彼らの物語 14
トロルによる残酷な行為の描写があります。
王都から馬や馬車で三日の移動ののち、到着した村はしんと静まり返っていた。
息を潜めているのではない。
息を、していない。
「……やられた!」
使いの男が呻くのも当然だろう。
防衛のために必死でこしらえたはずの柵という柵が、小枝でできているもののようにへし折られ、丸太で作られているはずの家屋の壁も打ち壊されている。
生存者に騎士たちが呼びかける間に、三人は村の様子をつぶさに見て回った。
「……っ」
まだ健在なように見えた一軒の家の扉を開けて覗き込んで……ミヤは後ろに飛び退るなり、その場で昼食を吐いた。
続いてそこを覗き込んだケンは奥歯を噛みしめ、ナオは蒼白になって立ち尽くしながらも同じショックに耐えた。
その家、壊されていなかった家の中には、食料庫のつもりだろうか、死体が山積みになっていた。
三人の様子に駆け寄ってきた騎士が、村人を呼ぶ。
「……!」
今度こそ、彼は声にならない叫びをあげた。
呼んでいる名前は、彼の妻か、娘か。
「ミヤはしばらく休ませておこう」
「うん」
ぐったりと道端に座り込む姿に、二人は顔を見合わせる。
こうまで間近で『死』を直接見たのは初めてだったという以外にも、その死体の様子があまりにも無惨だったせいもある。
……結局、生存者は家の地下貯蔵庫などの、さらに箱の中に隠れていた子どもたちがほんの数名だけ。
その中に使いの男の娘もいたのだが……がたがたと震え、目の焦点も合わず、何も言うことができない様子から、彼らの耳に何が聞こえたのかはすぐわかった。
防御柵を叩き壊し、壁をぶち抜き、人を潰す。
それは報告されていたことからはうかがえない、あまりにも雑なやり方だった。
すぐに子どもたちは使いの男ともども、騎士のうち二人を付けて近くの村へと移送されることになった。
ここは、すでに魔物の縄張り。人間の安全圏ではない。
避難する者たちには避難先の村に、警戒を最大にし、異変があれば同じく退避するようにと伝える任もある。
残りの者たちは、陣を組んでひとまずの防衛柵を作りなおしはじめた。
三人に期待されているのは、純粋な戦力としての存在だったから、そういった作業には参加させてもらえないし、そもそういった作業を教えてもらえていないから動けない。
周囲を探索に出る者も数人いたが、それにも連れて行ってもらえない。
ショックを受けたミヤも、休ませねばならない。
だから大人しく馬車に戻って復習しろ、と押し返された。
「ミヤ、大丈夫か? 水は飲めるか?」
「……ありがとう」
「ちょっと寝てるといいよ」
「うん……」
飲み水で喉を湿して、大きなため息をついたミヤは、それでも震えが止まっていなかった。
「なんだろうな、あれ」
馬車の床にミヤを横にして休ませながら、ぼそりとケンが呟く。
「なんかこう、話とちぐはぐだって、騎士が言ってたのが聞こえたけど、俺も同じ気分だ」
「うん。小屋を散らかしてても、一冬使ってたっていうのと、今のコレ。なんかおかしい」
気絶したような仮眠に入ったミヤを起こさないように小声でささやき合う。
「二種類いるかも、って仮定されてたけど、ほんとになりそうだ」
「暴れてるのと、待ち伏せしてたやつとだよね」
「あとは、ゴブリンだってのもあるかも」
「そうだね」
そう、小屋に住んでいた者も、村を襲った何かも、誰も正体を見ていない。
だから誰も正確には何が襲ってきたのかを知らない。
小屋の周りに足跡が無く、面白半分に壊したような形跡が無かったから除外されたゴブリンの可能性も、小屋に住んでいたのがリーダーだけならありえる。
「騎士の人たちに言う?」
ナオの問いかけに、ケンは首を横に振った。
「俺たちが考え付くくらいなんだから、大人はもう気づいてる。だから俺たちは俺たちでやろう」
馬車の中には、彼らが与えられてきた資料も積み込んである。
道中、必要なら復習できるようにと。
その資料の詰まった箱を、ケンは開けた。
取りだした羊皮紙の束には、いろいろな『モンスターのデータ』が書かれている。
ゴブリン、コボルト、ドラゴンといった、出会ったことのあるものは彼らの手で、日本語で注釈も書き加えられている。
その仲から、ケンは「人食い」、あるいは「人を襲う」と記述のある物を抜き出していく。
「候補を絞ろう。出てきたときに、見てわかったら対処できる」
攻略法とまではいかないが、『モンスターのデータ』には対処法や注意すべき点も書かれている。
二人はさらにその中から特徴に合致するような『モンスター』を探し始めた。
騎士たちは改めて防衛柵を作り、彼らもまたその内側で対処を練って備える。
現場にぴりぴりとした空気が漂い始めた。
日も落ちたが、村の中の空気はぴんと張り詰めたままだ。
元々、騎士たちはそのための存在だから、そんな中であっても悪い方には緊張してはおらず、むしろその緊張と警戒の糸に触れたものがあれば即動けるという状態を保ったまま動いていた。
だが、三人はといえば緊張に固くなってしまっていた。
現場に行けばいる、あるいはすぐに出てきて戦闘になることが多かったために、待ち伏せには不慣れなのだ。
それでも夜半をまわり、ついうとうとしはじめたころ……三人は大きな破壊音に起こされた。
「起きろ、出たぞ!」
大きく開かれた馬車の扉から出た三人が見たものは、熊とも見まごう大きな毛むくじゃらの姿。
しかし熊と違ってその顔に口吻は無く、手にこん棒を持っている事。
予想したうちのひとつが、まさに「それ」だった。
「トロルだ!」
答え合わせがもうひとつ。
「近寄っちゃだめだ! 斬ってもすぐ再生するから、反撃でやられる!」
ケンの叫びに、盾を構えた騎士は下がり、その後ろから矢が射かけられる。
だがその矢をものともせず、トロルは声をあげた三人の方へと向かってきた。
すぐさま、後ろで身構えていたミヤが打ち上げの魔法を使ってトロルを夜空へ『放り投げる』。
武装したゴブリン程度なら致命傷になる落下は、しかしトロルには大したダメージではないらしく、すぐに起き上がってきた。
「近づけさせるな。足止めだと思ってアレを使え」
一番後方にいたナオにだけ聞こえる声が、そう告げた。
「ミヤ、続けて!」
それを受け取り、ナオが声をはりあげる。
さらにそのあとに囁きが伝わる。
「トロルか。あいつはたしか、炎の魔法を矢の形に練って、内側を焼いて倒した。できるか?」
「……まだできない。でもやる」




