コボルトは守り抜いた
鮮やかな炎の色、膨大な熱を孕む光。
それが、灯りを失えばすべてが闇に沈むはずのトンネルから噴き出してきた。
否、跳ね返ってきたのを、それと判断することはできなかっただろう。
少なくとも、撃ちこんだ炎に呑まれた者たちには。
トンネルの出入り口の直線状にいなかった者たちが事態を理解したのは、炎がすっかり収まって……変わり果てた魔法使いと傭兵たちを見つけたときだった。
男たちの引きつった声は、すぐに消え果た。
何が起きた、は、瞬時に逆襲だ、に変わる。
手に手に武器を構えはしたが、たった一つ彼らが致命的に間違っていたのは、彼らが注意を向けるべき方向だった。
炎はあくまで、戻ってきたものでしかない。
本当の反撃は、空から降ってきた。
雨のように降ってきた矢が幾人もを射貫いてようやく、盾が上を向いて構えられる。
「コボルトどもだ!」
「迎え撃て!」
襲撃者の正体がわかった誰かが声をあげ、誰かが指示を飛ばす。
だが、盾を上に掲げて屋根を作っていた者たちがそれを降ろすより先に、ツルハシを短く構えたコボルトたちが突っ込んでくる。
相手がなまなかの武器では歯が立たない鎧を着こんでいるからこそ、……山で固い地層を相手にする工具の類が役に立つ。
ツルハシばかりではない。
大槌やシャベルもそれに続く。
硬い物同士がぶつかり合う音が響き、盾が間に合った傭兵の一人が吹き飛んだ。
盾に一撃ならまだいいほうだろう。腹に一撃もらうよりかは。
「こ、こんなの、聞いてないぞ!」
戦闘の第一陣から退いた位置にいた男が声をあげる。
正規兵ではない、寄せ集めの傭兵。
コボルトの鉱山を安全に奪取できるから、という名目で集まってきた集団だ。
「やってられるか!」
募集の内容にもよるし、どんなことを吹きこまれたかにもよろうが、彼らにあるのは忠誠ではなく、依頼者への信用。
コボルトたちと相対する第一陣はまだしも、その二、参列後ろから崩れが始まってしまった。
後ろが浮足立てば前線を支えることはできない。
しかも
「それは駄目だ!」
「やめろ! 持って行くな!」
脱走者がでた、となれば。
そしてその脱走者が、依頼人から預けられた物を持って逃げたとなれば。
混戦となった集団を、馬で抜け出そうとした者がいた。
半ばパニックになった様子で馬車から馬を外した瞬間矢が刺さり、その男は倒れたが、同様に逃げようとした男がその馬を奪う。
必死で片手で引きずっているのは、大きな魔石を付けられた長い杖だ。
本人は預かり物を離脱させるためであったのかもしれないが、それは傍目からはどう見えるか。
「待て!」
一気に混乱が広がった。
騎士、あるいは国家の旗下に正式に編成された戦士団ならばともかく、前述したとおり傭兵は信用商売だ。
己の腕を、見合った戦場とそれにふさわしい価格で売る。
金次第でなんでもやるわけではない。
自分たちの腕前と、戦場の情報、提示された報酬が釣り合って初めて商売になる。
話が違う、報酬が釣り合わないとなれば、雇い主側の信用が消し飛ぶ。
短い叫びが幾つも上がる。
それは怒号であったり、断末魔であったりと真逆のものが入り混じっていたが、いずれも人間のもの。
コボルトたちはただ無言で、彼らへと攻撃を続けている。
人間からすれば、それはどんなに不気味か。
その上、トンネルの奥からのそりと出てきたものがある。
「ドラゴンだぁっ!」
それが何かを理解した声が、最後のとどめとなった。
傭兵たちは、その末端から櫛の葉の欠けるように抜けていく。
最後まで残ってしまったら……その考えさえ吹き飛ばすように、ドラゴンは飛びあがって彼らを追い越した先へと飛んで行ってしまった。
そう、逃げようとした先へ、だ。
降伏、は、コボルトに通じるだろうか。
滅ぼしに来た相手が持ち出す虫のいい話など聞いてくれるはずもないと思いながらも、傭兵たちの一人の頭にはそんな言葉がよぎった。
攻め込んできたのは三十人ほどの集団。
さて、そのうち落ちのびられたのは何人だったろうか。
「ただいまー」
ただ、ドラゴンの戦利品を見るに、馬を奪った者は追撃から逃れられなかったことは間違いない、とコボルトたちは思った。
同じ道を逃げた者たちもそうだろう。
逃げられたとすれば、森の中をつっきっていった者たちくらいか。
魔法の杖と契約を諦めて、命だけでもとしたのが結果的に彼らを救ったのだろう。
「変に重いね、これ」
「貸してくれないか?」
「はい」
大きなドラゴンだからこそ、軽々と持っているように見えたのだろう。
コボルトであっても二人がかりでやっと持てる重さは、その杖が一般的な素材である木でできたものではないと教えていた。
すでに傭兵たちが「片付けるべきモノ」になり果てているからこその余裕で、その杖にコボルトたちが寄ってきた。
「石か。石だな」
「彫刻は凝ってるけど、飾りにしかなってないな」
「うん、魔法文字が刻んであるけど、でたらめだ」
「これなら俺は木で作って取り回しを良くするな」
「金属で作るって手もあるのに、なんで石で」
「杖そのものはハッタリじゃないか? 魔石で増幅させるタイプの」
「肝心なのは、この魔石だけか」
ドワーフほどではないにしろ、コボルトは金銀細工も手掛ける。
だからこその杖の品評会が始まってしまったのだが、その中の一人があることに気づいた。
「この魔石、乳母殿の魔石と同じじゃないか?」
ゾトやザルが受けている依頼をこの山のコボルトたちは皆知っているし、代金としての魔石も質が良い事が知られている。
魔石の特徴がわかったのは、鉱物をよく知るコボルトだからだろう。
「ほら、インクルージョンが稀だし、あっても気泡ばかりだ」
「色味も、青がわずかに入ってるな」
「あ、だったらこれ、あれかもしれない。エレイラナが、せっかくの常夜灯が人間に取られたって言ってたんだよ」
そこにひょっこりドラゴンが口を出した。
「乳母殿は何も言っていなかったが……」
「ううん、今の『乳母殿』じゃなくって、その人間に壊された先代の『乳母殿』が作ってくれたものだって言ってた。だから、今の『乳母殿』は常夜灯があったことも取られたことも、知らないんじゃないかな」
だが、しかし
「ナツノカザハナ殿、エレイラナとは、あの奥津城の主人、ということだろうか?」
そのこと、にゾトは気づいた。
あのダンジョンを捧げられた誰か。
『皇女の奥津城』……奥津城とは、そもそも墓所だ。
もう死ぬことのない死者こそが、あの奥津城の主人なのでは。
「うん、そう。『乳母殿』はエレイラナを見ることができないから、代々気づいてくれるのはスライムとか、外から来た人たちばっかりだったって」
そしてそれは、あっさりと肯定された。
あそこの主人は、他にいたということを。
56話めにしてようやく、です。




