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奥津城守の帰還  作者: みかか
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馭者は悔いていた

馭者サイド。名前を言わなかったのは、つまり。

 『賢者様』預かりの、魔法使いたち。

その生活範囲は限られ、区切られ、移動はすべて馬車を用いることになっている。

馬車というからには、それを動かす御者がいる。

王家よりの派遣という形で、彼ら三人の移動を受け持っている男がいる。

ゴブリンを退治するときに、鎧を着こんで同道したのは彼だった。

ドラゴンの居着いた川の、河原近くで三人を降ろしたのも彼だった。

元々は王家に仕える騎士であった彼が剣を捨て、ただ馬を御する生活を得てから、もう七年にもなる。


 一時は先代の『勇者』とも親しかったのにと惜しむ者も、同じ理由で嗤う者もあったが、もはやそれは彼本人にはどうでもいいこととなり果てていた。

ただ、ひとつの後悔が彼から気力を奪い去ってしまった。

『勇者』を見殺しにしたこと……。

勇者に近しかったからこそ、彼は『勇者』を殺す算段がたてられていることを知ってしまった。

しかし『勇者』と親しい以前に、彼は王に仕える者であり、近しいがためにその内心に嫉妬を抱えて根付かせてしまった。

「あいつからそれくらい切り抜けるさ。ドラゴンと渡り合ったり、ダンジョンをたった一人で調査してる奴なんだぜ」。

嫉妬を抱きながら、同時に彼は『勇者』の実力を信じてもいた。

それなのに。


 『勇者』が彼は誰の城の城主を討ったあの日、樹の影から見ていた彼の視界の中で、『勇者』は迎えを装った騎士の刃に貫かれた。

情けない事に彼は忘れ切ってしまっていたのだ。

『勇者』と呼ばれたあの青年は、愚かしいほどのお人よしであったことを。

それこそ、無理やり攫われた先の国で、その国を利するために十年も命をかける生活をわずかな―――下級騎士であった男がそう思ってしまうほどにわずかな―――報酬と引き換えに続けてしまうような。

だから彼は『勇者』が仲間にと付けられた者たちを疑わないということを、知っていた。

知っていたのに!


 自分に絶望した彼は、『勇者』を刺した騎士がすぐさま人狼に殴り殺されたのを見ても、逃げることもできなかったが、人狼は彼には目もくれず、『勇者』の身体を抱えて去って行ってしまった。

