吸血姫はコトを進める
彼は誰の城の女主人はここのところ、新しい友人の書置きを楽しみにしていた。
次の茶会はいつであるとは決まっていないのだが、それを気にしてか友人、奥津城のゴーレムはミラエステルに伝言をたびたび残してくれていた。
仕事が終わってから、一杯のお茶と小さな花菓子とともにそれを読む。
情報共有のための同盟である、というのが一応の彼女たちの連携の名目ではあるのだが、ここまで詳細にしてもいいの?という細かい情報も多い。
それはそれで、ミラエステルにとってはとても助かるものなので、止める気にはなれないのだが。
実はそうなった原因である奥津城に先日あらわれた来訪者こそが、その情報の重要性を高めてもいる。
……ミラエステルは、その来訪者が『勇者』の後継であったことを知っている。
本来は、何人目かの、という言葉が頭に着くのだが。
「魂の移植なんて、不思議な話ね。そんなこと、やる価値のあるものかしら」
「何を至高の位置に置くか、そしてそれを為す者が何者かにもよりましょう」
忠実な秘書の言葉に、ミラエステルはうなずいた。
長い命を生きる暁闇の氏族にとって価値はなくとも、たとえばそれが人間であったなら、魂を移し続けることによって疑似的な不老不死を得られる。
ただし、他人の身体を使い、他人の顔を鏡の中に見るというのは、不老不死と引き換えにする……不老不死になった価値があるかどうか。
それこそ、その心的負担をやりすごすために、話の中にあった記憶の処置や顔を誤魔化す暗示が必要になるだろう。
だが本題は実はそこにはない。
頻繁に入れ替わっていた『勇者の後継』、一定の戦力を保ち続けていた秘密は「中身が同じだったから」という、ある意味どうしようもなく単純な答えになってしまった。
ただし、『倒れない駒』として子どもを使い続けることを綺麗に糊塗して、たぶんもっとも身近にいるだろう人間たちにすら気づかれぬように仕立ててしまった人間がいる。
「……メイソン、アスター伯父様はあの魔法のこと、ご存知かしら?」
「アスター様であれば」
「それとあちらに何か食料を送ろうかと思うの。あの森にはあまりすぐ食べられるような物は無かったと思うから」
可能ならばとミラエステルは考える。
それをきっかけにして、勇者の後継と接触できないかしらと。
「では、日持ちのして、簡便に食べられる食品を届けるように手配いたしましょう」
「そうね。ああ、いけないいけない。向こうにも届けることを伝えなくては。だから届けるのはそれからで」
スライムたちに食べられちゃうかもしれないから。
冗談っぽく言いはしているが、実のところ「戦士を押しつぶして食べた」というスライムは、何らかの知能を感じさせる。
待ち伏せ自体はスライムがよくやる狩りの方法ではあるのだが、あらかじめそこにいるのと、狙って落ちてくるのとでは受動と能動の違いがある。
またその一方で、さらに彼女はかの魔法について考えをめぐらせる。
「魂を他者の身体に移らせる」、それは使われる側にしてみれば忌むべきとしかいいようのない魔法だ。
一般的なものではあるまい。
ならば、解読には古学に詳しい者も必要だ。
「ロゼール伯母様にも、お願いをしてみようかしら」
先代であるセオドリクの元には夜の種族の者たちがさまざま集い、仕えていたが、それは暁闇の氏族も例外ではない。
だが、アスターもそうではあるのだが、ことセオドリクの元に身を寄せる暁闇の氏族に関しては、変わり者ばかり。
研究者肌とでもいおうか、社交にあまり興味が無いタイプの者であるとでもいおうか。
名の挙がった「ロゼール伯母様」もまたその一人。
アスターほどセオドリクに血脈的に近しくも無いが、この彼は誰の城において、彼女はある種重要な部屋を任されていた。
「メイソン、アスター伯父様に連絡をお願いするわ。私はロゼール伯母様のところに、直接お願いしにうかがうから」
彼は誰の城は侵入者を「入れてしまう」スペースと居住スペースがある程度あいまいに入り混じっている。
トラップがあるのは廊下だけではないからだ。
もちろん、侵入者のあった時点で、戦闘に当たる者以外は居住スペースへと避難するのだけれど。
ロゼール伯母様ことロゼール=アルバが預かる部屋は、そんな侵入者も入れる―――とはいえ、その扉を住人以外が開けようとするならば、気の遠くなるような手順を踏まされるのだが―――『書庫』であった。
「ロゼール伯母様、ミラエステルです。お邪魔してもかまいませんか?」
ミラエステルがノックすると、ややあって扉が開く。
中から現れたのは、華やかな者の多い暁闇の氏族にしては垢ぬけない女性。
暗い栗色の髪をシニョンに纏め、くすんだ色のロングワンピースの上から灰色のエプロンを身に着けている。
だが蘇芳色の瞳はその全体像を裏切り、深い思慮をうかがわせる。
「どうしたのかしら、困りごと?」
「ええ。伯母様の力をお借りしたくて」
「あらあら。どんなこと?」
「とある魔法と、それが載っている本があるかを伯母様にお聞きしたいの」
「そうね、それなら私でも力になれそうね」
ロゼールがさらに扉を大きく開き、ミラエステルを招く。
扉の向こうにあるのは、まさしく万巻の書と呼んでもさしつかえないほどの本。
それも一冊一冊を揃いの姿に丁寧に装丁した、本物の本。
「大伯父上の書庫へようこそ」
そこはまさしく、書庫。
このすべてを装丁し、管理している文字通りの『司書』こそがロゼールだった。
あるいはこれも一つの宝物庫といえるだろう。
貴重な資料も、古くからの知識も、あるいは魔法も、書の形でここに収められているのだ。
『魔王城』を攻略しようとする者の目的が、ここであることも多い。
「さて、どんな本をお求めかしら」
いっそ楽しそうな伯母に、ミラエステルはひとつ頷いた。
「ちょっと悍ましいけど……人の魂を取り扱う魔法です」
一呼吸おいて、言葉を重ねる。
「魂を抜き取り、それを思うままにする。おそらくは禁術、邪法のたぐい」
「あら、物騒ね」
そう言いながらも、ロゼールは先に立って、本に埋め尽くされた空間へと姪を案内していった。
読んでいただきありがとうございます。
某PSのアクションRPGの城ダンジョン、妙に生活臭がして好きだったんですよね。




