彼らの物語 17
しばらく、「彼ら」の話が続きます。
「魔法の杖がね、失われてしまったよ」
授業が終わってからの、少し緩んだ空気の中でぽつりと『賢者様』が語った言葉。
何を言われたのかと目を瞬かせた三人は、それが一度だけ使わせてもらった、あの破格の威力を生み出すアイテムだと気が付いた。
きっと国宝みたいに扱われているんだろうと思われていたものの消失の報せは、現実感が無い。
ぽつりとした伝え方もまた。
三人が揃って顔を見合わせた後、ケンがおずおずと切り出した。
「何が、あったんですか? 壊れたとか……」
「そうだね。私も詳しい状況はわからないのだけれど、とあるコボルトを退治に出た者たちに貸し出したという話で、その者たちが戻らなかったらしい」
フードの下の顔は、相変わらず三人にはよく見えない。
声の調子は、悲しんでいるのか、そうでもないのか、淡々としていて三人にはよくわからない。
ただ、怒っている様子はないようには見えるのが、不思議ではあった。
大事なもののはずなのに、と。
「騎士たちが着いていれば、詳しくわかったけれど。あの杖は、ゆくゆくはまたドラゴンと戦うために君たちに貸し出すつもりだったのにね」
「いえ! がんばります! 取り返してきます!」
これもやはり、ケンが言い出した。
が、これは三人の総意ではない。
ミヤは小さく唇を噛んでいるし、ナオはそっと息を吸った。
どうやって? 一言で取り返すと言ったって、どこにあるかもわからないし、コボルトの倒し方がわかっていたのに戻らなかったということは、この間のトロルのようなモノがいたのかもしれない。
……あまり、前のめりになれずにいるというのが、ケン以外の二人の状態だった。
勝ちはしたが、まだ幼いミヤと、自分たちの黄泉がえりの仕組みを知ってしまったナオにとって、あの戦いのようなものには、どうしても怯んでしまう。
だが、……それを表に出すことはできない。
「大丈夫だよ。これは失くした者の責任だからね。コボルトにおそらくは奪われたのだろうから、獲り返しに行かせることになるけれど、君たちには別のことをやってもらいたいんだ」
それを読んだわけでもなかろうが、『賢者様』が柔らかくケンを留めた。
「別の事ですか?」
「そうだよ。例のトロルのところで、逃げた正体不明のモノの調査と追跡の目途がたったから、そちらをね」
調査と追跡なら、こちらの方が、まだマシ。
そんな風にほんの少しだけ、ナオは肩の力を緩めた。
「もしかして、わかったんですか?」
その間にも、『賢者様』とケンの間で話は進む。
ナオはぼんやりと話を見ていただけだが、では、ミヤは?
そっとナオが隣をうかがうと、彼女は何かを言いたげにしながらも、言葉にできないのか、言葉を見つけられないのか、口をつぐんだままでいた。
目を泳がせ、しかし何かを求めて。
視線が合わないように、ナオは改めて二人の方を見た。
「トロルを生み出した遺された森は、本来豊かな猟場のはずなのに、最近になって獲物が少なくなったという報告があったんだ。あのトロルの一件もあって、あの近在の猟師が減ったのは確かだけれど、ならば逆に獲物であるはずの動物は増えていないとおかしい」
「何かがいるということですね」
「それも、それなりの数がね。調査である程度の数を掴んでほしいんだ。ことによっては騎士団を派遣せねばならない」
「はい!」
「はい」
「はい……」
ほんのわずか、すぐそばにいたナオがわかる程度の、ミヤの声の揺れ。
聞きつけたそれを、ナオはそっと知らないふりをした。
今は駄目だ。『賢者様』も、ケンにだって……。
ナオはそっと心に決める。
少なくとも盛り上がっているケンに、ミヤの状態は理解できない。
話が終わるまで、ナオはただ、『賢者様』の方だけを見ていた。
フードに隠された顔の、唯一見える唇の赤さが、ナオには妙に、そして急に、怖く見えた。
箱馬車の中でゆられながら、ナオは自分の習得した魔法をおさらいしながら、その会話を思い出していた。
ミヤのことを、結局ケンには言えなかった。
そのミヤはといえば、ケンの隣で魔物の予習をすることで恐怖をおさえているようだ。
ケンいわくの『討伐クエスト』に類するものの成功は、万能感の中毒を呼ぶ。
勝てること、自分の強さ、相手の様子、それらすべてが脳みその中でスパークして、そのアドレナリンの『味わい』は子どもにはたまらないものだろう。
ただ、その効能の持続性には個人差があるから、現実においては問題になりにくい。
その点で見れば、ケンにおいては中毒は長く続き、ミヤは醒めているともいえるか。
さらにその前段階で、ケンはテレビゲームでの成功体験があるのも、積み重ねになっているのかもしれない。
……もちろん、ナオの語彙にこれらの言葉はない。
だが、感覚でわかってしまったのは、ナオもまた醒めた側にいるからか。
もはや馴染みで、しかし地球に置いてきたと思っていた、周囲からの隔たりに追いつかれたと諦めながらも、ナオは考える。
―――ひとまずこの冒険をこなせば、『お城』に戻れる。
それとも、お城には戻らない方がいいのだろうか?
ケンとミヤを連れて、逃げる? 逃げられる?
どこへ? 自分たちはこの世界のほとんどを知らない……。
「ナオ?」
強化魔法のところを開いたままで固まっていたナオの肩が叩かれる。
「大丈夫か?」
「うん」
考えていたことを悟られないように、魔法の書かれている羊皮紙を差し出す。
「知覚強化魔法を使うのは? 足音とかがわかれば、人数もわかるんじゃないかなって」
「あ、いいんじゃないか? 不意打ちも避けられそうだしさ」
「敵に会うまではこれをかけて、……強化魔法は重ねがけできないって教わったから、そこまではやめとこう」
□□□
「あれはいい判断だった」
御者の男とナオの夜の密談は続いていた。
やはり表向き会話をすることは許可されていない。
仲間が寝静まった後に、御者の男がごく小さな声で独り言を言うのを、ナオが知覚強化で拾う形で行われていた。
「だが強化魔法を重ねがけできないのは、違う。身体強化と知覚強化の組み合わせ、あるいは同じ強化魔法なら可能だ。覚えておくといいが、あまり使わないようにしておけ。それが、たぶん今のお前の切り札になる」
密談の内容は、主に彼ら三人の会話の中の、戦術に関するもの。
そして
「そうだ、思い出したことがある。『勇者』は数字を使うのが上手くて、一日に何回その強化魔法を使えるかを見切って、その足でずいぶん遠くまで出かけていたらしい。下手な奴は行きで使い切っちまって、戻るのには苦労するんだが」
『勇者』の思い出話。
しかし男の口から、ついぞその『勇者』の名が出ることは無かった。




