めちゃくちゃ怯えられてる
一晩寝れば落ち着くかと思ったその子は、私の姿を見るなりローブをかぶってしまった。
ちゃんと明るくなってから来たはずなのになぁ。
それでも壊れたみたいな繰り言は止んだから、少しは持ち直してるんだろう。
私は布ダンゴの前にしゃがみ、だけどその一枚を引っ張り脱がすようなことはせずに声をか
けた。
「おはよう」
「……おは、よう、ございます」
よしよし。
挨拶できねぇ子は食っちまうぞ!なんてやりたくないしね。
「起きて早々だけど、あなた、何か食べ物は持ってきてる? ここの中は人間がすぐに食べら
れるようなものは何もない。自分で用意できる?」
まくしたてるようにならないよう、ゆっくりと話す。
いっそ、ドラゴンの時みたいに、生意気でも丁々発止と会話が続けば楽なんだけど、怯えた人間にそれは無理ってもんだろう。
まずは一番大事なことを聞いて、それからだ。
この人間に、ちゃんと食べていけるだけの力があるかどうか。
ドラゴンはこの点、自力でどうにかできてたからね。
しばらく待っていると、じわりと顔を出してきた。
「荷物に、少し」
考えていたのだろう。間を空けてから答えがあった。
怯える声だけだとわかりにくかったけど、今はわかる。
この子、髪は短いし服も男物だけど、女の子だ。
声は多少低いけど、まだアルトの領域にある。
「そう」
となると……ここは、日本ほど行動の自由と安全があるわけじゃない。
あの二人、てっきりこの子の仲間かと思ってたけど、また別の可能性がでてきたなぁ……。
男の姿をしてるってことが、推論を後押しする。
「あなたを傷つけるつもりはない。私は人間じゃないけど、ひとでなしでもないつもりだから」
子どもの目が見開かれた。
……わかりにくかったかな? 思ってたより、もっと幼いかもしれない。
「どこか目的地はある? その途中で、ここに逃げ込んだんでしょう?」
近くだったら、修理一号をつけて送らせるのが手っ取り早そう。
子どもは困った表情になって、目を彷徨わせる。
答えに困ってる。そりゃそうか。
知らないゴーレムに、うかうか事情を話せるわけもないだろうし。
「……あ」
子どもは小さな声を呻くようにあげて、なんとか続けようとしている。
私はその目の前で、続きをじっと待った。
言葉を探しているのか、あっちこっちを見て、だけどこの子、なかなか言葉を作ることができずにいる。
「……あの」
子どもがようやく思い切った時には、空からそそぐ光の角度もだいぶ変わっていて、お昼近くになっていた。
私はその間ずっとしゃがんだまま、待っていたのだけど、それが良かったらしい。
急かされないことで、自分が脅かされない、とでも思ってくれたのなら僥倖。
「ハルカズと、シオリを、知りませんか?」
え?
私はまばたきができない。目を見開くこともできない。息を呑むこともできない。
造られた時の表情の内側で、私は驚く事しかできなかった。
だって、そんな。
……日本風に聞こえる名前なら、こっちの国にもあるだろう。
だけどハルカズとシオリの、二人分、ピンポイントで出てくるなんてこと、あるのだろうか?
心を落ち着けながら、私は問い返す。
「ハルカズと、シオリ。その二人がどうしたの?」
「二人がじゃ、ないんです。二人を知ってる人なら僕を、助けてくれるって教えてくれた、ひとが」
ぽろ、と。涙が落ちた。
表情自体は変わらないままで、目の前の子どもの目の端から涙がこぼれていく。
一粒落ちると、次から次へと涙が落ちていく。
今まで止めようと我慢していたものだったのだろう。
くしゃ、と泣き顔になって、その時私は、この子がやはりずいぶんと幼い、本当に「子ども」と呼んで差し支えない年に見えた。
どういう伝手かはわからないけれど、シオリの名前は知っていて、だけどシオリその人は知らないってことか。
「落ち着いて。何から助けてほしいのか、教えて。少なくともここは安全だから」
しゃくりあげはじめた子どもの肩に手を置こうとして、止めた。
この硬い手じゃ、怖がらせるだけ。だからやっぱり、ゆっくりと言い聞かせる。
「シオリは、知ってる。私の姉、みたいなものだった」
「……っ」
悲鳴が、声にならない。
「ごめんなさいごめんなさい!」
全部ふりだしに戻ったように、再び子どもは同じ言葉を繰り返す。
「どうしたの?」
子どもに触らないように気を付けながら、私は声をかける。
「私はあなたを傷つけない、そう言ったでしょう?」
「した……しちゃった……ぼくたち」
なんとか、それでもこどもは伝えようとする。
泣くのをなんとか止めようとしながら、それでも体の方は止められなくて。
だからだろう、子どもの声は叫ぶようだった。
「あなたの、おねえさん、を、ころした!」
……思い出すのは、思い出せるのは、粉々になって、指先くらいしか形が残っていなかった『私』、シオリ。
そして破壊されたゴーレムたち。壊れたダンジョン。
そういえば彼女が最後に書き残したカードには、子どもたちが来たみたいなことが書いてあった。
だけど、他のどんな感情よりも先に湧きだしたのは、子どもが私を見て怯えていたことへの納得だった。
そりゃそうだ、自分が殺したはずのモノが、何も無かったかのように接してきたりしたら、怖いどころの話じゃない。
その上で、必死で頼ろうとしていた相手を、自分がその手で殺していたなら、……絶望もするだろう。
私はあえて動くことなく、変わらぬゆっくりとした調子で言い聞かせた。
「何度だって繰り返すけど、私はあなたを殺さない。殴らない。叩かない。つねらない。蹴らない。考えられる酷い事は、全部しない」
正直、自分がここに戻ってきた時の大変さを思い出すと、ため息の一つもつきたくなる。
シオリの『死』には胸が塞がる。
……彼女が、ある意味死を望んでいたのとしてもだ。
それでも、目の前の子どもは―――そうだ、大人のなりはしていても、この子の中身は間違いなく何も知らない子どもだ―――怯えているし、後悔してる。
窮鳥懐に入ればというけれど、これはまさに、その状況だろう。
「どうして……?」
小さな声が、しゃくりあげるその隙間で、尋ねる。
「だって、ぼくは」
そしてまた言葉が、涙で途切れる。
何度も言うのは辛いことだろう。
だから私はその言葉を拾う。言葉を抱え上げる。抱きしめる。
「私は、許す」
信じられないと顔であらわして、子どもはぎゅっと唇を結ぶ。
それでも、ゆっくりとその小さな体の緊張がほどけていく。
「何から助けてほしい? それは私が助けられるもの?」
「………………」
長い沈黙が、破れる。
「このせかいから、たすけて」
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