彼同様に迎え役であった者たちが一斉に逃げ出し、それを黒い影と化した森の人狼が追う。

断末魔を聞きながらも、やはり彼は動くことができず……ようやく立ちあがれた時には、日も暮れかけていた。

そこから王都まで、森の外で待っていた騎士団の人間に毛布でくるまれて運ばれたらしい。

そのことを彼は覚えていない。

運ばれてから目を覚ますまで、ずっと熱にうなされていた。

次に目を覚ました時には、何もかもが終わって、決着がついていた。

『勇者』は『魔王』と相打ち。

亡骸を奪還すべく森、そして城に突入しようとした一隊は全滅。

彼は戦況と『勇者』の戦死の報告を持ち帰るための伝令として隊が逃がした……と。

そういうことになった。

そういうことになっていた。


 これは後から知った話ではあるのだが、『勇者』への暗殺者であった騎士と、彼が率いていた十人は残らず人間としての形を喪って、森の外へと放り出されていたという。

その状況からすれば、この結果報告が妥当だろうという上の判断が透けて見える。

だがおかげで、彼は仲間をすべて喪いながらも報告を持ち帰った功労者となれたわけだ。

彼の内心を置き去りにして。


 いいや、違う。そうじゃない。

そう反論するには遅くなりすぎた。

だから心の傷をいやすためと一線を退いて、御者の職へと落ち着いた。

それは決して身を潜めるためではなく、本当に彼としては世を捨てるようなつもりだったのだ。

だというのに。


 彼は今、馬に二人乗りする形で夜道を駆けていた。

真っ暗な道をカンテラと月灯りを頼りに、彼の愛馬は走る。

元々が馬車を引く馬だ。

速度は駿馬に勝てぬが、体力はある。

大人二人くらいならと思ったが、馬は彼の期待に十分応えてくれている。

王都から別の町へと向かう街道の途中で森に入り、そこからは速度を落とす予定だが、それまでは追手から時を稼いでくれるだろう。

彼の背中に掴まっているのは、『勇者』の後継者として仕立てられた三人の『魔法使い』のうちの一人。

『勇者』と違って、五回ほど会うごとに姿かたちの違う人物が彼の馬車に乗るのを、彼はつい先日まで「それくらいの回数で、次の者に入れ替わっている」と、そう思っていた。

必ず三人。

それが、違う三人ではあっても、中身は同じ三人だと知らされてしまった。

後継者たちと言葉を交わすことは禁じられているとはいえ、なぜ、そんなことに気づけなかったのか。


「おじさん……どうして、ここまでしてくれるの?」


 どうして連れて逃げてくれるのかと、逃がしてくれと言った張本人のくせに、背中に掴まっている後継者、ナオが彼に尋ねる。


「昔」


 馬を走らせながら、彼は口を開く。


「『勇者』と友だちだったってのは、もう聞かせただろう? でも、俺はいつしか、あいつの名前を呼ばなくなった。ついていくのを止めた。友だち付き合いもしなくなった。だから名前を忘れちまった。あいつが偉くなるのを、ただ見てた。……羨ましかったし、嫉妬もしてた。結局それで、あいつを死なせた」


 もしも、あの日思い切って『勇者』と一緒にあのダンジョンに行っていたら。

もしもあの日、あの騎士より先で『勇者』を待っていたら。

もしもあの日、気を付けろと伝えていたら……友だちは、死ななかったかもしれない。

ほんの数年前だが、その数年間、後悔は彼をさいなみ続けていた。

「もしあの日に助けを求めた『勇者』の後継者を連れて逃げなかった」ら。

彼は今まで繰り返し悔いていた物の上に、新しい後悔を重ねる気にはなれなかった。


「……俺も正確な位置はわからない。だけど、皇女の奥津城の近くにあいつが親しくしてた女がいるはずだ。そいつならお前をかくまってくれるかもしれない」


 なんのたしかな情報でもない。

追い返されるかもしれない。

下手をすれば、その女こそが『王様』の配下ということもありえる。

そもそもまだそこにいると……本当に存在するかもわからない。

正直、彼だって忘れていた。

『勇者』が何日かに一度、完全に姿をくらましていたのを。

馬もなしに、たった一日であのダンジョンと王都を往復しているなんて、誰も知らないと友が笑っていたことを。

だがこの国で、この子どもをかくまってくれそうな人間の心当たりは彼にはない。

隣の国まで逃げることも考えたが、外交問題を抱え込むようなことはしないだろうし、第一遠い。

この速度を維持すれば、馬は早々に、……国境のはるか手前で潰れてしまうだろう。

その前に追いつかれるか。

王宮に属する軍馬は、彼の愛馬よりも早く、その上で耐久に優れる。


「ここまでだろうな」


 森の端で、彼は一旦馬を止めた。


「いいか、ハルカズとシオリだ。その二つの名前がわかるやつが、お前の味方だ。行け!」

「ハルカズ? シオリ?」

「ようやくな、思いだせたんだよ。あいつの名前を」

「おじさんは?」

「俺は、足止めだ。その間に進め。いいか、捕まったら「攫われた。逃げないと殺すと脅された」と言ってごまかすんだ」


 覚悟は伝わったのだろう。

唇を噛んで、ナオが走りだした。

己も馬から降り、馬具を馬から外して逃がしてやる。


 街道を追ってくるなら、さて、どれくらい余裕があるだろう。

彼は夜の向こうを睨み付けた。

視界の端に小さく、灯りが瞬いたような気がした。

読んでいただきありがとうございます。

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