コボルトは迎える
一方その頃、ドラゴンはといえば。
その日、コボルトの鉱夫たちの町を兼ねた鉱山には、ちょっとした騒ぎが起きた。
大きなドラゴン―――それがドラゴンという種族の中においては子どもといえる大きさであっても、見慣れぬ者には大きいと思えるものだ―――が、すぅっと風に乗るようにして飛んできた。
最初に見つけた者の、驚くまい事か!
何か、ドラゴンの気に障るようなことをした奴がいたのか?
そんな疑問をいだく事すらできぬうちに、一人のコボルトの前に、碧色のドラゴンが降りた。
「こんにちは」
あまりにも、といえばあまりにもな「愛想の良い挨拶」に思わず腰を抜かしたコボルトに、ドラゴンは小首をかしげてみせた。
「ええと、ここの山にゾトやザルって名前で、人間に山を襲われたヒト、いる?」
くるるるる、と柔らかい声での問いかけ。
「お姫様のお城のゴーレムからお手紙だよって、伝えてほしいんだ」
何を言われたのかを、たっぷり十数えた頃に理解して、次いでドラゴンに害意が無い事を理解するまでにももう十秒。
その間、辛抱強くドラゴンは返事を待っていたことをもって、このドラゴンは大丈夫だとコボルトたちが判断するには充分だった。
とはいえ、山の中へと案内するわけにもいかず、ドラゴンはしばしその場で、名前は知っているけれど知らないコボルトを待つことになった。
「あの……俺が、ゾト、ですが」
しばらくしてやってきたコボルトを見て、ドラゴンは嬉しそうに喉を鳴らした。
「皇女の奥津城の、ええと、何て言ったらいいんだっけ。世話役をやってるゴーレムが、ゾトかザルにって手紙を持たしてくれてるんだ」
ハイ、とそれこそ爪の先に挟むようなサイズ感で手紙を差し出してきた。
ゾトは両手で受け取る。
「読んでも?」
「え? だってそっちあてだし」
そういう意味にとられたか、と苦笑して、ゾトはさっそく封を切った。
上等な羊皮紙に、まるで型を当てて書いたような、同じ大きさの文字がまっすぐに並ぶ。
なにかしら違和感のある文字の連なりではあったが、早く読むには向いている。
読んでいくにしたがって、ゾトは誇らしさを覚えた。
―――仕事を褒められることに、悪い気持ちがするわけがない。
そんな金と医のまま次に送る石の算段をし、……そしてその一文にぶつかった。
『食費を同封するので、ドラゴンに何か、そちらのおいしい料理を食べさせてやってほしい』。
どれほど食べるのだろう、と手紙から顔をあげた時、ゾトは目の前を塞ぐほどの巨体が消え失せていることに気づいた。
「え?」
「ここ」
ムフー、と得意げな人型の、上等すぎる服をまとった子どもが代わりにそこに立っていた。
銀色のキラキラする髪に、金色の瞳。透けるような白い肌。
そこまでなら珍しいですむが、角が生えている上に瞳には縦の瞳孔が開いている。
「本当は、怖がらせちゃいけないからこの姿で来ようと思ってたんだけど、話しかけられそうなヒトがいたから、つい」
同じ声、何より頭から同じ角が生えていることが、先ほどのドラゴンとこの子どもが同一であると教えている。
これならば同封の食費は、食費どころか宿代にしても一カ月ほどももつだろう。
それ以前にあの巨体では山の中にまでは入れないから、もてなすこともできなかった。
「わかった。他ならぬ乳母殿の頼みだ。ところでドラゴン殿、名前をうかがってもいいだろうか?」
「うん。輝鱗の宮殿のフキアガルホムラと、剣の山脈のマイチルリッカの子、ナツノカザハナ。ゾト、よろしく」
言い方は尊大だが、ぺこっと頭を下げる仕草を付けられると「かわいい生意気」くらいにしか見えない。
そんな姿に、ゾトは内心でドラゴンとはこんなものだったろうかと困惑していた。
話に聞いていたドラゴンはもっと尊大で、暴れ者で……
「母が、他の生き物にはちゃんと礼節を守りなさいって。一度ゴーレムにも叱られてしまったから。これでちゃんと合っているだろうか?」
「え?」
育ちのいいドラゴンというものがいたなら、こういう仔になるだろうか……ではなく、本当にきちんと躾けられたドラゴンだった。
「では、ナツノカザハナ殿、乳母殿のご紹介の御客として歓迎しよう。どうぞ中へ」
お人よしの『乳母殿』はきっとこの様子にほだされたのだろう、とゾトは微笑ましかった。
さて、鉱山のお偉方にもこれが通じてくれるといいのだがと思いながら。
石造りのテーブルの上には、ありあわせのパンやチーズ、ミルクが並ぶ。
「すまない、ありあわせだから今はこんなものしか。夜には時間がとれるから、もう少し手の込んだものを……」
テーブルのいっぺんに座を占めたドラゴンに、そんな言い訳のようなことをこぼしながら、しかしゾトはその相手の目がキラキラしていることに気づいた。
コボルトの子どもたちが食事のときにする、期待の目。
「これっ、パンっ?」
勢い込んで尋ねられて、ゾトは若干引きながらも頷いた。
木皿に載せられているのは、何の変哲もないパン。
山の中のパン屋で一番安く買える丸パンだ。
お客人にはもうしわけないくらいの、いつもの食事。
「こういうのなんだ! すごい! ほんとに絵と同じだ!」
まるで世紀の大発見をしたとばかりの様子。
もう少し幼い姿だったら、ぴょんぴょんと跳ねていたかもしれない。
「食べていいの?」
「め、召し上がれ」
「ありがとう!」
にこにこしながら、ドラゴンはパンをひとつ手に取って、感触を確かめるように両手でゆっくりと裂いた。
ふわぁ、とか、わぁ、とか、小さな子どもそのもののような歓声。
たかだか丸パン一個。
だが、とゾトは手紙を思い出す。
ドラゴンの文化に、手の込んだ料理は無いらしい。
こと、パンのように元の形の跡形も無いようなものは。
人の姿に化けようとも、彼らの本来の調理器具やカトラリーは爪なのだから。
おそるおそる一口齧ってみて、ドラゴンの子どもは目を輝かせる。
「知らない味がする……」
その様子にゾトは悟った。
これは自分もほだされるぞ、と。
夕食には少し濃いめのスープを作ろう。
明日の昼には干し果物の入ったパンを食べさせてみよう。
そんなことを内心決めている時点で、もうほだされているのだが。




