衝撃の事実に追いつけない(私だけが)
やっぱりこの子、だいぶん幼いなぁ、と事あるごとに思いながらナオの面倒を見る日が続いていた。
修理一号を使って取ってきた木で家具、もとい家具らしいものを作ったりして、少しは人間らしい生活を送らせられるようになっていた。
いや本来はこっちの方が正しいんだろう。
だって数えでだって六歳なんだから。
小学校にあがったばかりでこっちに連れてこられたらしいし、親が完全に面倒を見る幼児から、児童に切り替わったばかり。
それでも親離れなんてまだまだ遠いはず。
……だから、私が面倒を見るのは、悪くないことのはずだ。
私は料理や洗濯なんかの家事にナオをつきあわせ、それを覚えさせながら慎重にこの子の状態を見ていた。
「おねえちゃん、はい」
「はい、ありがとう」
取りこんだ洗濯物を畳む。
私は複雑な服で、ナオにはタオル。
本を読むことはできる。魔法を使うこともできる。
だけど生活力が低いということはわかる。
それから割と、この子は構ってほしがる。
これはもう安全地帯扱いされてるな、と実感したのは、髪を梳いてほしいと控えめにねだられたとき。
その時から、この子は思い切ってという感じで、私をおねえちゃんと呼ぶようになった。
もしかしたら、これは子どもの防衛本能での、私の無力化なのかもしれない。
まぁ、それならそれで構わない。
ごきげんとりでもなんでも、実際私の機嫌はいいんだから問題ない。
今日も今日とて、シオリの遺した本を教科書代わりに、音読をさせていると、「ただいまー!」と聞き覚えのある声が庭園の外からした。
氷のドラゴンだ。
ナオを会せるのは……うん、ちょっと不安がある。
「待ってて」
不安そうなナオを庭園に残して、私はエントランスへと出る。
いるいる。
人間の姿になった仔ドラゴンはすでに、スライムの中で歓声あげてじたばたしてる。
ありゃ、あの仔にとっちゃ水浴びの変わり種みたいなものだからね。
ひととおり水浴びが終わると、よいしょっと出てきた仔ドラゴンがにっと笑う。
「おかえり。外はどうだった? ゾトかザルには会えた?」
そんな風に訊くと、にこにこして体全部でうなずいてみせる。
「あのね」、と言いかけたところで、しかしその縦の瞳孔が丸くなる。
ドラゴンの瞳孔は、猫と違って明るさでは動かない。
見たい物を見るための注視で丸くなる。
「……だれ? ううん。……違う。知ってる」
視線の先、扉の影からなんとかこっちをうかがおうとしている顔がある。
けれど夜目の効かない人間の身体。
昼でも灯り一つないエントランスを確かめることはできない。
「おねえちゃん……?」
不安そうなナオの声が響くのに、ドラゴンは肩をすくめる。
「なーんか、前のときより弱ってるなぁ」
その目に険しさがなくなって、ほっとする。
「大丈夫。本を読んでて」
「……うん」
ひとまず、ナオに扉を閉じさせる。さて。
「それで、どうしたの?」
ドラゴンはまだ扉の方を見ていたが、こちらにと注意を向け直させた。
瞳孔も細くなってる。
「ごはん、いろんなもの食べさせてもらえた?」
「うんっ! パン食べたよ! ジャムとかもあった。あんなのなんだね」
「そうそう。楽しめたみたいで良かった」
「それで、ゾトがいた山のヒトたちのとこ、人間がまた来たんだ。撃退はできたんだけどお引越しをした。別の所にいっちゃったから、石を送っても届くか不安なんだって」
そういえば、最近石が届いていなかった。
どたばたしてたものね。
でも、人間が来たって?
私は嫌な予感を覚えながらも、その日付を聞けば、ナオがここに来る前の事。
コボルトに負けたという話をあの子はしていないから、十中八九ケンとミヤはそこでも死んだんだろう。
……もし認識阻害の魔法が切れていれば、次にナオがともだちに会う時は知らない顔、か。
「どうしたの?」
「なんでもない。ゴーレムの移動だけど、問題ない。元々が人気のないところを選んで移動するような命令を入れてあるから、出発地点がどこでも大丈夫。それで……話からすると、ゾトたちは無事なのね?」
「うん。で、これを預かってきたんだ」
ドラゴンは隠しから(しかし本当にどこに持っているんだろう、あれ)赤い、なんだかずいぶんと大きな魔石を取り出してきた。
うわ、なにこれ。
自然に結晶するとしたら何十年、いや何百年モノになるんだろう。
こういうのが採れるところに引っ越したから安心してほしいってことだろうか?
「これ、ゾトがこっちに返した方がいいって。エレイラナの常夜灯だから、こっちで使ってもらった方がいいって」
「へ……?」
待て待て待て。
うちのダンジョンの精製器で一日一個作れるのは、爪くらいのサイズ。
そりゃ、育てることはできるけど、それでだって何年かかかるくらいの大きさ。
それよりなにより。
「……今、ヒトの名前言ったよね?」
「うん、エレイラナ」
なんで、君が……皇女様の御名前を知ってるの?
「初めて会った時に教えてくれたから、知ってる」
私は混乱するしかなかった。
今はもう亡くなってる皇女様とドラゴンは話をした。
つまり、皇女様は幽霊として、ここに居られたということだ。
亡くなられてから、ずっと、居られた……。
私は混乱しながら、事実をなんとか一つずつ組み立てようとする。
あ、ダメだ。
上手く整理できない。
情報処理能力には割と自信あったのに。
でもとりあえず、このことだけは伝えておかないと。
「あのね」
ドラゴンはやっぱりわかってないんだろう。
きょとんとして、小首をかしげている。
悪くはない。悪くはないんだけどね。
「うちの国のしきたりでね。女の子、特にお姫様の話なんだけど」
「うん」
「名前を訊ねるのって、その子に対して結婚してくださいって言ってるのと同じで、もし教えてくれたらいいですよってことなんだけど」
伝えておかなくちゃの中身がこれというあたり、私は本当に混乱していたのだ。
「エレイラナが教えてくれたから、知ってるよ。僕が大人になったら、結婚するって約束した」
その混乱は、ドラゴンの返事でますます深まってしまったのだけれど。
ぱちり、とナオがまたたきをする。
その視線の先で、陽炎のようなものが揺らめいた。
あれ、なんだろう……?
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