走れ お出かけ一号
小型ゴーレム「お出かけ一号」は快調に走っていた。
朝からの仕事を終わらせると、私は庭園の東屋に横になり、小型ゴーレムに意識を移す。
あとどれくらいで森から抜けられるかわからなかったけど、この周囲はずいぶん森として広いようだった。
動かすのを止める時には、木の根元の穴や、石の間なんかを探して入り込んで、隠れるようにした。
人間の匂いはついていないはずだけど、山犬や蜘蛛には何度か襲われた。
そのたび、文字通り歯が立たなくて放り出されてる。
蜘蛛の巣に攫われてたら、包装されてるような蜘蛛の糸を破いて逃げた。
このゴーレム、出力自体は普通サイズと同じだから、割合容易くできる。
ゴブリンとかある程度知能のあるタイプがいたら捕まったかもしれないけど、どうやらこの森にそういうのはいないらしい。
一度蜘蛛に掴まったときに、樹の上から見てみたけど茂みがどこまでも続いていたように見えた。
あのドラゴンが一休みしようとした理由もなんとなくわかる。
樹冠の下に隠れれば、ひとまずは遠くからは見えなくなって安全そうだもの、この森。
思う存分走り回っていると、河原のある川に出た。
覚えているこの辺の地形からすると、ダンジョン内に引き入れている川とは別の川らしい。
修理一号がスライムを捕まえている川かもしれないけど、周囲には荒れた様子もないし、そこから上流なのかも。
ちょっと早いけど、石の河原だから紛れやすいし、ここで今日の探検は終わりにしましょうか。
私自身も、そしてゴーレムも疲れることのない体だけれど、変わらない、変わりにくい光景にちょっとだけ飽きてしまったのも事実だった。
もっとこう、次々に……と言ったらシオリに怒られてしまいそうだと笑って、河原に降りる。
そんなに大きくない川の河原だから、そうたいした広さじゃない。
空模様から雨の気配も無し。
もし大水が出たとして、下流まで流されるのもいいかもしれない、あるいは川を下るルートに切り替えるか、と小石の山に身を寄せた。
おやすみ。
心の中で呟いて、接続を切る。
森の果てがわからないけど、まぁ一日の気分転換にはなってるし、明日も気が向いた分進めばいい。
そんな風に、考えた。
たぶんダンジョンの修復がなんとなく上手く進んで、終わりも見えてきたための気楽さだったんだと、思い返せばそう考えることもできる。
要するに、私は油断していた。
自分が観察されているなんてちーっとも考えずに。
だから翌日接続したとき、目の前がまっくらで何も見えなかった時にはまだ慌てなかった。
たぶん石が転がって、視界が地面を向いたんだろうと。
視界を借りると言いながら、聴覚も伴うこれの耳には何も聞こえなかったから、というのもある。
ところが動いてみて初めて、ゴーレムの手が地面を押していないことに気づいた。
もし触覚を備えていたなら、自分が触れている者が何かがわかったのだろうけど、指もへったくれもない、引っ掛けがついているだけの手では何もわからなかった。
そう、ゴーレムの身体がまわりごと持ち上げられるまでは。
よくよく首を回して見てみれば、上の方に何か小さな光のようなものが見えた。
体勢を確かめれば、ハンモックでぶら下がって遊んだ時と似たような形になっているから、何か袋に入れられているのだろう。
さてはこれ、お出かけ一号捕まったな?
布目が光に透けてないから、二重になってるか、革袋か。
そんな袋に入れられて、揺れている。
動いてるとこ見られたか……誰もいないと思ってたんだけど。
それとも目ざとい人間が、人の形に石がくっついてることに気づいたのかもしれない。
線彫りではあるけど、一応顔もあることだし。
たった数分で今日の冒険を諦め、私は接続を切って、ゴーレムの動きを止めた。
入っている袋は揺れていたから、移動してる最中らしい。
状況にわからないことが多すぎるから、何かわかるような状態になるまで大きく動かさないようにしないと。
幸い、手元には後二体あるから、……ああでも、もったいないなぁ。
しかし何に捕まったんだろ。
一号の回収は諦めるにしても、時々接続して様子は見といた方がいいかな。
私自身の身体を起こして、人間みたいに首を回しながら考える。
うう、森の終わりくらいには、着きたかったなぁ。
二号はコボルトたちの石ゴーレムがやってくる道筋に添わせて、進んでみようか。
ここ数日外を満喫したおかげか、気分はだいぶんマシになっていた。
とはいえ、明日にでも二号を起動させようという気にはなれず、私はまったく別方面の仕事をしようかと考えた。
たとえば、ドラゴンがまた来た時のために、ダンジョンの中を改装するとか。
地下の水場に風呂桶を作ってしまうとか。
水浴びでも使えるから、これはなかなか建設的かもしれない。
排水の仕組みを考えて、風呂桶を粘土で作るか、石を泥で留めて石化魔法で仕上げるのがいいだろう。
やることが決まれば、気分はさらに前向きになった。
その日から、私は日に数回、お出かけ一号との接続を試みては状況が変わらないのを確認するような日々となった。
少し接続して、視界が塞がれているのを見たら手で押してみる。
手ごたえが柔らかくて袋の中に有るなら、耳を澄ませてみる。
たいてい何も聞こえないから、男か女かもわからない。
袋二枚を通すとささいな環境音は消えてしまうから、どこにいるのかもわからない。
そこまで確かめたら、接続を切る。
次第に、「なんの変化も無い」ということを確かめる作業のようになっていった。
二号はまだ起動させてない。
森を抜けるまでが大変なのだとわかってしまうと、別方向とはいえ、おっくうになってしまった。
よろしくないとはわかってるんだけど……。
そうやって、思い出すようにして接続していると、ある日突然、景色が変わった。
視界は突然暗闇から解放されて、お出かけ一号は何かの上に座らされているということに気づいた。
大きく動かないようにして周囲を確かめると、どうやら屋内らしい。
それも、かなり豪奢な……。
『私』の知識では様式なんかはわからなかったけど、私の知識からするとちょっとクラシックというか、アンティークな感じの上品なインテリア。
そっと視線を下に向けると、ツヤツヤの木の表面が見える。
載せられてるの、テーブルかもしれない。
食堂とか、そういう部屋なのかな?
どこだろここ? どうなってるの?
でも、それを探るために動くことはできなかった。
正面、飾り棚だろうか、そこにある花を満載した花瓶にカードが立てかけてある。
『読める? あなたは、誰?』
単なる単独行動のゴーレムじゃなくて、その後ろに私がいるということは承知の上でのメッセージなのは間違いなかった。
どうしよう、これ……。私は必死で考えた。
ゴーレムが小型すぎるのも考え物。




