田舎女子高生にはキャパオーバーの邂逅
ゴージャスな(それでいて上品な)内装を見た瞬間に思いついたのは、好事家にでも売られたか?ってことだった。
うん、まぁ手ごろな大きさだから、持ってけるよね、とは思ってたんだけど。
石をつないだだけのミニゴーレムを置いておくには不自然な場所ではあったけど、新しいコレクションをお客に見せるにはこんなところかもしれないって。
だけどあのカードは、明らかにゴーレムの目線の高さに合わせてあって、『中の人』に見せるためのもの。
声を出す機能をつけてなくてよかった。
心臓があったら、耳が聞こえなくなるくらいドキドキしていただろう。
どうしよう……。迂闊に動いたら、気付かれる。
お出かけ一号を捕まえた人物の正体もわからないうちから、こっちのことを知られるのは避けたい。
ゴーレム造りの魔法自体は珍しいものでもないだろうけど、お出かけ一号の出自がダンジョンであることを知られてしまったら。
「こんにちは」
ところが、私のそんな思惑はあっさりとぶちやぶられた。
蝋燭がゆらゆらと部屋を照らしているけれど、そんな頼りの無い光では闇の濃さが逆に際立つ。
その闇の中からすっと、横切るように私の視界に入ってきた……地球での私と同年代くらいの女の子の綺麗さときたら、怖いくらいものだった。
抜けるような白い肌に落ちかかる前髪は黒く、白黒のコントラストがくっきりしている。
それでいて、モノクロの印象を唇の薄い紅と、ルビーよりも深い色の目、その眦の赤い化粧の彩が裏切っている。
白、黒、赤といえば毒リンゴで眠る姫の色だけど、まさしくその子は、そのお姫様がいたらこんな風なんじゃないかって感じ。
ただ、薄い水色のドレスを着ているにも関わらず、なぜだか黒いドレスでも着ているような雰囲気が気になった。
……まだ夕方の時間帯なのに、蝋燭が灯っている暗さなのと、この子がものすごく色白……蒼白なくらいだからかな。
私はといえば、こんな思考と視界の情報量の洪水に押し流されて、当初考えていたことはどこへやら。
へろり、とおでかけ一号に手を振らせて、挨拶の代わりにすることしかできなかった。
「しゃべれないのね?」
ことん、頭を上下させる。
「字は書けるかしら?」
こっかい、こくりと頷く。
前言撤回。声を出せるようにしとけばとかったかもしれない。
それにしても、もしもこの女の子がなんらかの……印象を操作するような魔法を使えていたとしても、ゴーレムを間に挟んでいるから作用することはないはずなんだけど、なんか妙に素直に反応してしまうなぁ。
そうこうするうちに、石板と石筆、つまり黒板とチョークのようなものが用意された。
横からそれを出してきたのは……猫の獣人?
コボルトだって犬の獣人ではあるけど、彼らは他の同族に比して数が多いらしい。
こういう、猫の獣人たちはたしかこの国の近くでは、住んでいるところが限られてたはず。
「まずは自己紹介をしましょう。私はミラエステル=ロクサーヌ。彼は誰の城の主。あなたを見つけて連れてきてくれたのは、皇女の奥津城近隣の担当者よ」
にこっと笑うと、恐ろしいまでの美しさの中に少女の愛嬌が生まれる……みたいに詩的に表現してみたけど、そういう逃げ道を作らないと、この美少女眩しすぎて。
って、あれ?
今、今、めちゃくちゃ引っかかる言葉があったんですけど。
彼は誰の城って、吸血鬼の、魔王の城、だったんでは?
心の中で悲鳴をあげながらも、お出かけ一号の両手で石筆を持って、字を綴る。
―――私に名はありません。単なるゴーレムです。
嘘はついてない。
人間の頃の名前は、人間の私のもの。ゴーレムの私のものじゃない。
コボルトたちが呼んでくれたものは、コボルトたちが呼ぶためのもの。
シオリは言うまでも無く、私の名じゃない。
そして、私そのものは……本当に、ただのゴーレムだ。
珍しいかもしれないけど、シオリと私のように取り換えが効く。
描き終えた文字を覗き込む、ミラエステルと名乗った少女は少し首をかしげている。
「ねぇ、あなたがそう言うから、こう呼ぶことを許してね。ななしさん、単なるゴーレムは、こういった受け答えはできないわ」
あ。自律することが普通だと、普通のゴーレムの行動はあくまでも組み込まれたもののみであることを忘れてしまう。
「あなたはもしかして、奥津城の管理者なのではないかしら? 自分で考えて自分で何かをしようというゴーレムなんて、そうそういないものよ。それこそ、昔話、御伽噺といったものでしかね」
実際、詳しくない者ほど、私という存在を受け入れやすい。
ゴーレムなんて街中をうろついていないし、珍しければ珍しいほど、私というサンプルひとつで「そういうものか」と理解する。
だから命令無しに、自分で動けるゴーレムという存在はほぼいないけれど、誤魔化せてしまう。
完全に止まってしまったお出かけ一号を前に、花のかんばせが少しだけ困った表情になる。
「いじわるを言ってごめんなさい。あなたを困らせたいわけじゃないの。好奇心と、それからもうひとつあるんだけど」
それは、ちょっとだけ置いておきましょ、と彫刻みたいな指が柔らかくジェスチャーした。
「本題としてはね、私、あなたとお友だちになりたいの」
人間としての私が生まれたのは、日本の中流家庭。
幼稚園も公立なら、小中高と公立だったし、進学だって地元か隣の県の国立大狙い。
暮らしやすいけど、都心とか都会に行くには一苦労くらいの田舎暮らし。
元々の機能でなんとかやってたけど、そんな暮らしを十七年続けた人間が、こういうお姫様という言葉を削り上げてヒトの形にしたみたいなヒトから、そういうことを言われる、とか。
それこそ夢か現か幻かってなもんでしょう。
むしろ九割九分幻覚だ。
「どうかしら?」
ゴーレムなのに、その上にお出かけ一号の身体を介在しながらなのにクラクラしながら、私は石筆を動かす。
ミラエステル嬢の目的が何にしろ、ちゃんと返答しないと。
彼女の住所が正しければ、彼女は魔王の係累で、今の魔王のはずだ。
―――文通からなら。
困っていた表情が、ぱぁっと華やぐ。
なんかこの判断は、間違ってなかったって気がしてきたんだけど、……魅了使われてない?
キャパオーバーすぎて、ほめたたえる言葉が決壊してます。




