まなお
子どもの荷物を、どうやら私はうまいこと一緒に庭園に引き込んでいたらしい。
ひとまず何か食べなさいと伝えると、小さなカバンから、携帯食と呼ぶにも粗末な硬いクラッカー状の何かを出して、子どもはぽそぽそと食べ、水を飲んだ。
あまり荷物が用意できない逃走だったか、それとも途中で失ったのか。
どのみち早々尽きてしまうくらいの量しかなさそうだった。
やっぱり食べる物を用意しなくちゃ。
ごちそうさまでしたと手を合わせるのを見届けて私は改めて話を切り出した。
「くわしい話を聞かせてくれる?」
まず、この子はナオと呼ばれている。
他にも二人同じ境遇の子がいて、そっちはケンとミヤ。男の子と女の子。
どれもこっち風の名前じゃないのは道理で、三人は別の世界からこっちに呼び寄せられた……私に言わせれば攫われてきた。
シオリの記録に寄れば、ハルカズは自分の体でこっちに来たけれど、この子たちはどうやら違うらしい。
地球で気が遠くなって、気が付いたら大人の体になっていたというのだから。
この子たちは、呼び寄せた大人たちに『死んでも生き返る』と言い聞かされたらしい。
仲間の一人に『ここはゲームの世界だ』と教えてもらったのだけれど、……たぶんその仲間の子は、そう思い込んでいるだけなんだろう。
その言葉通り、何度も何度も死んでは生きかえって、いろんな物と戦ってきた、と。
ゴブリンやコボルト、トロルには勝ったがドラゴンや強いゴブリンには負けた。
……この話のコボルト、もしかしてと思ったらやっぱりゾトやザルの集落みたい。
私はこの時ほど、表情の無い顔をありがたいと思ったことはなかった。
死んでも死なない、ずっと戦うことを繰り返すだなんて、まるでゲームみたいだと思いはしたけど……いや、この世界、いつのまに人を生き返らせることができるようになったんだろう。
そんなの、昔の帝国でもできやしなかった……と思ったら。
「それ、本当?」
「うん」
にわかには信じられない私に、ナオは「本当は生き返ってない」と呟いた。
生き返った体は、死んだ体とは違う、別人のものなんだって。
しかも、死ぬときの苦痛はそのままだというのだから。
どうやら、魂を移植して意識でだけ「生き返った」と思わせているのではないかというのが、ナオの推論だった。
顔などの違いは「わからなく」させてる、つまり認識を狂わせてるんだろう。
話を聞く限り、記憶までいじられているという。
では、この子たちの魂を移植された側の魂はどうなったんだろうか、となると嫌な予感しかしないし、それに移植された体も死ねばどっちみち魂は帰る場所を無くしてしまう。
「もう、殺したくない。死にたくない」
ぽつぽつと話すナオが、それに気づいてしまったきっかけの少女の話も酷かった。
……よくもまぁハルカズは何年も生き延びていられたものだ。
シオリの話から思い出せる限りではあるのだが、ハルカズの姿が変わったということは無かったはずだ。
この子が『お城』と呼ばれる建物の外に出る、出されることが少なかったのは、中身が同じ別人という存在を知られるのを避けていたからか。
なんか、この子の境遇を考えれば考えるほど、胸の奥がぐらぐら煮えるような気持ちになる。
それを思い出すのは、この子にとっても苦痛だったのだろう。
ナオは終始辛そうに言葉をしぼりだした。
そして最後に、巨大化したゴブリンの群れの討伐に向かう、その準備のどさくさに紛れて大人に連れ出してもらったのだという。
その人はハルカズの友人で、その人の伝手でシオリの名前を知ったということだった。
自分を先に行かせたけど、というところで、その人はもう生きてはいないだろうと私にもわかった。
だってこの子の秘密を知った上で逃がしたなんて、生かしておくはずがない。
だけどそれを言う必要はないだろう。
私はじっと考えた。
この子が元いた世界は、地球で間違いないだろう。
送り返すだけなら……シオリが考えた方法をアレンジすればできるはずだ。
魂だけがこっちに来ているというのなら、肉体を持ったままのハルカズを帰そうとした時よりも簡単かもしれない。
少し気になるのは、死んでも魂がこっちの世界の別の肉体に入るということだけど。
「ケンと、ミヤも助けたい、です。わがままだけど、でも……あのままじゃ、二人とも家に帰れない」
「ええ。帰してもらえないでしょうね」
それと、もうひとつ気になる事。
「ところで、ナオって本名?」
「え?」
ナオは目をぱちくりさせる。
「ケンとミヤもだけど、何か名前に足りない感じだったから。健二とか美也子かもって考えたら、あなたも直子とか尚美とかかもと思ってね。ナオそのままだったら、ごめんなさいね」
驚いた後で、ナオは真顔になってうなずいた。
「うん。本当は……まなお。あんまり好きじゃないけど、でも、僕はナオじゃない……」
なんとなく考えていたことが当たったか。
シオリの記録から、ハルカズはどうやらこっちでは名前を呼ばれていなかったらしい。
名前を呼んだシオリに、一気にのめりこんでいったのはその寂しさからもあるんだろう。
名前は、その人のためのものだから。
その名前を少し削ることで、非現実感を煽って余計にゲームの世界だと思い込ませてる……。
「わかった。ありがとう、教えてくれて。……名前のことは、また後で考えましょう」
子どもは、順応してしまう。
かなしくなるくらいに。
だけどそれは、魂がすり潰されないってことじゃない。
記憶をいじられ、認識を狂わされ、ゲームだと思い込んで不自然さから目を反らしても、それはいずれ歪みを生むだろう。
そんなの、私は許せない。
「なんとかできないか、方法を考えましょう。私は、あなたを守るから」
シオリの書き残した『過ちを正して』。
その尻尾を捕まえたような気がした。
読んでいただきありがとうございます。
漢字で書くと「愛緒」ちゃんですが、かぞえ6歳なのでどっちも習っていません。




