきた
手を引いて東屋へ。
「どうしたの?」
ドラゴンはにこにことしながら立ち上がり、後ろへと振り返って手を差し伸べた。
ちょうどエスコートでもするみたいに。
その、手の上に……指先が、爪が、指が、手が、腕が、肩が、首が、胸が、そして顔があらわれていく。
ドラゴンの手のひらに魔力が流れているのが見える。
吹きあがるその魔力に、まるで染められているように、ひとが、おんなのこが、あらわれて……ああ、皇女様だ。
玄室の石棺の上に横たわる、あの石像そのままの姿で、皇女様がそこにおわした。
「ほら、やっぱりこうすれば見えるようになるんだよ」
ドラゴンがはしゃいだ声をあげる。
得意そうな……いや実際これは得意になってかまわないと思う。
実体を持たないはずの、魂ばかりの死者を実体化まではしてないけど、魔力を流すことで可視化するなんて、たぶん人間には不可能だ。
言葉も無く立ちすくむ私と、ナオ。
ぱちぱちと、私たちの前で皇女様は何度もまばたきをして、ご自分の手をご覧になっている。
「ナオ。ねぇ、……あなたには、今、どう見えているのか、教えて?」
私の手を握っているナオを、その手を揺らしてうながす。
万一にもと思って、握り返さないようにしていてよかった。
驚いてしまって、この子の手を握りつぶさないとも限らなかったから。
「半分透明だった女の子が、透明じゃなくなったよ……。今は、向こうが見えない」
その言葉で、私とこの子が同じものを見ているのがわかった。
私は膝を折りながらそっと促して、自分の隣にナオも跪かせる。
「お行儀よくしていてね」
「……はい」
この子はさとい子だから、それだけでなにかしらはわかったのだろう。
神妙なくらいに、身体を縮めていた。
「わたし……わたしの声は、聞こえる?」
私のものでも、ナオのものでもない女の子の声。
『私』が起動したのは、皇女様が身罷られた後。
だから私は皇女様の御声を知らない。
目の色も教えられた言葉でしか知らない。
ああ、そうなんだ、皇女様の御声は、このような。
「エレイラナ、声も出るの?」
心底びっくりしたと、ひっくりかえるようなドラゴンの声がした。
え?
ちょっと待って。
この顕現、アンタの仕業でしょ?
何がおきたのか、まったくわからない。
わからないのだけれど、皇女様に何かが起きた……身罷られてからの数百年間とは、まったく違う辺かがおきたのは確かだった。
たとえば、そう、たとえば、まるで羽化のような。
ドラゴンの力がそれを後押ししたのだと、私は思うことにした。
とりあえずはそう思って整理しないと、思考の沼にはまってしまいそうだったからだ。
本来は不敬であるけれど、今の皇女様は死霊だ。
そんな存在にもかかわらず、そこにおわす姿におぞましさは感じない。
むしろ何も不安を感じない。まるで神聖な……。
「かみさま……?」
ぽこ、とあぶくの湧き上がるように、ナオが稚い声を零した。
□□□
それは、一種の計算問題のようなもの。
魔法が存在し、地球には存在しないさまざまな物や事象が実在する世界ゆえになりたつ計算問題である。
問A、神を生むには何人の人間が必要か。
答A、一人いればいい。
問B、神を零落させることなく、神として存在させ続けるには何人の祈りが必要か。
答B、一人でかまわない。しかしながらその一人が死ねば終わり。
問C、神が力を得るには、何人の信仰が必要か。
答C、算出不能。
『皇女の奥津城』を作り上げた皇帝は、人としての命を終えた幼い娘に、永遠の命を与えようとした。
巨大なダンジョンを娘の墓として、そして神殿として拵え、墓守として、そして祭司としてエレメンタルゴーレムを配した。
巨大な国において、トップの地位にある者やその一族の神格化はよくあるものであったから、国民たちは幼い女神を新しく迎え入れるのに抵抗は無かった。
本殿たる奥津城に参ることはできずとも、小さな町であってもひとつはある神殿に、名が加わる。
通常であればそれで満足するところを、皇帝はさらに求め、そして考えた。
『国』というものの永遠を、皇帝でありながら彼は信じてはいなかった。
自身の寿命のうちは、守り切ってみせよう。
だが子、孫を経てその先はわからぬ。
命令一つから生まれた、名ばかりの幼い女神など、国の滅びに殉じさせられてしまうだろう。
ゆえに彼は、永遠を耐えられる墓守と祭司を求めた。
エレメンタルゴーレムにしたのは、単なるゴーレムでは『祈り』は単なる組み込まれた動作にしかならないためだ。
魂に近いものをもたせなくては……。
通常の精霊ではなく、人工精霊を使ったのは、何の色も持たず、かつ命令を組み込みやすかったから。
自己決定や成長の許可を与えたのは、その魂が年月を重ね、一層人に近づけるようにするため。
たった一人でかまわない。遠すぎる歳月を耐えられる『祈る者』を。
それが叶って、ようやく彼は安堵した。
いつか、いつの日か。
祈る者、信じる者の前に、娘は甦るだろうと。
父親からの最後の贈物、それが結実する日を己が見られないことを彼は知っていた。
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