少女の物語 1
そういえば、「木」という日本人にとっての万能材料が、ダンジョンの外にあるじゃんということで。
人間くらいの大きさの人形が、人間のようにゆるやかに動いている。
それは本来、ナオにとっては『こわい映画』も同様の光景だった。
しかも、その人形は自分たちが一度、粉々になるほどに破壊したものだったのだから。
けれどそれはあくまで昔のナオにとってのもので、今のナオは平気だった。
なにしろその人形はナオにとても親切で、むしろ『賢者様』よりも人間味があるといえそうだった。
ナオのために、食器や箸などをこのゴーレムは外から木を手に入れて、こしらえてくれた。
ホントは生木そのまま使うのはどうかと思うんだけどねー、と言いながらナオの目の前で、器用に削って作った。
「あなたのよ」と渡された一式がどんなにうれしかったか。
お風呂を用意してくれ、着替えも用意してくれた。
やってもらっていること自体は、『お城』で用意されていたことと変わらない。
いや、レベルはかなり落ちるだろう。
ベッドの代わりは、土の上に置かれたすのこと、ごわごわのコートのような服二枚。
テーブルと椅子の代わりは、公園の中の石やなにか。
食器はくりぬいただけの木。
服はきれいだけどぶかぶかで、他の誰かのものだったのを紐で裾を調整して着ている。
だがその足りない分は、ナオは少しも不満ではなかった。
殺さなくていい。
死ぬようなこともしなくていいから、死ぬ怖さ痛さを感じることも無い。
あまり外に出ることはできないからと、冊子を与えられて勉強こそしているけれど、『お城』にいたころと違って、その内容は国語に近い。
なにより、このゴーレムはナオが話しかけると、ちゃんと目を合せてくれる。
綺麗なガラスみたいな、透明な紫の目は、人形のそれでこそあったけれど、こちらを見ている、とわかる。
……こうして離れてみて、初めて『賢者様』が自分たちと目を合わせていなかった、ということに彼女は気づいてしまった。
自分を見てくれているというのが、これほどに安心するものと、彼女は知らなかった。
だって、大人にじっと見られている時はたいてい、次の瞬間には……
「ナオ? どうかした?」
「……ううん。ちょっとぼーっとしてただけ」
呼びかけられた声に、ナオは我に返った。
目の前には石を組み合わせたかまどにかけられた鍋。
中身は魚のスープ。それをゴーレムはゆっくりと掻きまわしていた。
なんとかナオが捕まえてきた、森の中の小川を泳ぐ魚を処理して、草や木の葉っぱ、お米のようなもの(と、ナオには見えた)と一緒にくつくつと煮込んだもの。
まるでままごとの料理のようではあるのだが、魚は丸ごとすり潰してダンゴにしてあるし、草や葉も細かく刻んでいる。
携行していた堅パンが尽きてからの、ナオの主食がそのスープになっていた。
日本人には薄味すぎるが、ナオはこちらの世界の薄味に慣れるのはとても早かった。
子どもひとり分なら、魚も一匹だけでいい。
ゴーレムができあがった鍋を持って公園に入るのを見ながら、ナオはかまどの火を消す。
後はこのダンジョンに住むスライムたちが片付けてくれるから、ナオは素直に彼女の後を追いかけた。
すでにテーブル代わりの平たい石の上には、スープが茶碗に注がれて、湯気をたてている。
「はい、召し上がれ」
「……いただきます」
それでもここに来た頃に比べると、ナオは痩せてしまったらしい。
自覚は無かったのだが、元のズボンが緩くなっているのを彼女に指摘された。
だが体調は悪くないし、そうやって気にかけてもらえるのはナオにとっては嬉しかった。
「食べてる最中にごめんね。ちょっと相談したいことがあるけど、かまわない?」
しばらく食べていると、彼女が声をかけてきた。
ちょっと言いにくそうな様子に、ナオはそれがあまりよくない話題とわかってしまう……。
それでも、聞きたくないとは言えないことも、ナオはわかっていた。
大人が言うことは、子どもには止められない。
大急ぎで、ナオは残りのスープを食べて茶碗と箸をおき、うなずいた。
「ごはんを届けてくれた人がいたのは、覚えてる?」
「うん」
ここに来訪者は珍しいが、それ以上になぜかスライムが襲い掛かることはなく、彼女も送られた荷物を受け取り、何かを渡すだけでその人間は帰ってしまった。
後から聞くと、ここには無い食べ物を届けてくれたのだ、と。
「その人の御主人が私のともだちなんだけど、あなたが良かったらそっちに行く? 大きいお城だからここにいるよりは暮らしやすいと思うし、」
ぎゅっと、ナオは手を握った。
「……いや。……いや」
続きを聞きたくなくてそう言いながらも、ナオ本人は大人が決めた事には従わなければならないとわかっていた。
目の前にいたのがゴーレム以外であったなら、何も言わずにうなずいたか、いや、そもそも話の途中で口をはさんだりはしなかった。
だが、……一度「死にたくない」とぶつけたのがきっかけになった。
この人には、言ってもいいのだとナオは理解した……。
「そっか」
ゴーレムの声には怒りは含まれていない。
そのことがもう少し、ナオの背を押す。
「知らない人は、僕をどうするのかわからない。こわい」
訴える。
『賢者様』は自分たちを、他の誰かを、死んでもいいものにしてしまった。
学校の先生は……よくわからないけど、―――と―――の言うことを信じるだろう。
―――と―――は怒らせてはいけない。
……本当は、知っている人こそナオにとっては危険なのだけれど、ここにその人たちはいない。
いるのは危険じゃない、自分に酷い事をしないと言ってくれた大きな人形。
だからこそこれ以上、危険を増やしたくない。
ナオという少女の中で、そんな風に言葉がはっきりとした形を成したわけではない。
だが自分を守るために、形にならないものを少女は捕まえようとした。
「……行きたくない」
拒否の言葉を編むことによって。
「ん。わかった」
ゴーレムに表情は無い。
顔は仮面と同じ。
だけど公園の日向で見たその顔は、直には笑って見えた。
声が優しかったからかもしれない。
「向こうにはお断りしとくから」
あっけなく出た結論に、ナオはまばたきをする。
少女にとっては必死の事だったのに、だからこそ、だったのだろう。
彼女にとってゴーレムが、血の通うものに見え始めたこと、そしてそんな『おねえちゃん』が言った「考えられる全部の酷いことをしない」という言葉が、本当の事であると改めて実感することができたのは。
読んでいただきありがとうございます。
おそるおそる、ちょっとずつなので、幼い感じになっています。




