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奥津城守の帰還  作者: みかか
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密偵は情報をもたらす

 セオドリク=ルーキス・オルトゥス、人間たちに魔王と呼ばれた暁闇の一族が遺した密偵たちからは、毎日のように後継たるミラエステルへと報告が届く。

それらは秘書であるメイソンのより分けを経ても雑多なものではあったが、基本的に領地である森から出ることのないミラエステルにとっては世界をよく識るために必要なものであり、楽しみだった。

その情報の整理が、彼女の仕事の一つであったことは幸いだろう。

興味の無い事を仕事にする、しかも膨大な量をさばかねばならないというのは、いかにも苦痛だ。

その中に心にかかるものや、のちのち厄介になりそうなものには先手を打つ必要もある。

報告を聞き、あれは放っておく、これは観察する、これには介入すると決めると、密偵たちに返信する。

人間には考えもつかない、らしいのだが、セオドリク、ひいては夜の種族たちはそれを使える者こそ限られているものの、使い魔を介しての時差無しでの『通信網』と呼べるものを構築していた。

セオドリクの死後は近隣の人間の国の動きだけではなく、それらに属する『勇者』『英雄』の動きについても追跡が行われている。

先代を喪って以降、彼らは後継者の「お姫様」「お嬢様」の防衛に対して、いっそ過保護なほどに気を配っていたといえるだろう。

だが……


「最近、なんだかおかしいわね……」


 執務室でその一仕事終えて息をついたミラエステルが、ハーブティーを一口飲んだあとにぼうあくのも、仕方ない事ではあった。

前の秋からこの春にかけて、普段目にも留めないような変化しかなかった場所からの報告が多くなっている。

メイソンの選別を経てさえ、そうなのだ。


 コボルトの鉱山から皇女の奥津城にゴーレムが歩いていくこと。

その皇女の奥津城にしばらくドラゴンが棲んでいたこと。

そのドラゴンがコボルトの鉱山の方へと飛んでいったこと。

遺された森のトロルが本来の縄張りを超えて移動をしたこと。


「皇女の奥津城って、中に何かあるダンジョンだったかしら……? 私の知る範囲では、ゴーレムが守るお墓でしかないのだけれど」

「一度、勇者の後継が中に入って、無事に出てきたということはございました。コボルトの集団が暮らしていたことから、ゴーレムがいなくなったのかと思えましたが、管理者がいなくなればダンジョンは崩壊してしまいますので」


 花を中に閉じ込めた琥珀糖の皿を主人の前に出しながら、メイソンもそれに同意する。


「でも、あのあたり担当の者に無理はさせたくはないわね」


 首をかしげてミラエステルは考える。

彼女が密偵の情報を使うのは、自衛のためだ。

彼女たちは現状の維持を第一として、影響範囲を広げ過ぎることは望まない。

あるいは夜の種族の救出という名目があれば別だろうが。


「中には入らないようにして、外からの観察を。気になることがあったら別だけど、重点的な箇所ではないから、深追いしないようにと伝えて。ドラゴンのいる鉱山は気になるけど、こちらに実害はないでしょうから、そちらは軽い噂話の収集くらいでかまわないわ」

「承知しました」

「さて……『勇者』の後継や他の国の『勇者』たちだけれど」

「他国はまだこちらに手を出す気配はありません。まだここに至るには足りぬ、と判断があったのでしょう」


 一年ほど前だろうか、十四人の武装集団が森に到達したものの、城に至る前にラドルの部下が一人を倒しただけで残りの十三人は退散して、それきりだ。

森を超えることさえできなかったことで、未熟を思い知ったのかもしれないが。


「後継者たちは、トロルを倒した折の傷でまた一人死んだようですが、またすぐ補充されたようです」

「入れ代わり立ち代わりね……。ドラゴンの時にも全滅したというのに、すぐ次が用意できるなんて、あの国はどういう運用をしているのかしら」


 いわば人間の王国は彼女の領を蹂躙しようとする侵略者だが、その中でもかつて『勇者』ハルカズをよこした国に対しては彼女ばかりではなく、この彼は誰の城のすべてが警戒しているといってもいいだろう。

だから、知ろうとする。


「予備を置いておくにしても、そのすべてを主隊と同等の、入れ替えの利くような水準にたもつ……保ち続けるようなことが、はたしてできるものかしら?」

「はい。ハルカズ殿よりも前をさかのぼりましたが、あの国はあまり上手く『勇者制度』を使っていなかったようです」


 メイソンは手元の書きものを繰る。


「長くても半年程度で死なせてしまっていた記録がありますね。元々あの国の王は将軍からとりたてられたとされていますが、国に召し抱えられる前はどうやら素性が確かではなく……部下は使い潰すものという認識があってもおかしくはありません」


 『勇者』にされる者がどういうものかを知るミラエステルは表情を曇らせた。

デストラップを仕掛け、獣人に守らせる城の主ではあるが、彼女は本来争い事も無益な人死にも好まない。

もちろん、同情と自衛はまったく別なのだが。


「それにしたって、ハルカズ以前よりもあまりにも代替わりが激しすぎるわ。なにかありそうね。……あの城に、魔法使いはいたわね?」

「はい、ハルカズ殿が『勇者』になる少し前からの宮廷魔術師がおります」

「となると千里眼は防がれるし、下手に密偵を化身させて送るのも危険ね」


 くるくるとミラエステルの中で思考が回る。


「前に街に入ったとき、ハルカズの友だったという者がいたわね?」

「はい、あの後ラドルが「知っている」と言っていた、当時森で見逃した一人です」

「あの人には、あれから接触しているかしら」

「いいえ、シオリの名を知らなかったことで放置してあります」

「彼がいいわ。そっと揺さぶってみましょう。魔法は使わないで」


 ハルカズの本物の友で、あの現場を見たのなら、罪悪感があるはず……。

そんな感情を下敷きにした決定ではある。

重要な情報など持っていない……真相は知らないかもしれないが。


「当たる者は改めますか?」

「そうしましょう。踏みこみすぎないようにと伝えて」

「承知いたしました」


 メイソンは素早くメモを取り、それを控えていた者に渡した。

そこから先は、実際に使い魔の術を使う者が担当することになる。


「じゃあ、次はこの前に決定した、今月の収穫に対してね」

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