確認大事(おおごと、とも読むね)
結婚のことにくらくらしながらも、私の頭は必死に、そして勝手に計算を始めた。
この仔と皇女様が結ばれるとして、この仔が大人になるまでどれくらいかかるんだろう?
その前に親御さんに連絡入れる?
独り立ちならぬ一匹立ちしたからって、まだこの仔亜成体の緑色の鱗だし。
いやそうじゃなくて。
計算を一旦棚に上げる。
違う。大事なのはそれじゃない。
皇女様が、私には見えなくとも、ここにおわすということ。
それでも、私は念には念を入れて、ドラゴンにエレイラナと名乗った女の子の特徴を訊ねた。
「ええとね、髪は肩より少し下。ゾトの所で食べた蜂蜜の色してる。顔はクリームみたいな色で、頬っぺたは熟した桃の色。目は伸び始めた葉っぱの色。着てるのは布を七枚も重ねてまとめて、ふんわりさせた服。ザルが教えてくれたけど、そんな風にできる布って、すごく薄くて珍しくて作るのが難しいって」
たぶんひとつひとつを挙げていったら、今でもどこかにたくさんいる色の組み合わせだろう。
だけど、ドレス。
今のドレスは断って作る。
皇女様の時代は、重ねて留めて結んで作る。
あきらかに今の流行とは違う。
何色の布を使っていたかも……当時の様式で、二番目に位の高い女性、つまり皇女にのみ許される色だったし、ドラゴンの言う枚数を重ねるなら、おそろしく高価な薄物でなきゃまともに動ける仕立てにはならない。
十二単を考えるとわかりやすいが、薄い一枚布だから重ねても軽やかにできるというシロモノ。
そんなドレスを死者のために用意できる人間は、色の事を抜きにしても皇帝陛下しか考えられない。
ああ……。
皇女様だ。
皇女様は、たしかにここにおわしたのだ。
肺がなくてよかった。今頃呼吸がおかしくなってたところだ。
わきあがる感情を、今の私なら、人間として生きて、感情で変わる表情を経験した私なら、わかる。
「涙が出そうなくらい嬉しい」、だ。
私の、シオリの、私以前の何人もの『私』たち、分裂元の人工精霊たちの歌も、語りも、祈りも、受け取ってくださっていた。
それを役目として与えられていた私にとってそのことは……単純に喜びだった。
でも。
私は……いくら精巧に作成されたとはいえ、元々は人工精霊だ。
此の世に有る物から生じたのではない、地球で言うならばプログラムによって作動する、人工知能。
この世界だからこそ、無線で身体を乗り換えることもできる、ロボットに近い物。
ロボットが幽霊を見られるかについては、エビデンスは何もないけれど、少なくとも人工精霊ならびに、それが宿るエレメンタルゴーレムは見ることができない、ということだ。
その機能は備わっていない。
ああ……。
問い詰めたり、喜んだり、落ち込んだりする私は、仔ドラゴンから見てもおかしくなったとしか思えなかったろう。
……実際、壊れてしまいそうな衝撃だった。
私が黙り込むにいたって、ようやく仔ドラゴンが近寄ってきて私の顔を見上げる。
瞳孔が真ん丸だ。
心配してくれているんだろう。
うん、本当にね、悪くない。悪くないと思う。
優しい仔だし、素直だ。
「……あのね」
だから私も、言ってしまうことにした。
「私たちの祈りが、届けたかった人に届いていた。それがとても嬉しかったの」
ふにゃ、と仔ドラゴンが笑いを返す。
「僕がここにいたとき、乳母殿の話とか歌、いっしょに聞いてた。いっつもじっと、わくわくしたり合せて口遊んだりして聞いてたんだよ」
「うん。教えてくれて、ありがとう」
なんでここにいたときに教えてくれてなかったかについては、おいとこう。
何か理由があるのかもしれないし。
ドラゴン的な時間の使い方に、ふと考えがいった。
さて、そんなにナオのことについては、不安にならなくていいように思えた。
「ゾトからの伝言を預かってきたってことは、また向こうに行くの?」
「うん! それでまた遠く、もっと遠くに行くんだ。いろんなもの見てくる。エレイラナにいっぱい世界の事、教えなくちゃ」
わくわくするドラゴンの様子は、ほほえましい。
「また行く前に泊まっていくでしょう? 多少ここでも料理はできるようになったから。コボルトの街ほどじゃないけどね」
ドラゴンの尻尾がゆらゆら揺れて、へへー、と笑って瞳孔も細くなる。
「たのしみ!」
「だからコボルトたちほどじゃないってば」
……これぐらい場がほぐれていれば大丈夫か。
私は心の中でこっそりとそう計算しながら、庭園の扉に手をかける。
ナオは、前に座らせていた場所に戻っていた。
膝の上に本を広げているけれど、それを見ていない。
東屋の方をじっと見ている。
「エレイラナ!」
私の脇をすり抜けるようにして、ドラゴンが中に走って入って行く。
その駆けて行く方向には、誰もいないのに。
いないの? 本当に?
『私』たちには見えないだけなんじゃ……。
「おねえちゃん」
控えめに袖が退かれる。
ナオがそっと近づいてきて、いやこれは、おそるおそる、だ。
どうしようって顔をしてる。
「あのね、あそこ、……ええと」
私はかがんで、目線を合せる。
「知らない女の子がいる。ギリシャのお姫様みたいな」
そっか。
あのドレスは、日本の子ならギリシャ風に見えるんだ。
そしてドラゴンは、東屋の中に腰を下ろして、何か楽しそうに笑っていた。
読んでいただきありがとうございます。
心霊現象映像とか見る限り、ロボットが見えててもおかしくないというか、むしろロボットの方が見えるのではないかとおも思いますが、人工精霊にはプログラムされてないということで。




