彼らの物語 20
亜種のゴブリンが群れを形成してしまったために、遺された森の動物が減った。
報告がそういう形でできあがり、一行は一旦退く事となった。
交戦そのものはまだであるために、その実力がどれほどかはわからない。
だが、わざと迎え入れて出口を閉ざすという戦法は、この亜種がなまなかの相手ではないと知らしめていた。
歴戦の騎士たちの表情も暗い。
それにも増して暗いのは、箱馬車の車内だった。
今回は大した怪我をしているわけではない。
だが同時に、戦果も無い。
可能であれば退治することも考えていたケンにとって、ほぼ何もできずに退くのは屈辱だろう。
ミヤは、落ち込んで、辛そうだった。
前回のトロルには勝てたとはいえ、散々恐ろしい思いをした。
今回もまた恐ろしかった上に、勝てなかった。
彼女の恐怖心の元は、まだあの森で健在であり、……向こうが追って来ようと思えば、追いかけてくることもできる。
これが身体ばかり大人のものを与えられた幼子にとって、どれほどの恐怖か。
ケンにとってはドラゴンだろうがトロルだろうが、件の亜種巨大ゴブリンだろうがモンスター、つまり『敵キャラクター』の種類違いでしかない。
戦闘でどんな目に遭っても、それが戦闘イベントでしかない―――だって生き返ることができるのだから―――。
だが、そういったテンプレートに当てはめるという思考そのものが無ければ、この世界を見る目は違う。
口数少なく俯くミヤは、必死で馬車の中なら大丈夫と己に暗示をかけているようだった。
ナオが、ミヤをそう見ているのは、自分もそっち側であるから。
ただ、少し冷静なだけ。
ケンのようにリベンジに燃えているわけでもなければ、ミヤのように底なしの恐怖に襲われているわけでもない。
だが、その一方で、ただ疲れていた。
自分たちはいつまでこうしていればいいのだろう。
成功したり勝ったりしていれば、終わりはいつかやってくるだろうと思えていたのに、先代『勇者』はすごい功績をたてても帰してはもらえず、死んだ。
自分たちとは違って死んでそれきり、生き返ってはいないらしい。
少なくとも、次の『勇者』は立てられていないと、御者は教えてくれた。
では、死んでも死んでも、他人の身体で目を覚ます自分たちは?
死んでも終わらない自分たちは、どこで終わりになる?
いくら考えても、わからない……。
いつまで『王様』や『賢者様』に従っていれば……。
考え込んでいるうちに、疲れ切ったナオは眠ってしまったらしい。
ふと目を覚ますと、馬車は動きを止めていた。
窓からは光は入ってきておらず、もう夜であることはわかる。
ナオは自分がくるまっていた毛布から抜け出した。
ケンとミヤもすぐそばにいて、自分たちが身を寄せ合って眠っていたことがわかる。
ナオはそっと息を殺して、周囲の音をうかがった。
音も、声も無い。
一瞬ゴブリンのことを思い出しはしたが、それとは違う性質の静けさち判断した。
そのまま……眠ったのにまだとれない疲れを引きずりながら、ナオはいつもの小窓の下まで移動した。
かすかな音とともに、小窓を開ける。
「……どうした。目が覚めたのか」
もう眠っているだろうと諦めていた声に、ナオは言葉に詰まったまま、手を小窓の外に出して、振る。
「そうか」
ごそごそと、壁の向こう、馬車の馭者台で音がする。
「お前たちが話していたあのゴブリンどもの規模なら、正規の騎士団が出る。たぶんお前たちの今回の任務は、ちゃんと完了したかたちになるはずだ。良かったな」
相変わらず、他へは届かせまいと抑えた声を聞くうちに、また「わからない」の不安がナオに押し寄せる。
馭者の声とは、父のそれとはだいぶん違うはずなのに。
そう、違う。だからだったのだろう。
「おじさん、どこか、逃げられるところを知りませんか?」
発するのを禁じられた声でもって、ナオが男に尋ねたのは。
「どう逃げたらいいかわからないし、どうやったら逃げられるのかもわからない。でも僕は……もう、ここから逃げたい」
こんな風にはっきりと伝えられるとは、ナオ自身も思ってもみなかった。
「……ともだちも、そうか? 逃げたいか?」
しばらくの沈黙が、馭者の戸惑いをナオに伝えた。
それもそうかと、ナオは思う。
自分みたいな子どもがなにもできないくせに、……たぶん、恵まれている状況から逃げ出そうとしているなんて、大人にとってはおかしいものだろうと。
学校の先生もそうだったのだから。
「ううん、聞いてない。ケンは逃げないと思う。クリアを目指したいだろうし」
ひとつひとつ、考えながら、とつとつとナオは応える。
「ミヤは、わからないけど、たぶん逃げようとか考えられない。あの子、僕よりまだ年下で」
また目が潤みかける。
「ほんとうは、三人でがいいんだけど」
そう言いながらも、ナオは自分の言っていることが正しいかに揺らぐ。
ケンは本当は、この『ゲーム』に嫌気がさしてるんじゃないか?
ミヤだって、自分が手を引けば動けるんじゃないか?
しかし、それを今確かめることはできず、自分が逃げたいと思っている事しか、ナオには確かなものはない。
「……ナオ」
静かに、男が名を呼んだ。
「どこまで行けるか、逃げ切るれるかもわからない。たぶん、頑張っても逃がせるのはお前一人だろうな」
「……」
自分で「二人は逃げない」と口にしながらも、改めて自分しかということを突きつけられて、ナオは黙る。
ゆっくりと、ナオは深呼吸した。
その呼吸の向こうで、二人の寝息が聞こえる。
ケンは『賢者様』を信じているし、素直にいう事を聞いている。
ミヤも、同じく。
そして二人は、レベルアップの、生き返りの、秘密を知らない……。
「ごめん」
言ったって、二人は眠っている。どうなるわけじゃない。
それでも言わなくてはならなかった。
「おじさん、助けて」
振り絞ったような声で、ナオが言う。
消えかけのような声は、しかし馭者の耳にはしっかりと届いた。
「わかった。次の任務の直前を狙って連れ出す。誰にも気取られるな」
だからこそ馭者の返事は、緊張感を孕んだものとなっていた。
読んでいただきありがとうございます。
うだうだナオ、脱出を決意。




