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奥津城守の帰還  作者: みかか
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彼らの物語 16

これでひとまず、トロル討伐編は終わりです。

 眠りから覚めたとき、ベッドの中で、ナオは自分の右手が綺麗に治っていることに気づいた。

魂ごと骨に焼き付いてしまうような、あの痛みは跡形も無い。

……そのことに、ナオは奥歯を噛みしめて、湧き上がってくる悲鳴に耐えた。

自分が誰かを死なせたのだと、その事実からの後悔に。

回復の魔法(と、いうものがあるならば)よりも、おそらくはその方が手っ取り早いのだろう。


「『賢者様』の魔法、すごくよく効いたな!」

「ね、傷も残らなくてよかった!」


 純粋に自分の目覚めを喜ぶ仲間たちには、そのこと―――傷が残らなかったのではなく、傷の無い体に移されただけ―――は決して言えない。

だからナオは、しずかに笑うばかりだ。

それは御者の男とも約束したことである。

言葉は己のうちで育てろ。

他人の中に撒いた言葉の種が、どう育つかはわからない。

御者は同時に、その覚悟を持って自分に『勇者』のことを話してくれているのだと、その言葉が教えてくれていた。


「しばらくは戦闘があるような仕事もないって話だし、リハビリがんばれよ? お前、覚えてないだろうけど、すごい怪我だったんだから」

「うん、火傷がね……。あ。馬車の人にお礼を言うのって、いいのかな?」

「したいんだけどな。あれもおしゃべりに入っちゃったら、あの人に迷惑かかっちゃうしなぁ」


 二人はベッドサイドでひとしきり、あの村からの帰り道での話をした。

ずいぶん興奮した様子で、どんなに素早い手当だったかを教えて、それがなかったらナオが危なかっただろうことも。

うんうんと相槌を打ちながらも、ナオは、自分がその手当てを全部無駄にしたことがおそろしかった。


「『賢者様』がトロルがまた出たときに備えて、そのための魔法を課題に淹れてくださるんだってさ。今までの魔法じゃ効かないってのもわかったし」


 ケンの話すことに、ナオは心の中でこっそりと考える。

「同じだ」、と。

前の『勇者様』も、少しずつ強い敵と当たるようにされていたという。

それらを倒せるように、魔法や剣術を与えられながら。

今回、自分たちが対トロル戦に有効なものを与えられていなかったのは、対処する相手がトロルとわかっておらず、手持ちで対処できる相手と思われていたからだろう。

ドラゴンの時と同じだ。

上手くいかなければ、自分たちは死んで、騎士たちは村を捨てて退いたのかもしれない。

もしかしたら、騎士たちなら退治できたのかもしれない。

あのとき、彼らは三人をほとんど手助けすることはなかったから、……騎士たちが何か対処法を持っている可能性は否めない。


「また明日から勉強ってことで、今日は休んでおけよ!」

「うん。私たちは静かにしてるからね」

「ありがとう」


 ベッドのカーテンが閉められて、ナオは一人きりになった。

カーテンの向こうからは二人の気配がするが、本当に静かだった。

書きものでもしているのだろうか。

寝返りを打って、ナオは改めて自分の手を、新品の手を見た。

自分の手に見える。そう思わされているんだろうと考える。


 三人の部屋は、三人分のベッドや、食事や勉強に使う四人掛けのテーブルセット、物入れを置いていてもまだ軽く運動できる程度には広い。

前の『勇者様』は騎士たちの寮に一部屋借りていたらしい。

出入りも比較的自由で、町に出かけたりもしていたし、特に命令が無い時は自分で行先を決めて調査に出たりもしていたという。

それに比べて……ナオたち三人が自由に動けるのは、この部屋の中と出先、それから馬車の中だけだ。

それにその外側にはいつも見張りがついている。

自由や自立とは程遠いだろう。

……地球でだって、もう少し動けた……と考えて、また話を思い出す。

『勇者様』は十二年、戦い続けて結局殺された、という話を。

おそらくそれは、自分たちも同じなのだろう。

クリア目標(と、ケンは呼んでいた)らしいものを何も示されずにいるのだから。

自分はともかく、ケンとミヤは家に帰してあげたい……。


 考え事をするうちに、ナオは眠ってしまった。

答えを見つけだせない考え事に、疲れ果てて。

本当はこんなもの、小学校に上がったばかりの子どもには、難しすぎる……。



 翌朝から、ナオはなにも知らないふりでリハビリを始めた。

ちゃんと動けるようになっているのを確かめる……ふりをする。

問題なく動くということは、自分が一番よく知っている。

同時に『賢者様』からはトロルのような、再生する魔物にも効果的な魔法の課題が届いた。

トロルの出現が読めなかったことの詫びと、不利な状況からでも機転を利かせて倒したことを大げさなほどに褒める言葉を添えて。

確かにこれがあったなら、トロルでも倒せただろう……。


 難しいね、と言うミヤに頷きながら、ナオはその一方で、自分たちの強くなる速度をコントロールされていることを確信せざるを得なかった。

勝手に強くなられては困る、と。

かの人の言っていたことを考えれば考えるほど、ナオには自分たちを守るためにという『賢者様』の行為のすべてから、糸が伸びて自分たちに絡みついているように思えてしまう……。


「なぁ、ここの解読、どう思う?」

「見た事無い単語だけど、文字自体は見覚えがある」


 勉強机を兼ねたテーブルの上に広げられた課題、その横に今までの課題を積む。

一枚一枚、打ち上げの魔法、氷の魔法と見比べていく方法は、今までの学習法と変わらない。


「あ、あった」

「こっちも」


 こちらの文字はひらがなやカタカナと同じ表音文字であるからこそ、できる方法だろう。

もしも漢字のような表意文字だったら、難易度は上がっていたはずだ。


「生まれた炎よ、だよね」

「ここ、動作がある。足を肩幅に、体の向きは横に」

「こうかな?」

「あ、これ弓道みたいな感じだ」

「矢にするって言ってたもんね」


 動作を加え、少し魔法を練る。

詠唱の最後の一節さえ唱えなければ、魔法が発動することは無い。

この魔法は動作も詠唱のうちだから、構えを解けば詠唱そのものがキャンセルされる。

それでいて魔力は消費するから、体感でどんな風に消耗するかがわかる……。

そうして、安全な場所で魔法を習得して、実用レベルにまでもっていく。

新しい魔法を課題として与えられるたびに、してきたことだった。

でも今日は、詠唱の中身を形にするまでで一区切り。

休憩を取りながら、ケンは思い出したように言い出した。


「こないだの、結局出てこなかったアレ、見つからなかったんだって」


 トロルの死骸はそのまま置いておき、何かが戻ってこないかを一晩待った、と、遅れて帰った騎士たちから報告があったらしい。

帰りがけに生き残りを避難させた村にも寄ったとのことだが、村人によるとトロルはどうやら元々近隣のダンジョン跡地を縄張りにしていた個体で、幸い、近隣にはあの一匹だけしか生息していなかった。

トロルという魔物の発生確率の低さから、もう同種での脅威は無いだろうという。

だが、やはりあのトロルを誘導して、村へと行かせた存在がわからないというのは不気味な話だった。


「もう、出てこないといいね……」


 ミヤの呟きに、残る二人は頷くしかなかった。

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