彼らの物語 19
元々ゴブリンは小柄とはいえ、その体にはみっしりと筋肉がついている。
それが大柄になれば、それに比したものにもなるだろう。
彼らを包囲する集団は、体格だけならば、それは「大鬼」と当て字されるオーガにも近い物となっている。
姿そのものこそゴブリンのままで、前の街道での討伐の時よりも数は少ないようではあるが……これだけの群れが食っていくなら、動物が少なくなるのも当然だろうなと、妙に冷めた思考がナオの中に生まれた。
「……風、強めるね」
ミヤはより一層、逆巻く風の壁を強く、厚くした。
「集団用魔法は効かないかもしれない。対個の、」
雄たけびが囁きを吹き飛ばす。
とっさに、三人は身構えた。
ここまで離れれば、騎士たちを呼ぶに呼べない。
彼らが身に付けている武器らしいものときたら、ナイフ一振きりだ。
三人はそれぞれ呼吸を整えた。
おそらくは奥へ奥へ……三人が、充分に自分たちの領域に入り込むのを待っていたのだろう。
じわじわと包囲を狭めようとしているのは、弓矢ではこの壁を破れないとわかっているためか。
よりにもよって、来た方向が一番包囲が分厚くなっている。
薄い方を目指せば、より森の奥へといざなわれるだろう。
だが包囲をこのまま狭められれば、突破される。
「ケン。僕が強化して、電撃ぶつける。三人くらいならいけるはずだ」
ぼそ、とナオが声をかけた。
「そこから向こうへ抜けながら、風に炎をのせてほしい。ミヤは、風の壁をここに置いていって」
ゴブリンは人の言葉を理解する。
何を聞かれているかわからない。
そのゆえの小さな声に二人は頷いた。
ナオはゴブリンたちから隠すように、外套の下で強化魔法を生み出す。
一歩、また一歩と、三人が動かないからだろう、ゴブリンたちが近寄ってくる。
もう一歩。
囲むゴブリンが足を踏み出した瞬間、その場に閃光が奔り、ゴブリンを一直線に貫いた。
三人は一気に走りだし、風の壁を越え、倒れたゴブリンを踏み越えながらケンが背後へと炎を放り込む。
たちまち炎は風に乗って、炎の壁が生まれる。
「走れ走れ走れ!」
走りながらも、ナオは行く手の道をふさぐように、縄が一本渡されているのを見つけた。
咄嗟にナイフを抜いてその高さに構え、身体強化をして強引に押し切っていく。
そのまま走っていたら、首なり肩なりに引っかかる高さ。
「草むらに入っちゃだめだ! 道をまっすぐ!」
この世界には鎖もある。
だがそれを使うほど、このゴブリンたちは豊かではない。
そう見切ったからこそのナオのふるまいだった。
縄程度、そして走る勢いを上乗せすればそのまま押し切れる、と。
ナオの背を追う二人も、身体強化をかけながら走る。
……それなのに、ゴブリンたちの声が遠くならない。
状況にパニックを起こしているかもしれないミヤを振り返る余裕は、ナオにはなかった。
ケンがその手を引いていてくれれば、と祈る余裕すらない。
何本目かの縄を押し切って、しばし。
三人は木の密度の低い場所……森の外れに出た。
そこからなら見えるはずの騎士はおらず、そこが入って行った場所ではないことを教えている。
ナオは横に飛びのき、後ろの二人をよけながら向きを森へと変えた。
すぐにも飛び出してくるだろうと思われたゴブリンたちは、しかし木々の間にちらりと姿を見せるだけで出て来ようとはしない。
木を盾にすれば、攻撃も防御も容易い。
自分たちに有利な状況を手放す気はないのだろう。
「舐めやがってっ!」
さっきまで息を切らせていたケンが激昂とともに手元に魔法を練り始めた。
「ミヤ、風を」
これは止められないと、ナオはミヤを我にかえらせるためにも肩を叩いて指示した。
青い顔をしているミヤも、慌てて風の壁を用意する。
その間にケンの魔法は完成した。
火球が木々の間をすり抜けて、爆発する寸前に壁が完成し、爆風を防ぐ。
未知は恐怖を呼ぶ。
あんなに大きいゴブリンを、三人は見たことが無い。
この対処で正しいのか、前と同じ魔法で倒しきれるのか。
「ミヤ、壁をこのまま、ついてこさせて。ケン、戻ろう」
睨み付けているケンも、背を叩けば振り返る。
「でも!」
「数、見ただろ?」
トロル一匹であれだけ苦労をした。
ではバケモノじみたゴブリンの「群れ」であるなら?
「チクショウ!」
歯噛みをしながらも、三人は移動を開始した。
森の中の気配も、爆風が吹き飛ばしたかのように感じられなくなっている。
だが、森の中の、あるかどうかもわからない戦果を確かめに行くなんて。
自分たちの仕事はあくまでも偵察、探索だというそれは、逃げではあるだろう。
しかし数からして不利、さらに正確な戦力もわからない集団と戦うというのは、あまりにも無謀だ。
自分たちでは、退治するまではできない。対処しきれない。
大人にどうしてもらうか、決めてもらわないといけない。
森の中の逃走は無我夢中だったから、どこに出たのかは三人の誰にもわからない。
運を天に任せ、森を右手にしながら、とぼとぼとその外縁部を……弓弦の音の重なりに続いて、森の中から飛んできた矢が思考を断ち切った。
立ちすくみかけたミヤの手を、ナオがつかまえる。
「魔法を切らさないで。僕が手を引くから走るんだ」
走るしかない。
狙い自体は雑で、弓の精度も悪い。
だが当たらないとは限らない。
完全に矢を反らす風の壁が消えてしまったら。
ミヤが立ち止まってしまうことで、彼女もろとも壁がそこを動かなくなってしまったら。
多少強引ではあったが、三人は一塊になり、風に包まれながら走り続けた。
森の中を走り続けていた時よりも長く長く、逃走の時間が続いたような気がした。
「どうした?」
「どうしてこっちから」
「どこから来たんだ!」
「何があった?」
大人たちの声に、三人はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
ミヤが泣きだすのを立たせて、大人たちの方へと連れて行きながらナオは振り返る。
気配はもう無い。
「ゴブリンが。でっかい、桁外れにでかいゴブリンがいたんだ!」
興奮気味に伝えるケンを横目に、ナオはミヤとともに箱馬車近くまで戻り、腰を下ろした。
ミヤの肩に毛布を掛けてやり、その隣で膝を抱える。
安全になったはずなのに、不安が心の中で一気に膨らんで……ナオは、自分の物ではない膝に顔を埋めた。
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