表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奥津城守の帰還  作者: みかか
65/147

彼らの物語 20

 亜種のゴブリンが群れを形成してしまったために、遺された森の動物が減った。

報告がそういう形でできあがり、一行は一旦退く事となった。

交戦そのものはまだであるために、その実力がどれほどかはわからない。

だが、わざと迎え入れて出口を閉ざすという戦法は、この亜種がなまなかの相手ではないと知らしめていた。

歴戦の騎士たちの表情も暗い。


 それにも増して暗いのは、箱馬車の車内だった。

今回は大した怪我をしているわけではない。

だが同時に、戦果も無い。

可能であれば退治することも考えていたケンにとって、ほぼ何もできずに退くのは屈辱だろう。

ミヤは、落ち込んで、辛そうだった。

前回のトロルには勝てたとはいえ、散々恐ろしい思いをした。

今回もまた恐ろしかった上に、勝てなかった。

彼女の恐怖心の元は、まだあの森で健在であり、……向こうが追って来ようと思えば、追いかけてくることもできる。

これが身体ばかり大人のものを与えられた幼子にとって、どれほどの恐怖か。

ケンにとってはドラゴンだろうがトロルだろうが、件の亜種巨大ゴブリンだろうがモンスター、つまり『敵キャラクター』の種類違いでしかない。

戦闘でどんな目に遭っても、それが戦闘イベントでしかない―――だって生き返ることができるのだから―――。

だが、そういったテンプレートに当てはめるという思考そのものが無ければ、この世界を見る目は違う。

口数少なく俯くミヤは、必死で馬車の中なら大丈夫と己に暗示をかけているようだった。


 ナオが、ミヤをそう見ているのは、自分もそっち側であるから。

ただ、少し冷静なだけ。

ケンのようにリベンジに燃えているわけでもなければ、ミヤのように底なしの恐怖に襲われているわけでもない。

だが、その一方で、ただ疲れていた。


 自分たちはいつまでこうしていればいいのだろう。

成功したり勝ったりしていれば、終わりはいつかやってくるだろうと思えていたのに、先代『勇者』はすごい功績をたてても帰してはもらえず、死んだ。

自分たちとは違って死んでそれきり、生き返ってはいないらしい。

少なくとも、次の『勇者』は立てられていないと、御者は教えてくれた。

では、死んでも死んでも、他人の身体で目を覚ます自分たちは?

死んでも終わらない自分たちは、どこで終わりになる?

いくら考えても、わからない……。

いつまで『王様』や『賢者様』に従っていれば……。


 考え込んでいるうちに、疲れ切ったナオは眠ってしまったらしい。

ふと目を覚ますと、馬車は動きを止めていた。

窓からは光は入ってきておらず、もう夜であることはわかる。

ナオは自分がくるまっていた毛布から抜け出した。

ケンとミヤもすぐそばにいて、自分たちが身を寄せ合って眠っていたことがわかる。

ナオはそっと息を殺して、周囲の音をうかがった。

音も、声も無い。

一瞬ゴブリンのことを思い出しはしたが、それとは違う性質の静けさち判断した。

そのまま……眠ったのにまだとれない疲れを引きずりながら、ナオはいつもの小窓の下まで移動した。

かすかな音とともに、小窓を開ける。


「……どうした。目が覚めたのか」


 もう眠っているだろうと諦めていた声に、ナオは言葉に詰まったまま、手を小窓の外に出して、振る。


「そうか」


 ごそごそと、壁の向こう、馬車の馭者台で音がする。


「お前たちが話していたあのゴブリンどもの規模なら、正規の騎士団が出る。たぶんお前たちの今回の任務は、ちゃんと完了したかたちになるはずだ。良かったな」


 相変わらず、他へは届かせまいと抑えた声を聞くうちに、また「わからない」の不安がナオに押し寄せる。

馭者の声とは、父のそれとはだいぶん違うはずなのに。

そう、違う。だからだったのだろう。


「おじさん、どこか、逃げられるところを知りませんか?」


 発するのを禁じられた声でもって、ナオが男に尋ねたのは。


「どう逃げたらいいかわからないし、どうやったら逃げられるのかもわからない。でも僕は……もう、ここから逃げたい」


 こんな風にはっきりと伝えられるとは、ナオ自身も思ってもみなかった。


「……ともだちも、そうか? 逃げたいか?」


 しばらくの沈黙が、馭者の戸惑いをナオに伝えた。

それもそうかと、ナオは思う。

自分みたいな子どもがなにもできないくせに、……たぶん、恵まれている状況から逃げ出そうとしているなんて、大人にとってはおかしいものだろうと。

学校の先生もそうだったのだから。


「ううん、聞いてない。ケンは逃げないと思う。クリアを目指したいだろうし」


 ひとつひとつ、考えながら、とつとつとナオは応える。


「ミヤは、わからないけど、たぶん逃げようとか考えられない。あの子、僕よりまだ年下で」


 また目が潤みかける。


「ほんとうは、三人でがいいんだけど」


 そう言いながらも、ナオは自分の言っていることが正しいかに揺らぐ。

ケンは本当は、この『ゲーム』に嫌気がさしてるんじゃないか?

ミヤだって、自分が手を引けば動けるんじゃないか?

しかし、それを今確かめることはできず、自分が逃げたいと思っている事しか、ナオには確かなものはない。


「……ナオ」


 静かに、男が名を呼んだ。


「どこまで行けるか、逃げ切るれるかもわからない。たぶん、頑張っても逃がせるのはお前一人だろうな」

「……」


 自分で「二人は逃げない」と口にしながらも、改めて自分しかということを突きつけられて、ナオは黙る。

ゆっくりと、ナオは深呼吸した。

その呼吸の向こうで、二人の寝息が聞こえる。

ケンは『賢者様』を信じているし、素直にいう事を聞いている。

ミヤも、同じく。

そして二人は、レベルアップの、生き返りの、秘密を知らない……。


「ごめん」


 言ったって、二人は眠っている。どうなるわけじゃない。

それでも言わなくてはならなかった。


「おじさん、助けて」


 振り絞ったような声で、ナオが言う。

消えかけのような声は、しかし馭者の耳にはしっかりと届いた。


「わかった。次の任務の直前を狙って連れ出す。誰にも気取られるな」


 だからこそ馭者の返事は、緊張感を孕んだものとなっていた。

読んでいただきありがとうございます。


うだうだナオ、脱出を決意。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