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奥津城守の帰還  作者: みかか
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彼らの物語 15

 トロルの再生能力は高い。

特に、『じゅうぶんな栄養』を摂っている場合には、手に負えない。

そのことは資料にも書いてあったが、これほどとは三人の誰も考えなかった。

三人がかりで、打ち上げの魔法で地面に叩きつけることを繰り返している。

普通の人間……いや、生き物ならばもうすでに体中の骨が砕けているだろう衝撃を受けているはずだった。

だが、そのたびに少し呻いて、軟体動物めいた動きで起きあがれば、みるまにその体は魔法を受ける前の形に戻る。

そこを打ち上げては、こちらへやってこないようにする。

繰り返しても繰り返しても、少しも再生速度は衰えない。


「ケン、炎の魔法を使う。しばらく二人で粘って!」

「外を焼いてもすぐ戻るぞ!」

「わかってる!」


 ケンとミヤが集中し始めたのを見計らって、御者がそっと声をかけた。


「あいつの言った通りだ。外を焼くのは多少利くが、倒すまではいかん。村にも飛び火しかねない」

「うん。……考え方を、変える。内側に混ぜる」


 それは、地面へと落ちたトロルに、棚から落ちた粘土細工を連想したためのことだった。

落下するその真下へと、炎の、炸裂する魔法を放り込む。


「今の、何?」

「炎の魔法!」


 落ちた粘土に埃が入り込むように、上手くいけば。

ぐしゃ。

すぐさま、トロルは体を起こしたが、そこにナオが放り込んだ『魔法』は残されてはいなかった。

すぐさま、くぐもった音がトロルの中から聞こえた。


「カ……」


 開いた、乱杭歯の口の中から黒煙が細く上がる。


「ガ……ギ」

「足りない!」


 だがその口は閉じられ、巨体が姿勢を立てなおす。


「もう一回! ケンも!」

「うん!」

「わかった!」


 それでも、身体を揺らした様子や、足を踏み出すまでの間に励まされて、ミヤはまた打ち上げの魔法を使う。

少しでも足止めが緩めば、丸太の壁をも壊すこん棒を振われてしまう。

もう十回では足りないほどに落とし続けたというのに、いまだトロルの手にはあのこん棒が握られている。

一際高く打ち上げられたとき、タイミングを合わせてケンとナオは魔法を放り込む。

再度のくぐもった(おそらく、体内で炸裂しているが、外皮まで届いていない)音に、立ち上がったはずのトロルが膝をついた。


「効いた!」


 見ていた騎士たちから歓声が上がる。


「まだ! まだ足りてない!」

「うん!」


 ケンが叫び、ミヤももう一度と浮かせる。

もう一回倒れた毛むくじゃらの巨体に、騎士の一人が駆け寄った。


「首だ! 刎ねろ!」


 斧を振うような力の籠め方をした一撃が、猪首に埋まる。

だが、剣を再生を始めた首の肉が飲みこんでいく。再生速度が早すぎる。

剣の持ち主さえも、とっさに手を離して飛び退った。


「っ!」

「ナオ、だめ!」


 その様子を見ていたナオが、意を決した顔で駆け寄ると、飲まれかけの剣の刃に手を当てた。

仲間たちの叫びも、聞こえないように。


「炎、炎、火の花よ」


 まるで炎を押し付けるように、手を当てたままで炸裂する炎の魔法を使おうとする。


「見えざる盾よ!」

「ガアアアアア!」


 振り払おうとしたのか、振り回したトロルの拳に打たれて、ナオの身体は壁へと軽く飛ばされた。

ケンの守りの魔法が間に合わなければ、……家の死体たちと同じようになっていたはずだ。

それでもナオは、立ち上がった時にはぼろぼろの身体になっていた。

その間に、トロルは体勢を立て直している。


「もう、……いっかい!」

「わかったっ!」


 そしてまた打ち上げの魔法が唱えられ、炎の魔法がトロルに混ぜ込まれる。

まだ、もう一度。

混ぜるのが、炎の魔法一つ分では足りない。

二つでもトロルの再生力を上回るには足りなかった。

三つには人手が足りない!

また倒れたトロルに近寄る者がいる。

飲みこまれ切っていない、首に刺さる剣。

力を振り絞って駆け寄ったナオは、背中に乗りかかってその柄を握る。


「さきみだれ、よ!」


 その手のひらに魔法を生んで、それをそのまま剣へと塗りつけるように。


「ガッ? ア、アアアアアッ!」


 立ち上がろうとした体はそれを果たせず、雄たけびのような悲鳴は途中で切れた。

剣を導入にして伝わった炎が、トロルの身体では比較的細い、首を焼き切った。

首は炭化して崩れ、頭が落ちる。

身体が前のめりに倒れ伏す。

その背で、ナオは呆然としていた。


「ナオ……ねぇ、ナオ、大丈夫?」

「手は? 見せてみろ」


 すぐさま駆け寄ったふたりは、魔法を込めた右手、それどころか右腕全体に広がる火傷のひどさに気づいた。

ミヤが顔を反らすのも無理はない、火傷というにも重すぎる傷。

焼き尽くす魔法の一端に直接触れていたのだから、無理からぬことだろう。

すぐに御者が駆け寄って、ナオの右腕を布で覆う。

それがバランスを崩したか、細い体が倒れた。


「トロルは倒した! もう王都に戻らせてもいいだろう?」


 彼が大声で呼びかけたのは、騎士たちに対してだ。


「わ、わかった。後始末と報告はこちらが受け持つ」

「そうしてくれ!」


 言い捨てて、ナオを抱き上げて馬車へと戻る彼を、ケンとミヤは追いかけた。




 応急手当は素早く、しかし無言で行われた。

何かを問うこともできないまま、ケンとミヤは、自分たちの馬車を操っていた男に仲間の手当てを任せ、それを見守る事しかできなかった。

元より、騎士を含めた「大人としゃべる」ことは許されていない。

それに、しゃべるのではなく質問をするにしても、何をどう訊けばいいのかもわからないがための沈黙だった。


「あ、あの、ありがとうございました!」


 手当が終わったナオに毛布を掛け、馬車を出て行こうとする男にケンはやっとのことで声をかけた。

御者の男はやはり無言だったが、それでも振り返ったとき、ほんの少しだけ頬を緩めたようだった。


 ほどなく、馬車が動き出した。

騎士たちより一足先に、王都に戻るために。


「ナオ、帰るまでのガマンだからな?」


 小さな振動すらも、傷に伝わったのだろう。

うめき声をあげるナオに、ケンがささやいた。

トロルの出現と撃退。

その陰に隠れて、もう少し知能のあるだろうもう一者は、出現しなかったこともあって何もわからないままだった。

それがケンには気がかりだったが……今は、重傷を負ったともだちへの心配がそれを上回っていた。


 王都への帰還後、『賢者様』に引き渡されてからほんの数時間で、ナオは何事も無かったかのような姿で二人の前に現れた……。

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