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奥津城守の帰還  作者: みかか
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コボルトは逃げる

コボルト視点。逃亡しています。

 ひどくうちのめされた、ヒトガタの一行が夜を迎えようとする森の中を必死で歩いていた。

コボルトだ。

二足歩行の、犬系の獣人。

だが手にしているツルハシやシャベルといった得物になりそうなものは欠けたり、折れた柄を蔓で巻いていたりと、本来の用途にすらまともに使えそうもない。

足を引きずり、辛そうに肩を抑え、それでも前に進むのをやめないのは、立ち止まれば死に追いつかれるからだ。

なにより十人ほどの集団ではあるが、青年と呼べそうなのは先頭と殿にいる二人のみ。

のこりのほとんどは女子ども、老人といった、あきらかに戦う力を持たない者たちだ。

まだ幼い子どもたちを列の中に置き、前を行くものは無理やりのように手を引く様子は、まさしく逃亡の姿と見えた。


 やがて、止めてはならないその歩みが止まる。

最初は子どもたちが立ち止まり、それを抱き上げてでもと進もうとした女たちが力尽きてしゃがむ。

立ち上がれない。

彼らは疲れ切っていた。

逃亡に、そして生きることにすら。


「駄目だ。ゾト、もうこれ以上は進めない」

「そうか……。今日はここまでにしよう」


 殿からかけられた声に、なしくずしのように先頭の、ゾトと呼ばれた若者コボルトも足を止めた。

進めなくなってしまったそのまま、彼らはその場に腰を下ろした。

子どもたちの中には、腰を下ろすどころかその場に倒れ込んで眠り始める者もいた。


 彼らはここより南にある、とある鉱山そのものを棲家とし、鉱石の採掘と細工、そしてその取引によって生計を立てていた鉱山のコボルト、ノッカーの一族だった。

採掘された良質な鉱石は欲の無い彼らの生活には十分すぎるほど。

もちろんそのような鉱石、ひいては鉱山は狙われるのが常であったが、彼ら一族はそれを棲家でもある鉱山そのものを砦としての防衛戦でことごとく防いできた。

たとえ大軍を投入しようとしても、坑道内部は狭く、不慣れな者はろくに動くことができない。

そうこうしているうちに反撃をうけて、追い出されて済むならまだいい方。

『ノッカーの鉱山に手を出す』といえば、大損するという意味さえあった。


 だが、それも先日までの話だ。

彼等は、たった三人の人間によって鉱山を追われた。

ここにいるのは、運よく魔法を使われる前に抜け穴で鉱山から出られた者ばかりだ。

残りはみな、坑道中を吹き荒れた炎の嵐に、焼き殺された……。

戦闘経験豊富な者も、剛力が自慢であった父親たちも、子どもたちを泣き止ますのに長けた母親たちも。


「なぁ、」

 さきほどまで先頭を歩いていたリーダー格の、ゾトと呼ばれたコボルトが周りに声をかけた。

「この近くに……ダンジョンがひとつ、ある。そこまでなら、なんとか行けないか?」


 緊張に強張るその顔には、火傷で毛皮を失った傷がある。

そればかりではなく、今はありあわせの包帯の下で見えない背中にも。

脱出時、彼が間に合った最後の一人であったために。


「ダンジョン……?」

「気でも触れたか?」


 声を上げた周りの者達も、大なり小なりそんな火傷を負っている。

ゾトはそっと、青鉄色の毛皮の指を立てて声を低めさせた。

子どもたちは眠っている。

聞こえればきっと不安になるだろう。


「ダンジョンに攻め入ろうってんじゃない。中で一晩休ませてもらうだけだ。……あのダンジョンはゴーレムばかりで、一番偉いゴーレムが全部差配してるらしい。そのゴーレムはちゃんと知能がある。親父が昔、遠征の途中で迷い込んだ時に、理由を話したら攻撃されなかった。だからまず俺一人で行って、話を付けてくる」


 この近くに有るのは、一見すると山にしか見えないダンジョン。

外からは窓ひとつ見つけられない造りからして、彼らコボルトに馴染みの坑道に似て、しかし僅かな灯りも存在しない、密度の濃い射干玉の闇が満ちているだろう。

だがもし、この中であれば……。


 二日前、赤ん坊が母親もろともに大山犬に攫われた。

三日前には最後尾を歩いていた老人が、大蜘蛛の糸に絡めとられた。

その前にも何人もが攫われた。

山を脱出できた者は他にもいたというのに、削られるようにその数を減らしている。

いずれも夜のできごとだ。今日もじきに夜がくる。

一晩同じ場所に居ることそのものが、手負いのコボルトたちには危険な事だった。

彼らは逃亡を始めてから、ろくに睡眠を摂れていない。

だが、その危険な夜をダンジョンの中で過ごすことができれば、また明日からは歩きだせるだろう……。


「わかった」

 

 ザルが、長い長い思考の末に、唇を噛みしめながら言った。


「だけど、交渉は入り口近くでしてくれ、逃げられるようにな」

「ああ、ありがとう。……行ってくる」



 ゾトは、想像通りの闇に満ちたダンジョンに、一歩二歩と足を踏み入れる。

何も見えないが、彼は石畳を足裏に感じた。

大きく深呼吸をして……


「おーい! おーい!」

 ひとまず、呼びかけてみた。

「おーい! おーい!」

 少し間をあけて、もう一度。


「誰?」


 まったく予想もしなかった方向、正面からの声にゾトは思わず背筋をただした。

女の声。それも、かなり近い。


「た、旅の途中の者なんだが、仲間が動けなくなってしまった。一晩、こちらの軒先を借りたい!」


 ぱ、と弾けるように灯りが点いた。


「そう」


 灯りが照らしたのは、本当に人間の少女、いや、体の各所に継ぎ目が見えることからして、少女の形をしたゴーレム、なのだろう。


「何人?」

「全部で十人、いる」

「わかった。どうぞ」


 おそろしいほど呆気ない許可に、ゾトは思わず目を瞬かせた。

一方のゴーレムはといえば、こちらはまたたきもせずにこちらを見ている。

みずみずしい瞳をしているが、材料は紫水晶のカボションだろうか……鉱山にいたころの仕事の一端を、ゾトはその目に思い出しながらも、近くまで来ているだろう仲間たちを呼びに戻った。


 少し休んだことで、なんとか移動するだけは回復した仲間たちを引き連れてゾトが戻ったのは、ほんのしばらく後の話だった。

ぞろぞろと入って来た者たちを、ゴーレムはじっと見ている。


「……石の床じゃ寝づらいだろうから、こっちを使えばいい」


 これで全員と告げると、ゴーレムは先に立って歩き始めた。

いくらも進まないうちに行き止まりになったその壁に、ゴーレムは手を当てる。


「多少、虫はいるかもしれないけど、外みたいに危険じゃないから」


 押し開けられた扉の向こうに、ゾトも、仲間たちも絶句した。

床が土になった、まではそういうこともあるだろうと思えるが、建物の中に低木とはいえ木を生やすものだろうか。

草も生えている。

一瞬外に追い出されたかとも思ったが、そこにある木々はどれもついさきほどまで彼らが必死で歩いていた森とは、明らかに植生が違う。


「水もある。けど、ここの小川のは生水だから、飲まない方がいい。怪我にも悪い。濾過した物を汲めるところに後で連れて行くから、使うといい」


 その上に、この言葉。


「あ、ありがとう。助かった……」


 ゾトの謝礼に続いて、次から次にコボルトたちが礼を口にするのを、ゴーレムは表情の無い顔で聞いていた。

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